第42話 憑代
八名駅のホームへ行くと、幽霊おじさん……水上先生は昨日と同じように立っていた。まあ、地縛霊なのだから、当然なのだけど……
「あそこに先生がいるのは、見えますか?」
六星先輩は僕の指さす先を凝視する。
「ええ。ぼんやりですが見えます。では、やはり先生は死んでいたのですね?」
僕と樒は無言で頷いた。
「念のため聞きますが、先生は病院にいて、あそこにいるのは生き霊という事は……」
僕は首を横にふりながら答える。
「残念ですが、それはありません」
「そうですか」
あ! 先輩の目に涙が……この先生、かなり
水上先生も先輩に気が付いたようだ。
「六星君。なぜここに?」
水上先生の質問に先輩は答えない。いや、反応すらしない。どうやら、声までは聞こえないようだ。
代わりに樒が昨日からの経緯を話した。
「そうか。君たちは、僕の学校の生徒だったのか」
僕と樒は無言で頷く。
「あの。先生はさっきから何を話しているのですか?」
そうだ、六星先輩には聞こえていなかったのだな。
ここは仕方ない。
「水上先生。六星さんには、先生の声が聞こえていません。僕に
「君。良いのかい?」
「ええ」
「ちょっと待った!」
突然、樒が止めに入る。
「優樹。あんたまさか、無料で
「んな事言ったってな。幽霊から金は取れないし、六星先輩がお金出せるとは……」
「お金? 出せるわよ」
あっけらかんと言う六星先輩に樒はあきれ顔で振り返る。
「先輩。憑代代は一回に付き三千円ですけど」
「カードは使える?」
「いえ。現金だけです」
「そう」
そう言って先輩は財布から福沢諭吉を一枚出した。
「お釣りはいらないわ」
「ええええ! いいのですかあ!」
やばい! 樒の奴、金に目が
「樒! ちょっと耳を貸せ」
「ん?」
背を屈めた樒の耳に僕は
「お釣りを出さないと、まずいことになる」
「どういう事? 芙蓉さんに報告するとでも」
「報告しないかわりに、僕たちに『入部しろ』と言ってくるかもしれない」
「それはまずいわね。でも、七千円のお釣りなんて用意できる?」
「協会から交通費として支給されたパスモがあるだろ。あれに三千円入金してお釣りを先輩に返すんだ。パスモに入金したお金は、後で芙蓉さんに返してもらおう」
「芙蓉さんが良いと言うかしら?」
「僕が芙蓉さんに電話で確認するから、樒はその間に先輩と精算機のところへ行ってくれ。芙蓉さんがオーケーと言ったら、メールで伝える」
「分かったわ」
樒が六星先輩を連れて精算機の方へ向かうのを確認すると、僕は電話をかけた。
『霊能者協会西東京支部です』
「芙蓉さん。僕です」
『あら、優樹君。どうしたの?』
「憑代をやることになりましたが、依頼者の出す一万円札にお釣りが用意できません。パスモに入金するから、後で入金したお金を返してもらえますか?」
『良いわよ。領収書はちゃんともらっておいてね』
電話を切ってからオーケーが出たことをメールで樒に伝えると、僕は水上先生の方を振り向いた。
「先生。六星先輩の家って、お金持ちなのですか?」
「私もよく知らないのだが、お父さんが会社を経営しているらしい」
金持ちのお嬢さんだったのか。
「とにかく、代金は六星先輩が負担してくれるので、僕に憑依して下さい」
「それじゃあ。お願いしよう」
僕の中に霊体が入ってくるのが分かった。
僕は霊体の防御機構を解除して一時的に霊体を受け入れ身体の機能を貸す。
「おお! これはすごい」
僕の口から僕ではない人の声が出る。
「しかし、なんか視界が低いな」
「我慢して下さい」
身長百八十六センチの人が僕の身体に入ったら、そりゃ視界は低くなるだろうな。
程なくして、樒と先輩が戻ってきた。
水上先生は僕の身体を使って、今まで経緯を説明する。
「でも、先生。なぜ学校はこの事を発表しないのでしょう? 校長も教頭も事件を把握していないのでしょうか?」
「いや、教師が一人、痴漢の疑いをかけられて死んだというのに学校が把握していないという事はあり得ない。おそらく、学校は把握していながら生徒たちには伏せているのだろう」
だろうな。教師が痴漢をやったなんて不祥事、伝えられないよな。
「だが、いずれはこの事は発表されるだろう。その時は僕が顧問をしていた超常現象研究会は廃部になるだろうな。せっかく、同好会から正規のクラブにしたのに残念だ」
「そんな! せっかく、神森さんと社君が入部してくれるというのに」
「「入部しません」」
油断も隙もないな。この人は……
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