第39話 脅迫1

 結局、その日は幽霊おじさんが誰だったか思い出せないままだった。


 まあ、どうせまたあの場所に行くのだから、その時に本人に名前を聞けばいいのだけど……


 そして翌朝、昨日の疲れが出たのか学校へ向かうバスの中で、席に座ったまま僕はうたた寝をしてしまった。


 パシャ!


 なんだ? 突然のシャッター音に目を覚ました。


 目を開くと、僕の眼前にあったのはスマホのレンズ!? 寝顔を撮られた!


 スマホを持っていたのは、僕と同じ学校の制服を着た女子生徒。


 その顔には見覚えがあった。僕と樒を何度もしつこくクラブ活動に勧誘していた人だ。


 霊能者協会の仕事があるから断っていたが……


小山内おさない先輩。人の顔を、勝手に撮らないで下さい」

「ごめんね。やしろ君の寝顔があまりにも可愛かったから……」

「肖像権侵害ですよ。削除して下さい」

「ええ! いいじゃない。せっかく可愛く撮れたのに」

「男に対して『可愛い』と言うのも止めて下さい。それは侮辱です」

「ええ! いいじゃない。減るものじゃないし」

「僕のプライドが擦り減ります」

「そっか。ところでさ……」

「入部ならお断りします」

「いいのかな? そんな事言っちゃって」

「脅迫ですか? 断ったらさっきの寝顔の写真をばらまくとでも? そんな事をされても入部はしません」

「写真をばらまくなんてしないわよ。でもさ。さっき侮辱だとか言っていたけど、本当はうれしいんじゃないの? 『可愛い』って言われて」

「うれしくありません」


 本当だぞ。うれしくなんかないからな。


 だいたい、同級生の女子からも『可愛い! 可愛い!』とはやし立てられるせいで、他の男子から無駄に嫉妬を買って迷惑しているんだから……


「本当にうれしくないの?」

「うれしくないです」

「ふうん。じゃあ、なんであんな趣味があるのかな?」


 趣味?


「なんの事ですか?」


 小山内先輩は不敵な笑みを浮かべ、懐から何かを取り出した。


「これ」


 彼女が差し出したのは一枚の写真。そこに写っているのは……!


 僕が槿むくげさんとエラ・アレンスキーに捕まった時に撮られた女装写真!?


「こ……こ……これは……」

「こんな可愛い格好をする趣味があるくせに、『可愛い』と言われるのが嫌だなんて嘘よね?」

「ち……違うんです! これは好きでやったのではなくて……入部を断ると、この写真をばらまくというのですか?」

「だから、写真をばらまいたりしないわよ。そんな事をしなくても、この映像は世界中に拡散しちゃったから」


 世界中? マジか? 削除したと思ったのに……ネットって怖い。


「だけど、この写真の少女が、変態少年の女装だなんて事は誰も知らないわね。まして、それが社 優樹君だなんて知っているのは私たちだけよ」

「僕は変態じゃない」

「こんな格好しておいて、変態じゃないなんて言いわけ通るかしら?」

「違うんです! これには深いわけが……」

「深いわけがあるの? そのわけを私に聞いてほしい?」

「聞いて下さい! 今すぐ聞いて下さい!」

「今はダメね。もう学校始まっちゃうから。君が変態ではないという言いわけは聞いて上げるから、放課後になったら超常現象研究会の部室に来なさい」

「え?」

「部室に来たら、お茶でも飲みながら、ゆっくり君の言いわけを聞いて上げるわ」

「行かなかったら?」

「どうなるかは、自分で想像してね」


 行かないと、あの女装写真が僕だと知れ渡る事になるのか。


 




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