第38話 囮作戦
電車の中はひたすら込んでいた。
「いつも、こんなに込んでいるのですか?」
僕の質問に、隣に立っている女子高生が苦笑いを浮かべて頷く。
「この時間はいつも、こんなものですよ」
結局、僕たちが取った作戦は囮作戦。事件のあった時間と同じ時間帯の電車に乗って、痴漢が彼女に近寄ってきて悪さしたところを捕まえようというのだが……
僕はスマホを出して樒にメールを送った。『今どこにいる?』と。
程なくしてメールが戻る。
『左側出入り口前』
僕らの背後数メートルのところに樒はいるようだ。
当初の予定では僕と樒で彼女を挟み込むように立ち、痴漢が現れたら二人で捕まえる作戦だった。
しかし、乗り降りする人の流れに押し流されて樒と引き離されてしまったのだ。なんとか僕だけは彼女の真横の場所を確保できたが、ラッシュアワーを甘く見ていた。
それにこの車内には女性は他にも一杯乗っている。痴漢が必ずしも彼女を狙うとは限らない。
ただ、樒が言うには、痴漢だって好みがあるから同じ人が狙われる可能性が高いというのだ。しかし、仮にここに痴漢が現れたとして、僕一人で取り押さえられるだろうか?
いや、ここはなんとしても取り押さえて男を見せないと……
僕は横にいる彼女の方を向いた。
「僕が必ずあなたを守ります。痴漢が出たら、勇気を出して僕に伝えて下さい」
「はい。お願いします」
あれ? 彼女の顔見てちょっと胸がときめいたかな?
イカン! イカン! 今は仕事中だ。
とは言っても、僕も健全な男子高校生。女の子とこんな密着状態では、理性を保てるのか?
いや、保てるかじゃない! 保つんだ!
不意に彼女が僕の方を向いた。
見透かされたか!? スケベ心を……
「あの……」
「な……なんでしょ?」
「社さんって、神森さんと付き合っているのですか?」
え? この場合『付き合っている』というのは彼氏彼女の関係という事だよな。
「違います。あいつとは仕事上の関係というか、腐れ縁というか……とにかく恋人とかじゃありません」
「そうなのですか? なんか二人がいい雰囲気に見えたから……」
ひどい誤解だ。なんで僕があんなゴリラ女と……!
な……なんだ? 後ろに立っている人の手が、僕のお尻に当たっているのだけど……
「ひ!」
尻を撫で回されて、思わず声を上げてしまった。
「どうしました? 社さん」
彼女が怪訝な顔で僕を見つめる。
しかし、言えない。彼女を痴漢から守りに来たはずの僕が、痴漢されているなんて……大恥だ。
自力でなんとかしないと……
「社さん。どうしたのですか? なんか、顔がひきつっていますけど……」
「な……なんでも……ないです……ひ!」
痴漢の手が、敏感なところに……
「あ!」
突然、彼女は大きな声を上げると僕の背後に手を突っ込んだ。
そのまま、僕を触りまくっている痴漢の手を掴み上げ、周囲に聞こえるように叫ぶ。
「この人痴漢です!」
「まったく、助けに行くはずのあんたが助けられてどうすんのよ?」
あきれ顔で樒がそう言ったのは、次の駅で痴漢を駅員に引き渡した後、ホームで帰りの電車を待っているときのこと……
「まったく、面目ない」
今の迷惑防止条例では、男性に対する痴漢行為も規制対象となっていると駅員から聞いて、警察を呼んだのだが、被害届けを出す手続きを終わると、周囲はすっかり暗くなっていた。
もうこんな時間では何もできない。今日は解散と言うことにして彼女には帰ってもらった。
「さっき言ったでしょ。ホモの痴漢もいるって」
せっかく捕まえたのはいいけど、相手がホモでは意味がない。幽霊おじさんに罪を擦り付けた奴とは明らかに違う。
さらに警察を待っている間に駅員に聞いてみたが、あの時間帯のあの区間では痴漢被害がかなり発生しているらしい。
つまりそれだけ痴漢が多いわけで、その中から目的の痴漢を見つけだすのはかなり難しい。
「他の方法で、幽霊おじさんの名誉を回復できないものだろうか?」
「別に名誉を回復しなくても、おじさんが成仏してくれれば私たちとしてオーケーな分けだし」
それはちょっと薄情な気がする。まあ、確かに僕たちとあのおじさんは赤の他人なのだから、そんなに親身になる事もないのだが……
「ねえ優樹」
「なに?」
「あの幽霊おじさん、どっかで見た覚えない?」
え? 言われてみれば……どっかで見かけたような……
「ニュースか何かで、あの人の顔は出たっけ?」
樒はスマホを操作してニュースサイトを検索した。
だが、どのニュースにも幽霊おじさんの顔と名前は公表していない。
しかし、あの顔は確かに見覚えがあった。
「ニュースには出ていないけど、優樹も見た覚えがあるとしたら、私たち共通の関係者という事ね」
僕と樒の共通の関係者というと、学校か霊能者協会。
ただし、すぐに思い出せないという事はどちらの組織でも、顔を見かけただけの人という事か。
いったい誰なのだろう? 名前ぐらい聞いておけばよかった。
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