第52話 タイムリミット2

 いつの間にか僕は涙を流していた。


 いや、これは先生の感情に僕の涙腺が反応したのだ。


 だが、ちょっとまずい事になってきた。


 水上先生は満足してきている。このままだと成仏するかもしれない。


 いや……成仏させるのが僕らの仕事だけど……先生が成仏したら、もう真犯人を捕まえる必要もなくなる。


 だけど、このままでは悔しすぎる。


 恥ずかしい女装までやって追いかけたのに……


 この優しい先生を死に追い込んだ奴が、のうのうとのさばっているというのが許せない。


 捕まえて、裁きを受けさせたい。


 分かっている。そんなの霊能者の仕事じゃないって……


 霊能者の仕事は霊を気持ちよく成仏させる事……


 痴漢を捕まえるのは、それに必要だったから……


 しかし、ここで先生が成仏したら、僕たちには犯人を捕まえる大義名分がなくなる。


 最初は成仏させるために仕方なくやっていたのに、いつの間にか僕の中に、この人の冤罪を晴らしたい気持ちが膨らんできていた。


 今、先生に成仏されたら……僕のこの気持ちは……


「待って下さい」


 背後から聞こえたのは、美樹本さんの声。


 振り向くと黒猫を抱いた美樹本さんが立っていた。


 今日は来ないはずだったのに、気になって来ていたのか。


「いけないのはあたしです。この人は痴漢ではないと、あの時あたしがはっきり否定していれば、こんな事には……だから、犯人探しは続けさせて下さい」


 美樹本さんは泣き崩れた。


「そうです。続けさせて下さい」「私たちだって気持ちは同じです」「大好きな先生を死に追い込んだ奴を、このままにしておけません」


 ベンチの陰から、超常現象研究会の三人が立ち上がった。隠れて様子を見ていたのか。


 六星先輩が奥さんのところへ歩み寄る。


「奥さんがやめろと言っても、私たちは続けます。先生の冤罪を晴らすまで」

「六星さん」


 しばらく二人は無言で見つめ合った。


 奥さんが口を開いたのは、時間切れとなって僕の身体から先生が出て行った時。


「分かったわ」

「では、続けていいですね?」

「後一日だけです」

「え?」

「明日の月曜日に、犯人が捕まらなかったらもう諦めて下さい」

「そんな……奥さんは悔しくないのですか?」


 その途端、奥さんは突然声を荒げた。


「そんなの、悔しいに決まっているでしょ!」

「え?」

「できる事なら、私の手で犯人を絞め殺してやりたい。でも、そのためにあなたたちを犠牲にするわけにはいかないの」

「そんな……私たちは……犠牲だなんて……」

「明日一日です。明日で捕まらなければ、諦めて下さい」


 奥さんは樒の方を向いた。


「明日、犯人が捕まらなくても、夫を供養して成仏させて下さい」

「いいのですか?」


 樒の質問に奥さんは頷き、僕の方を向いた。


「あなたもそれでいいわね?」


 まだ、僕に憑依していると思っているようだ。


「と、言っておりますが、何と伝えます?」


 僕はすぐそばを漂っていた先生に尋ねた。


「ああ。これ以上僕のために、生徒たちに危険な事をさせるわけにはいかない。そう伝えてくれないか」


 ちょっと待て? それでいいのか? 何か他に冤罪を晴らす方法はないのか?

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