クラス召喚で勇者になったけど、邪神の使徒になります

波島シノ

プロローグ

 暗い洞窟の通路。

 遠くに僅かだが、光が見える。


「どうやら、ダンジョン探索は終わりみたいだ」


 俺はようやくか、という思いと共に、同行者に声を掛ける。


「……」


 彼女は疲れ果てて声も出せないのか、俺の後を必死についてくるだけだ。だが、その表情には希望が表れている。


 このダンジョンを出れば、俺は勇者ではなく邪神の使徒として活動することになる。


 ……邪神の使徒になることについて思うことはあるものの、それでもいいか、と思えるのがあの神様の憎らしいところだ。


 思わず、笑みが溢れてしまう。


「……あの、ご主人様?」


 俺が立ち止まり、一人で笑っていることに気づいたのか、彼女が思わず、といったふうに声を掛けてくる。


「……ご主人様はやめてくれ。むず痒くなる」


 言いながら再び歩き始めた俺を追いかけるように、後ろから戸惑いを含んだ呟きが耳に届く。


「では、なんとお呼びすれば……」


 邪神の使徒として、やらなければいけないことは多い。……そのなかには顔なじみである勇者たちと衝突することもあるだろう。

 覚悟を決め振り返ると、俺は彼女に宣言する。


「俺の名前は――――――」



























「……ろ。 ……ろ! おい、起きろッ!」


 頭に強い衝撃。


「あだッ!」


 頭に鋭い痛みが走る。

 思わず頭を上げると、そこには国語教師、五十嵐遥いがらしはるかが開いた教科書を手に、鬼の形相でこちらを見ていた。


「授業中に居眠りとはいい度胸だなあ、

相良さがらァ、ええ"!?」


「い、いや、寝てたというか、船を漕いでいたというか……」


「そ・れ・は! 同じ意味だろうがぁッ!」


 バァンッ、と俺の机を勢いよく叩き、「お前はあとで職員室へ来い!」と捨て台詞を吐いて、教卓へ戻っていく。


 椅子に座り直した俺は、開いてすらいなかった教科書を渋々手にとる。


昨日徹夜してしまったせいなのか、昼休み前でエネルギー不足だからなのかは分からないが、強力な眠気で文字を追う気力すらない。


 襲い来る睡魔に負け、開いて立てた教科書を盾に意識が夢の国へ旅立とうとした瞬間、


 ヒュンッ!

 俺の頬を掠めて何かが空気を切り裂いて飛んできた。


「おっと、つい手が滑っちゃったぞ☆」


 彼女の手には直前まで持っていたチョークはなく、その事実が、本気でお怒りなのだということを俺に知らせる。


本気マジですいませんでしたァッ!」


 すぐに立ち上がり、俺は暴力教師に恭順の意を示すため、頭を下げる。


「謝りながら貶すとは、反省してないようだなァ、お前は!」


「え、なんで俺の心が分かっちゃうんですか! 先生ってエスパーですか!?」


「語るに落ちるとはまさにこのことだな、相良ァ!」


 くっ、まさか、鎌をかけられたのか……!

 先生の策略に、見事に引っかかってしまった。

 俺にとっては他人事ではないのだが、クラスメイトたちにはこのやり取りがコントか何かに見えているらしく、失笑が漏れる。


「さて、余計な話が入ったが、授業に戻るぞー」


 先生との応酬コントを終え、椅子に座り直すと、隣の席の中性的な顔立ちの男子が、先生に気取られないようにしながら話しかけてきた。


悠介ゆうすけ、授業はちゃんと受けないとダメだよ」


「しょうがないじゃないか、伊月いつき。昨日はゲームのイベントで忙しかったんだよ」


「そんなこと言って。みおに言いつけるよ。悠介が真面目に授業受けない、って」


 伊月は困ったように眉をひそめながら、俺を脅してくる。

 澪とは、文武両道、品行方正で、誰もが認める美少女であり、俺と伊月の三人は幼馴染である。

 そんな彼女は、大抵の人にはにこやかに接するのだが、俺と話す時だけなぜか毎度少し棘があるのだ。


「げっ、それはやめてくれ。澪のやつ、なんで俺にだけ辛く当たってくるんだか……」


「……まあ、そうだね、うん。その理由は自分で考えてみなよ」


 少し呆れたような目で俺を見た後、伊月は視線を黒板へ戻した。

 なんだよ、理由って。心あたりはないぞ?



 キーンコーンカーンコーン。



 退屈な授業の終わりをチャイムが告げる。

 

 俺は購買へダッシュするため立ち上がる。昼休みになると、腹を空かせた食べ盛りの生徒達がうじゃうじゃと集まり、その後には何も残らないからだ。

 今日、弁当を忘れてきてしまった俺にとっては割と死活問題なのである。


 教卓で教科書などを仕舞いながら俺に鋭い視線を向けている五十嵐先生には悪いが、スルーさせてもらおう。


 突進のような勢いで教室のドアを開けようと手を伸ばした瞬間、突然ドアが開き、ツインテールが特徴的な黒髪の女子生徒が顔を覗かせた。


「悠介ー! あんたまた弁当を――――」


 み、澪!?

 慌てて止まろうとするが、突進のような勢いでは急には止まれない。その上、無理に止まろうとしたのが災いして前のめりにこけてしまう。


「きゃあっ!」


 澪にぶつかり、彼女を巻き込んで倒れる。

 咄嗟に澪を庇って倒れたが、彼女は大丈夫だろうか。


「澪、大丈夫か?」


「……」


 澪は顔を赤くしたまま固まっていた。


「おい! 本当に大丈夫か!?」


 彼女の身体を揺するも、紅潮した顔でポーっと宙を見つめていて反応しない。


 どうすれば元に戻るか動揺した頭のまま考えていると、騒ぎを聞きつけたのか、クラスメイトの男子、お調子者で有名な三村がこちらへやってくる。


「おい、みんな! 相良がついに押し倒したぞ!」


その声でぞろぞろと野次馬のように集まるクラスメイト達。


「おおっ、ようやくくっつくのか!?」


「幸せ者め、このヤロー!」


 三村が始めたキスコールが伝播して周りの皆もそれに続き始めた。


「いやいや、何でそうなる!?」


「そ、そうよ! 何で私がこいつと……!」


 いつの間にか復活した澪が、ちらっとこちらを見た後赤い顔のまま否定する。


「えー、お前らって、実質夫婦だろ?」


「「全然違う!!」」


 周りで興味津々で見ていたクラスメイト達は、「なんだいつもの痴話喧嘩か……」と興味を失って去ろうとする。

 他愛ない、いつもの光景。

 いつまでも続くと思っていた日常。


 そのときだった。

 ――教室の床一面に魔法陣らしきモノが現れたのは。



「なんだこれはっ!?」


 教室のあちこちで聞こえる悲鳴、喧騒。

 平静を必死に保ちながら、俺はその魔法陣らしきモノを観察する。


 全体が光り、その色は周期的に変化している。

 魔法陣が広がっているのは教室だけで、俺たちのいる廊下には届いていない。

 

 廊下に避難させるため教室にいるみんなへ声を掛けようとした瞬間、教室の床一面にある魔法陣から分裂するように、小さな魔法陣が幾つも現れ、こちらに移動してきた。

 魔法陣が幾つもあるのは、廊下にいる人数に合わせて分裂したからだろうか。

 

 俺と澪の足元にもひとつずつ魔法陣が移動してきた。

 その位置から離れるも魔法陣は追いかけてくる。


「怖いよ、悠介……」


 泣きそうな、青ざめた顔をした澪が俺に震える手で縋りつく。

 俺は少しでも彼女の不安を和らげるために彼女の手を握り、笑いかける。


「大丈夫だ、俺がいる」


 ……自信ありげに言ったが、ここまで冷静にいられたのは澪が隣にいるからだ。

 自分一人だけだったのなら、俺も彼女のように青ざめて震えていただろう。

 『守らなければ』

 そんな思いが俺の冷静さを保ち繋ぎ止めている。


 臨界点に達したように、光が危険な点滅を繰り返す。


 点滅の間隔は徐々に短くなり、光はどんどん強くなっていく。


 そして――――――


 閃光が俺達の身体を包み込み、そこで意識が暗転した。










「ヤレヤレですね、全く」


 最も深く暗い、闇の中。

 そこに、一人の女がいた。


「まさか、


 そう呟く女の相貌は、作り物のように完璧に整っていて、見る者全てを魅了するような魔性に満ちている。


「もう会うことはないと思っていたのですが……」


 その呟きに答える者はおろか、聞く者すらいないが、女は言葉を続ける。


は私を見つけてくれるでしょうか。……いや、これも運命次第ですね」


 楽しげに言う女の表情は、無表情のまま彫刻のように変わることはない。


「あなたならきっと……」


 言葉は自由を求めるように、地の底から上に向かい、響き渡る。


「どうか私を――――」


 それはまるで、救いを求めるようで。

 

 女は願い、懇願する。


「――殺してください」


 言葉は誰の耳にも届くことなく霧散した。

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