被告人ももたろう

台上ありん

検察 ……起訴事実については争わないということですが、もう一度確認したいと思います。あなたは、鬼ヶ島において鬼19人を殺意を持って傷つけ殺害したという事実を、認めるんですね?


桃太郎 はい。そのことについては認めます。ただ……。


検察 ただ?


桃太郎 僕が殺害したのは、人ではありません。鬼です。


検察 よくわかりませんね。鬼を殺害しても同じ罪に問われることはご存知でしょう。


桃太郎 もちろん存じています。法のほうが間違ってるんです。


検察 なぜそう思うんですか?


桃太郎 我々はずっと、鬼に苦しめられていました。働いても働いても、鬼にどんどんお金を取られて、いつまでたっても暮らしが楽になりません。気付けば、村のみんなは借金まみれになっていて、毎日苦労しています。


検察 借金ですか? あなたはいくら借金があったんですか?


桃太郎 僕個人は一円も借金をしていません。ただ、村のみんなが生活をしていくにやむなく、村でとうてい返しきれないくらいの莫大な借金を作ってしまっています。


検察 つまり、村の借金返済を悲観して自暴自棄になり、今回の犯行に及んだということですか?


桃太郎 違います。僕たちがこんなに苦労しているのに、鬼のやつらはずっと食って寝て遊んで暮らしているのです。鬼がいなくなれば、きっと僕たちの生活はもっと楽になるはずなんです。


検察 ということは、今回の犯した犯罪は、自分たちの権利を守るための行動だった……つまり、正当防衛、自衛的な行動だったと主張しているんですか?


桃太郎 いいえ。僕が罪を犯したことは間違いないです。それは認めます。


検察 犯した罪に対して、きちんと償う気持ちはあると?


桃太郎 法に基づいた罰を受けるつもりはあります。決して、言い逃れをするつもりはありません。


検察 悪いことをしたという自覚はあるんですね?


桃太郎 いいえ。そうは思いません。我々と鬼とは、別の物です。鬼は正しくこの世から滅ぼされるべきなのです。


検察 それが、あなたの哲学ということですか?


桃太郎 僕の哲学、というほどではないと思いますが、まあそうとも言えると思います。


検察 あなたのいう、鬼が滅ぼされるべき理由について、もう少し聞かせてください。鬼は、存在が悪なのですか?


桃太郎 そう思います。


検察 鬼と人間とでは、いったい何が違うんでしょう。


桃太郎 見た目には違いはないと思います。ただ、鬼は存在するだけで我々の富を搾取しているんです。


検察 鬼であるか、鬼でないかは、誰が判断するんですか?


桃太郎 そんなの誰でもわかるでしょう。


検察 誰でも? 私にはよく違いがわかりませんが。


桃太郎 とぼけないでください。


検察 とぼけてなんかいません。説明してください。


桃太郎 まあ、ひとつは人間の言葉がしゃべれるかどうかかが、基準になるとは思いますが。


検察 率直に言って、私はあなたが事件を起こした動機がまったくわかりません。直截的に聞きますが、犯行の動機はいったい何だったんですか?


桃太郎 ……正義です。


検察 鬼のご遺族の方々に対する謝罪の言葉はありますか?


桃太郎 ありません。


検察 尋問を終わります。




裁判長 それでは続いて、弁護人。


弁護人 よろしくお願いします。その前に裁判長、提出したいものがございます。


裁判長 なんでしょう?


弁護人 ウェブ上で、被告人への寛大な処置を願う、減刑嘆願の署名活動が行われております。現在も署名を募集しているため、総数がいくつになるかはわかりませんが、昨日の時点で2万人を超える署名が集まっております。こちらを証拠として提出したいと思います。


裁判長 わかりました。


弁護人 それでは尋問に入りたいと思います。……被告人は減刑嘆願の署名については、どう思っていますか?


桃太郎 ありがたいことだと思いますが、そのことによって判決が曲げられることはあってはならないと思います。


弁護人 どういうことですか?


桃太郎 たくさんの人が署名したからといって、刑が軽くなったり重くなったりすると、それは私刑です。同じ罪を犯したなら、同じ罰を受けるべきです。


弁護人 あなたは鬼19人殺害という、前代未聞の事件を犯し、死刑が求刑されていますが、そのことについてはどう思いますか?


桃太郎 これまでの判例から判断すると、妥当だと思います。


弁護人 つまり、死刑になっても仕方ないと?


桃太郎 はい。


弁護人 たくさんの署名が集まったのは、どういう理由からだと思いますか?


桃太郎 それだけ、鬼に対して苦しめられている人が多いということだと思います。


弁護人 あなたは先ほど、動機を「正義」と言いました。ネット上では、あなたの行動を英雄視するむきもあります。それはあなたの思ったとおりの反応ですか?


桃太郎 事前にそんなことになるとは予想してはいませんでしたが、そういう声があることを心強く思います。


弁護人 あなたの真似をして鬼退治を試みる人はまだ出てきていませんが、あなたに共感する人はそういうことをするべきだと思いますか?


桃太郎 それは思いません。こんなことは、しないほうがいいに決まっています。


弁護人 じゃ、なぜあなたは事件を起こしたんですか?


桃太郎 世の中に、警告するためです。


弁護人 何を?


桃太郎 このまま僕たちは、鬼を好き放題させておいていいのか。鬼のために、僕たちはこれからも犠牲にならなければいけないのか、という問題提起と、鬼に対しては、我々の富を搾取するのを止めるべきだ、ということです。


弁護人 それが実現すると思いますか?


桃太郎 わかりません。でも、鬼に怯えることなく生活できる日が、いつかはやってきてほしいと思います。


弁護人 鬼がいない社会は、理想ですか?


桃太郎 鬼がいなくなっただけですべてが解決するとは思ってません。でも、いるよりはいないほうがいいと思います。


弁護人 こういう質問は問題ありますが、あえて聞きます。できるならば、死刑判決は回避したいと思っていますか?


桃太郎 ……わかりません。

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