不可思議博物に関する報告書
駒米 たも
第1話 旅犬/りょけん
【旅犬/りょけん】
旅犬の申請の為、県庁へと向かう。
書類一式を揃えるのは大変面倒な作業であるため、今日まで卓上の申請書類に対して見て見ぬ振りを続けてきたが、流石に限度がある、と恩師にやんわりたしなめられた。
旅犬は出入国する際に必要な動物である。
手元に来るまでに時間がかかり、本来なら早めに飼っておくに越した事はない。
しかしわたしのような不精者は期限間際にならないと動かないため、旅犬センターは焦りに満ちた訂正書類が今日も銃弾のように飛び交っている。
まず身元確認の書類を手に入れるのに丸一日。審査書類や証明写真を手に入れるまでに更に一週間。
次に、念入りな審査。
審査が終われば飼い主であると認められるまでのトライアル審査が一週間。この時点で飼い主の匂いを旅犬に覚え込ませる。
そういった流れを経てからようやく、旅犬を手に入れる事が出来るのだ。
犬庁の旅犬センターに近づくと、ワンワンキャンキャンと賑やかな鳴き声が聞こえてきた。
緊張した面持ちの学生。子どものようにはしゃぐ年配のご夫婦。緩みそうな表情筋を必死に止める仏頂面のサラリーマン。
旅犬を飼う人も理由も様々だが、誰もが皆大事そうに旅犬を抱えている。
柴犬、豆柴、秋田犬、土佐犬。
旅犬にも様々な種類がいる。
渡された手のひら大の柴犬は丸い目で私を見上げると、尻尾を丸め小さな声でワフと吠えた。
なるほど、これは愛らしい。
海外に渡航した際には旅犬の盗難に気を付けろと口をすっぱくして言う人の気持ちがようやく理解できた。
日本の旅犬は大変人気があり、ポケットに入れていると盗まれる恐れがあるので、リードでしっかりと繋いでおく事が奨励されている。
待合室のテレビには、リードでつないでいた旅犬が少し目を離した隙にオヤツで釣られて盗まれたという例が紹介されていた。
犬用クッキーを持っている人間に注意と写真付きのポスターがあちこちに貼られている。
最近では日本の旅犬が闇で売買されていると聞く。掌の中で丸くなって眠っていた柴犬がくぅと悲し気に鳴いたので、それ以上は考えないことにした。
「三十七番さん」
「はい」
窓口で書類に名を記す。
その間、旅犬は私の服に抜け毛を擦り付ける作業に夢中になっていた。
「此方は注意事項を記載したパンフレットです。葱やチョコレートはねだられても食べさせないように」
「はい」
事務的に終わった手続きに拍子抜けしながら、外に出た。旅犬は勝手に鞄から顔を出し、キラキラした目で散歩を催促してくる。
私は、ついに旅犬を手に入れた。同時に、大多数の旅犬取得者が初めて直面する問題に頭を悩ませることになる。
「へくしょーい!」
今すぐ粘着テープ付のコロコロが必要である。
ちょうど、抜け毛の季節であった。
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