第87話 金塊!?

 闇子は、ヒョーの姿を見た途端、僕の上から退いた。


「ヒョー。坊やを連れてきたわよ」


 そう言うと、闇子は僕の手首を縛っているロープの一端を握って持ち上げた。


 ロープに引っ張られて僕の身体も持ち上がり、宙吊りに……


 ロープが手首に食い込む。


「痛い! 痛い! おろして」


 悲鳴を上げると、足の届く高さまで降ろされた。


 闇子が、僕の耳に口を寄せる。


「助かったなんて、思わない事だね。これから、あんたをヒョーに引き渡すけど、あいつはド変態だからね」


 ド変態?


「坊やは、これから大変な目にうよ。覚悟しとくんだな」


 大変な目って? 僕どうなるの? 


「さあ、さっさと歩きな。それとも、宙吊りにされたいか?」

「歩くよ」


 式神ヒルコの中から、歩み出た。


 いったい僕は、どこへ連れてこられたのだろう?


 窓のない部屋には、何本かの蝋燭ろうそくともっているだけで薄暗い。


 背後からさしてくる光の方が、蝋燭より明るいけど何の光だろう?


 振り向くと、式神ヒルコが光っていた。


 そうか。ヒルコの中が明るいと思っていたら、ヒルコ自体が光を発していたんだ。


 この部屋は、ヒルコの中よりも暗い。


 その暗い部屋の中で、何かがキラキラと金色に輝いている。なんだろう?


「よそ見してんじゃない! さっさと歩きな」


 また宙吊りにされた。


 手首が痛い。


 闇子は、そのまま僕をヒョーの前に突き出す。


「ヒョー。約束通り、報酬をおくれ」


 ここまで来て、ヒョーの姿がはっきりと見えてきた。


 身長は、僕より頭一つ分高い。


 熊のような大男と聞いていたけど、そんな事はなく、ほっそりしていてその身体は黒いコートに包まれていた。


 顔は、口だけを出した覆面をかぶっているが、口の周りに髭は見当たらない。


 ヒョーは、コートの内側からスプレー缶のような物を取り出して口にくわえた。


 スプレーからガスを吸い込んで何をしているんだ?


「おいおい、ヒョー。何もヘリウムで声を変える事はないだろう」


 ヘリウム!? 原子記号He、原子番号は2の物質。


 確か、ヘリウムを吸って喋ると声が変わると聞いたことあるけど……


 ただし、純ヘリウムをそれに使うと酸欠で死ぬ。


 だから変声用に市販されているヘリウムには酸素が混ざっていると、化学の先生が言っていたな。


「闇子。よけいな事は言うな。私には必要なのだ」


 甲高い声。これがヘリウムボイスというのか。


「報酬は、そこの机の上に置いてある。確認しろ」


 ヒョーが指さした机の上に、封筒が二つあった。


 ヒルコが、それぞれの封筒の中身を勘定する。


「五十万ずつ入っている」

「よし」


 闇子は僕を床に降ろすと、ロープの端をヒョーに渡した。


「じゃあ、俺たちはこれで」


 ヒルコと闇子はそのまま、巨大スライムの中に入っていく。スライムは入り口を閉じると、床に開いている四角い縦穴の中へ入っていった。


 ここに入る時は、あの穴を通って来たのか。


 それなら……


「先に忠告しておく。あの穴からは逃げられない」


 僕の考えを読んだかのように、ヒョーはヘリウムボイスで言った。


「なんで?」


 僕の問いかけにヒョーはすぐには答えず、僕を縛っているロープを引っ張って縦穴の近くまで連れてきた。


 コートの内側からライトを出して、穴の中を照らしだす。


 四角い穴にはコンクリートの階段があったが、一メートルほど下ったところに水面があり、階段は水面の下へ続いていた。


「見ての通り、水没しているのだよ。君たちはスライムの中にいたから、無事に通れた」


 水没!? そういえば、権堂氏は権堂富士の入り口は水没していると言っていた。


 それじゃあ、ここは権堂富士の中!


「私も、あのスライムと似たような能力を持った式神が使えるので、ここへ入れた。しかし、君はここから逃げる事はできない」


 じゃあ、ここで僕はこの人と二人切り。


 闇子はド変態だと言っていたけど……僕、何をされるの? 怖い!


 ヒョーはライトの向きを変えた。


 スチール棚が照らし出される。


 スチール棚の上にあるのは、金塊!?


 さっきから、キラキラ光っていたのはこれだったのか。


 ヒョーがライトを消したので、再び部屋の中は薄暗くなる。


「あのお……」


 恐る恐る僕は訪ねた。


「僕に何か、恨みがあるのですか?」


 もし、恨みがあるなら、さっさと謝っちゃおう。


 そして、こんな怖いところから出して……もらえるかな?


 やっぱり殺さないと気が済まないほど、僕はこの人を怒らせる何かをやってしまったのだろうか?


 だが、ヒョーは首を横にふるだけだった。


「じゃあ、どうして僕を指名したのです? どうして僕を、ここへ連れてきたのです?」


 ヒョーは、おもむろにボンベのヘリウムを吸い込んでから答える。


「君を指名した理由を知りたいのか?」

「知りたいです」

「ふふふふふふ」


 なんだ? この不気味な笑い。何を考えているんだ?


「私が君を指名したその訳は……」


 こ……怖い。怖くて震えが止まらない。


「可愛いからだ」


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