第43話 黒猫の騎士(ナイト)

 僕の身体から霊が離れていく。


 とたんに疲労感に襲われ目眩めまいがした。


「大丈夫! 優樹」


 ふらついたところを樒に支えられた。


「大丈夫だって、ちょっと疲れただけだから」

「まったく、なんで三十分も憑依させていたのよ。マニュアルで憑依は十分以内って決まっているでしょ」

「いや、水上先生の話が長引いちゃって……」


 僕たちの話を聞いていた水上先生の霊がすまなそうに僕を見る。


「すまない。憑依が霊能者にそんな負担をかけるとは思わなかった」

「僕の方こそ、最初に説明すべきでした」


 そこまで言ったところで、僕はまた足下がふらついて樒に支えられた。


「今日はもう無理そうね。帰った方がいいわ」

「そうだね。じゃああの人に連絡を……」

「あの人?」

「被害者の女子高生。今日も囮作戦のために来る事になっていたから」

美樹本みきもとさんね。私から今日の囮作戦は中止と伝えておくわ」


 美樹本さんって言うのか。そう言えば、彼女の名前をまだ聞いていなかった。


 結局その日、囮作戦は実行しないで帰ることになった。


 ただ、帰りの電車の中で樒の様子がおかしかったのだ。


「ねえ、優樹」

「なに?」

「なんでもない」


 この様に、僕に何かを言い掛けてやめる事が何度も……

 

 いったい、樒は何が言いたいのだろう?


 そして翌日、樒は学校を休んだ。



「ええ! 神森さんが休み!」


 樒が休んだことを聞いて六星先輩が驚いたのは、八名駅の改札前。


「今朝になって『頭痛が痛いから休む』というメールが……」

「頭痛ですって!?」

 

 頭痛と聞いて驚いたのは小山内先輩。


「あの、殺しても死ななそうな神森さんが、頭痛ぐらいで」


 いやいや、殺したら死ぬだろ。


「しかし、どうします?」


 一人冷静さを保っていた華羅先輩がボソっと発言。


「痴漢を見つけたとしても、神森さん抜きで捕まえられますか? 男手が必要なのでは……」


 男手ならここに……弱くてすみません。


「大丈夫よ。一本の矢は簡単に折れるけど、三本の矢は折れないわ。女でも三人そろえば痴漢の一人ぐらい取り押さえられるわよ」


 三人って……僕は数に入ってないのですね。


「遅くなりました」


 そう言って現れたのは美樹本さん。来たのはいいが、ペットキャリーなんか持って来てどうするんだろう?


「今日は、ボディガードを連れてきました」


 美樹本さんがペットキャリーを開くと、中からつややかな毛並みの黒猫が出てくる。猫がボディガード? 犬なら分かるが……


「ニャー」


 猫が一鳴きすると、三人の先輩たちは『かわいい! かわいい!』と猫に群がった。


「あの、美樹本さん。大丈夫なんですか? こんなところに猫を連れてきて」

「大丈夫です。リアルはとても頭のいい猫だから、迷子になんかなりません」

「いや、それでも一緒に電車には……」

「ペットキャリーの中に入れていれば大丈夫です。改札を抜けたら駅員さんに見つからないように出すけど」

「でも、猫がなんの役に……」

「猫なら込んでいる電車内でも動けます。だから、痴漢があたしを触ったら、リアルがひっかいてくれます。電車を降りた時に、手にひっかき傷のある人が痴漢です」


 そんなバカな……


「もちろん、社さんがホモに触られたら、ひっかくように言っておきましたから安心して下さい」

「いや、猫にそんな事が……」

「大丈夫。リアルは人の言葉が分かるから。リアルはいつもあたし守ってくれる黒猫の騎士ナイトなのよ」


 大丈夫かな? この人……




 実際、大丈夫だった。


 混雑した電車の中で、四人の痴漢が黒猫リアルにひっかかれて次の駅で捕まった。


 ただ、問題は四人の内三人はホモ痴漢。つまり被害者は僕だったわけで……当然の事ながら水上先生を陥れた痴漢とは無関係。


 三人の先輩たちのところには痴漢はまったく現れず、美樹本さんのところに現れた痴漢は、多摩線に乗るのは初めての男だったので無関係。


「こんな美女が三人もいるのに寄ってこないで、男の子を触るとは失礼な痴漢ね」


 六星先輩、何を憤慨ふんがいされているんですか? 


「部長。つかぬ事聞きますが、痴漢された事ありますか?」


 そう質問したのは小山内さん。


「ないわよ」

「なるほど、実は私もありません。あなたは?」


 小山内先輩は華羅先輩に質問を向けた。


「ないわよ」

「なるほど。どうやら、我々は痴漢を寄せ付けない独特のオーラをまとっているようです」

「む! そうだったのか」


 いやいや、痴漢から敬遠されているという考えはないのですか?


 しかし、この三人は美形ぞろいだし、スタイルも悪くない。敬遠される要素と言ったらやはり不気味な雰囲気なのだろうか? となると独特のオーラというのもあながち間違えではないか。


「それに引き替え、社君は男であるのに痴漢を引き寄せる才能があるようです」


 小山内先輩。そんな才能いりません。


「そこで私に名案があります」


 嫌な予感。


「社君に女装してもらいましょう」

「いやだあああ!」


 僕の絶叫は黙殺された。

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