第32話 時魔法
「ってことはさぁ」と挙手をしながら翔が話し始める。「やっぱり、美月は未来人で、魔王討伐後にやってくる脅威っていうもの、本当にこの世界を襲うはずだよね」
「確かにそうだけど、その脅威が何かわからない」勇者が翔の言葉に続く。「エウロパは、まだ帰ってこないね。相当、遠くへでも行ったのかな」
そうだな。エウロパは時魔法を使える。どこへでも行けるのだろう。
勇者曰く、時魔法の速度は無限大に及ぶ。はるか遠くの彼方でも、一瞬で行き来できる。どんなところでも……。
「俺、ちょっと思うんだけどさ」
翔が深刻な表情で話し始める。
「どうしたの?」
「ちょっと確認させてもらうけど、エウロパは時魔法が使えるってことで間違いないよね」
翔の問い掛けに美月が頷く。
「それで、賭博に勝って、大量の魔力を手にした……。それって、宇宙を縦横無尽に行き来できることと変わらないよね?」
そう。その通りだ。
「前にも言ったけど、俺は、ある程度の知能を持つ宇宙人なら、無闇矢鱈に他の星を訪れたりはしないと思うんだ。何故なら、常識的に考えて、光の速度より速く移動することは出来ないから。エウロパは、流れ星に乗ってこの世界に来た。それは、つまり、宇宙を移動する有効な手段がないってことだよね」
「そうだ」
私は深く頷いた。何やら、心が波立ち、居心地が悪い。
「エウロパは、宇宙を自在に移動する手段を探して、この世界にやってきたとは思わない? そして、時魔法と膨大な魔力を手に入れたエウロパは、自分の星へ帰った。時魔法の発動には魔力が必要だから、ここへまた戻ってくるかもしれないけど、その時は大勢の仲間を引き連れてくるかも……」翔が言い淀む。「なんてね。いや、それは考え過ぎか、ははは」
翔は無理矢理笑っておるようだ。
その笑い声が、室内に虚しく響き、沈黙を呼ぶ。
私は翔の言葉を反芻しておった。
流星に乗ってやってきたエウロパは、宇宙を自在に行き来する手段を探しておった。だが今、その必要はなくなった。時魔法と魔力を手に入れたエウロパは、仲間の元へ帰った。
「僕がダンテと王宮を出たあの時、エウロパが僕らの目の前に現れた。本当は、彼女は魔力配達のメンバーではなかった。それにも関わらず、彼女をメンバーにしたのは」
「聞き及んでおる」
「えっ?」勇者が驚く。
「女神が話した」私は言葉を付け足す。
「そっか……。あの時、突然現れたエウロパが、ダンテにチョコを送ったよね。憶えてる?」
私は頷いた。
もちろんだ。あの時、初めて礼を申したのだ。忘れるわけがなかろう。
「考えたくはないけど」
勇者が言い辛そうに話し始める。
「翔の推理が真実なら、エウロパは、謁見の間で、僕の時魔法を見て僕等に近づき、時魔法に必要な魔力を得るために配達を志願したとは考えられない?」
「かもしれんな」
私は悲痛を和らげるため声を発した。
謁見の間で、エウロパが興味を惹かれたのは、時魔法であった。だが、時魔法は魔力の消費が激しい。だからこそ、魔力を易々と手に入れることができる魔力配達を希望した。
胸に大きな波紋が広がりおるわ。
私の胸を圧迫し、気分の悪いことこの上ない。
不快感を払拭したい一心で、私は声を発した。
「エウロパは、ここへ降ってきた時、魔力を持っておらんかった」
「それって」翔が息をのむ。
「宇宙人とやらは魔力を持たぬ可能性が高い。だが時魔法の発動には魔力が必要だ」
「ということは、魔力を手に入れるために、ここへ戻ってくるかもね」勇者が付け加えるようにいう。
そして、美月の言葉が後に続く。
「脅威といわれる程ですから、穏便に事は進まないのでしょうね」
「友好的な宇宙人かもしれませんよね?」クレアが発言する。
「いや、どうかな」勇者が答える。「僕らが黙って魔力を差し出すならば暴力的な行動は慎むだろうけどね。僕らが従順であろうが、敵対しようが、どちらにしても、宇宙人に支配される状況は変わらない」
皆が、暗い顔を浮かべ、黙り込む。
沈黙が、不快な感情を呼び戻しおる。
不吉な予感が頭から離れん。
エウロパはあの時、私にチョコレートを贈った。
もしやとは思うが、あれは、エウロパの作戦だったのではあるまいな。あどけなさを演じ、私達に取り入った。そして、脅威という疑いの目を逸らそうとしておった。故に、あのチョコレートと、花が欲しいと申したあの言葉は、エウロパの本心ではなかった。
いや、私は、疑い深くなっておるだけやもしれん。
エウロパは無邪気な少女だ。宇宙人かもしれぬが、その心に偽りはないはず。
そうであろう。
お主を信じておらぬわけではない。だが、今すぐ問いたい。
チョコレートの真意は何だったのだ?
花が欲しいと言ったあの言葉は?
全て、本心ではなかったのか。
なあ、エウロパよ――。
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