第2話 爺さんの誕生日は?1
「どうです? 教えて頂けませんか?」
僕に話しかけられた爺さんの霊は、ノートPCの前で首を横に振った。
機嫌が悪いみたいだ。
PC画面に表示されているのは、小村証券のログインページ。
ここにパスワードを打ち込めば、数千万円の資産が預けられている爺さんのページが開くはず。
問題は、そのパスワードを爺さんしか知らない事……
それを聞き出すのが僕の仕事だ。
最近の霊能者の間では、除霊なんかよりも、この手の仕事の方が多い。
ネットで使っているパスワードを残さないまま、急死する人が多いからだ。
SNSでは死者の残したアカウントが溜まる一方。
そこで、死者の霊を呼び出してパスワードを聞き出すという依頼が増えてきた。
しかし、除霊ができるような強力な霊能者はプライドが高く、その手の仕事は引き受けない。
だから、こういう仕事は、僕のような低能力の霊能者に回ってくるのだ。
一人だけ、除霊ができるくせに、この手の仕事を引き受ける奴を僕は知っているが……できれば僕は、そいつに関わりたくない。
ところで低能力の仕事だからと言って、この仕事が簡単かというと決してそうではない。
この爺さんのように、なかなか教えてくれない霊も少なくないのだ。
「わしの誕生日を忘れる親不孝者には、教えてやる事など何もない」
僕は後ろを振り返った。
床の間のある六畳の和室。
その床の間の横には立派な仏壇。
ちなみに、爺さんはまだこの仏壇の住民ではない。
仏壇の住民になっていてくれたら、正式に遺産相続手続きができて、この証券会社に預けてある資産が取り出せるわけだが、残念な事に……いやいや、幸いな事に爺さんはまだ生きている。
生きているが、意識がない。
隣の部屋で、植物状態になってベッドに横たわっているのだ。
当然、治療費はかかる。
その費用を負担しているのは、さっきから仏壇の前に正座している五十代半ばの男性。
この人が爺さんの息子さんで今回の依頼人。
息子さんは、不安な面持ちで僕を見ていた。
その顔は、如実にこう語っている。『こんなガキに任せて大丈夫かな?』と……
まあ、仕方ないさ。
一応、僕は十六歳の高校生だが、背が低くて童顔なせいか、よく小学生と間違えられる。
十分ほど前、この家をブザーを鳴らした僕を出迎えた時も……
「こんにちは」
と挨拶した僕に対してこの人は……
「坊や。どこの子だい?」
と失礼な対応を返してきた。
「霊能者協会から派遣されてきました
平静を装いながら差し出した僕の名刺を受け取った息子さんは、『はあ?』て顔でしばらく僕を見つめていた。
視線が頭頂部に集中したような気がするのは、僕のコンプレックスが生み出した被害妄想だろうか?
「しかし……君、子供じゃないか」
「身長が百四十八センチしかありませんが、れっきとしたとした高校生です」
僕は右手に生徒手帳を、左手に原付免許証を持って、水戸黄門の印籠のように突き付けた。
「そ……そうか」
まだ粛然としないようだ。
「声変わりしていませんが、これはクラインフェルター症候群によるものです。けっして女子が男装しているわけではありません」
「わかった……わかった……」
ようやく納得したようだ。
もっとも、小学生だろうと高校生だろうと能力さえあれば問題ないし、実際に僕は小学生の頃からこの仕事をやっている。
まあ、依頼人にしてみれば子供では信頼できないのだろうけど……
「ご依頼の内容は、植物状態になっているご家族の生霊を呼び出す事と聞いておりますが、間違えありませんか?」
「ああ……その通りだが……君……できるのかい?」
「もちろんです。そのために来ました」
「そう……ですか。では、上がって下さい」
息子さんに案内された部屋には、介護ベッドの上で一人の爺さんが横たわっていた。
部屋の中は酷い臭気が漂っていたため、すぐに隣の仏間に移り扉を閉めた。
「
息子さんはノートパソコンを差し出した。
画面には証券会社のサイトが開いている。
「親父の生霊を呼び出して、このサイトのパスワードを聞き出してほしいのだ。できれば一刻も早く」
爺さんの治療費は、すでに息子さんの収入では賄いきれない。
だから、この口座から資産を取り出す必要があった。
そこで、生霊を呼びだしてパスワードを聞き出そうというわけだが……
「なんか、お父さん、怒っていますよ。なにかあったのですか?」
「実は、昨日別の霊能者さんに来てもらったのですが……」
息子さんの話では、昨日来た霊能者がパスワードを聞いたところ、生年月日をそのまま使っているとの事だった。
迂闊だなあ……
ところが、生年月日を打ち込んでみたが、エラーになってしまったらしい。
その後『親の誕生日も覚えていないのか!』と、爺さんはヘソを曲げてしまったというのだ。
困ったものだね。
「なんとかなりませんか? あなた霊能者でしょう?」
「いや……そう言われましても……」
除霊すべき悪霊を除霊できなかったら、それは霊能者の能力不足を問われても仕方がない。
でも、僕がやるべきことは除霊じゃない。
言ってみれば僕の仕事は通訳のようなものであって、もめ事の仲裁は管轄外だ。
管轄外だけど、ここは僕が仲裁しないとダメみたいだな。
僕はお爺さんの方に向き直った。
「息子さんも困っているみたいだし、パスワードを教えてもらえませんか?」
「嫌じゃ」
はあ……ずっとこの調子だ。
「息子さんは別に贅沢がしたいわけではないのですよ。高価な買い物がしたいわけでもありません。それどころか、今は、ご飯にお塩をかけて食べているのです。ひもじい思いをしているのですよ」
「ふん! 何がひもじいだ! 戦時中は、白い米が食えるだけで贅沢だったわ」
「今は時代が違います。それにこれは、あなたの治療費を捻出するためですよ」
「そんなに大変なら、さっさとわしを安楽死させればいい。死にぞこないのために、なけなしの金をつぎ込むことはないんだ」
「何を言っているんです。息子さんは、お爺さんに生きていてほしいのですよ」
「どうせ安楽死なんかさせたら、世間体が悪いからだろ」
「そんなんじゃありませんて。親を思う子供の気持ちですよお」
「そんな情の厚い奴なら、わしの誕生日を忘れるものか」
ダメだ、こりゃあ。
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