第83話 夜明け
「一晩中探したが、どこにも人はいなかったぞ」
サラリーマン姿の幽霊が、テントの中で寝ていた僕に報告しに来たのは、午前五時を過ぎた頃。
「ただ、この庭の中には、我々が入り込めないところがいくつかある。そこに
幽霊が近づけない場所というと、結界杭の近くかな? という事は、ヒョーは結界の近くにテントでも張って野営しているのか?
時計は、午前五時二十分を示していた。
そろそろ時間だな。
僕は暖かいシュラフから這い出して、身支度を始めた。
「君。もう起きるのかい?」
「はい。奴は午前六時に、仕掛けてくるはずなので」
「そうか、大変だな。しかし、ブラック企業で過労死した私がこんな事を言うのもなんだが、霊能者協会というのはひどい組織だな」
「ひどい? すみません。こっちの都合で、みなさんを閉じこめてしまって」
「そんな事を、言っているのではない。子供を、こんな時間に働かせるなんて、ひどい組織じゃないか」
え? そっちでしたか。優しいんだな。このおじさん。
「大丈夫です。慣れていますから。それに、僕は子供ではありません。これでも、高校生です」
「高校生だったのか。いや、すまん。小学生かと……しかし高校生でも、こんな働かせ方は、労働基準法違反だぞ」
そうなのかな? 労基法に、違反しているのかな?
「しかたないですよ。これって、僕らにしかできない事だから」
「えらいな、君は。しかし、子供がこき使われているのを、ただ見ているのは忍びない」
こき使われているのかな? 僕……
「我々も、時間ギリギリまで手伝うよ」
そう言い残して、サラリーマンの幽霊はテントから出て行った。
テントを出てリビングへ行くと、すでに樒も芙蓉さんも来ていた。ミクちゃんは、まだのようだ。
ニ人はリビングの中央で、結界を張る作業をしている。結界は、権堂氏がくつろいでいる安楽椅子を取り囲むように設置していた。
ちらっと部屋の片隅に目を向けると、昨夜捕まった侵入者の男女が縛られたまま床の上で寝かされている。
トイレとか、どうしているのだろう? その度に警備員が連れ
リビングの中央に視線を戻すと、樒が僕の方を見ていた。
「優樹。ミクちゃんに聞いたわ。結界、破られていなかったんだって?」
「ああ」
「ヒョーはすでに、結界の内側にいるのね?」
「おそらく。だから、ここに結界を張ることにしたの?」
「そうよ、優樹。昨夜渡した
「ああ、もちろん」
ブレザーの内ポケットにしまってあった呪符を樒に返した。
「これを使って、結界を補強するわ。結界設置班のような強力な結界は無理だけど、ヒョーの式神に対して時間稼ぎにはなるでしょう。ところで、幽霊たちにヒョーを捜索させていたそうだけど、見つかったの?」
僕は首を横にふった。
「そうか」
そう言って、樒は柱時計に視線を向けた。
「後、二十分ね」
その時、扉が開く。
「おはようございます」
部屋に入ってきたのはミクちゃんだった。
「ミクちゃん。よく眠れたかい?」
「はい。優樹君、
恐ろしい精神生命体に捕まったとかいうあれか?
「あたしは拉致されて、敵のアジトに閉じこめられていたの。そこへ、カッコいいヒーローがやってきたの」
ヒーロー?
「黒いトレンチコートを
なんだ!? その怪しいおじさんは……
「その人が凄く強くて、悪い人たちをフルボッコにして、あたしを助け出してくれたの」
そいつはよかった。
まあ、そんな夢の話は置いといて……
芙蓉さんと、樒の作業は終わったようだ。
「なんとか、時間に間に合いましたね」
芙蓉さんは、柱時計の方に視線を向けた。
「三分前。でも、本当に時間通りに来るのかしら?」
「もちろん、来ますよ」
突然聞こえたその声は、僕の足下からだった。
昨日のネズミ式神!?
「いつの間に!?」
「自慢じゃありますが、あたしは気配を消せるのですよ。だから、あなたたちが鈍かったわけではないですので、自信をなくさないで下さいね」
「何をしに来た?」
「いやあ、ご挨拶に来ただけでございます」
「偵察に来たのだろう」
「偵察なら、バカ正直に挨拶なんかしませんよ」
確かにそうだが、挨拶だけのはずがない。
偵察もしていたはずだ。
それにも関わらず、ワザワザ挨拶をした目的はなんだ?
挨拶することによって、僕らはこいつに注目する事になるわけだが、その目的として考えられることは……?
何かから、目を
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