第17話颯の苦悩
「颯くんちょっと話があるんだけどいいかな」
玄関で引き止められると、少し緊張したようにも見える三玖の表情が写る。
「ん、なに?」
俺が聞き返すと三玖は深呼吸を繰り返して、告げてきた。
「颯くん、好きです。私と付き合ってください」
俺は昨日の雰囲気からこういうことがあるのではないかとは思っていたが、それを真摯に受け止められるかは俺の問題だ。
いざ面と向かって言われると、感覚が違いすぎる。この場の空気感から三玖の一挙手一投足まで意識してしまう。
「「...............」」
二人の間には沈黙が走り、三玖は颯のことじっと見つめている。
この二日間で颯の心は三玖にかたよっていたのは間違いない。
だがここで颯の頭の中をよぎったのは、中学まではほぼ毎日のように見ていた人の顔だった。
そして俺は今の気持ちを正直に伝えることにした。
「三玖、俺は三玖のことが好きなのかもしれない。三玖には話したけど俺はちょうど去年くらいに彼女を失った。それで女性との間に壁を作ってしまうと言ったけど、理由はもう一つあったんだ」
ここまで言われた事で三玖は自分は選ばれないと察したように力のない笑顔を浮かべていた。
そんな顔を見ていると心苦しくなってしまう。
だけど、俺のことを好きだと言ってくれた女の子に俺が背を向けるなんてことは出来なかった。
「その理由は......親父が浮気をしていたんだ」
三玖は目を見開いて、すぐに表情を戻した。
「颯くん、もうちょっとうちにいない?」
俺は素直に頷いて三玖に手を引かれるようにしてついて行った。
部屋に着いて数分、いたたまれなくなったので気持ちの整理をつけて、話し始めた。
「うちの親は共働きで稼ぎもよかったので結構俺は自由に育ってきました。だから普通に習い事も通わせてくれたし、バスケも続けることが出来てました、だけど、俺がバスケ部を引退してから父親が夜遅くに帰ってくるようになって少しずつ母に暴力を振るうなんて事も増えていました。俺はその矛先が向くのを恐れていい子でいようとして勉強に励みました。そして段々とエスカレートしていった暴力を見て俺は家でのDVの証拠を集めて、モデルで稼いだ数十万円で興信所に依頼をしたんです。それはもう証拠だらけでした。俺はその浮気とDVの資料を持って被害届を出しに行きました。幸い家族ということで受理されました。だけどその日は父が早めに帰ってきていた日で食事を共にしたんです、そこで母への当たりがあまりにも酷すぎて俺はこう言ったんです。『母さんに当たるな浮気者!そんな人はうちにはいらない!出でいけ!』と言ってしまったんです。母さんは分かっていたような表情をしていました。そして、同時に悲しそうな表情もしていました。俺は一発殴られて父は出ていきました。」
三玖は哀しそうな表情を浮かべて俺を抱き寄せて来た。
「颯くんは間違ってないよ。君は君を愛してくれた人の為に行動出来たんだよ。悔いることはない。颯くんが間違ってるなんて誰にも言えないし言わせない。」
俺は不甲斐なく三玖の胸の中で泣いてしまった。
「だって俺はそんなにエスカレートするまで母さんを放っておいたようなもんなんです。しかも、クソみたいな親父だとしても身内にあんな言葉を投げてしまった自分が嫌になるんです」
「大丈夫。颯くんは、最終的に自分の身を挺してお母さんを守れたんだよね。お母さんにとっては君はヒーローだったと思うよ。今はもっと自分の欲求に正直になってもいいと私は思うよ」
「ありがとう......ございます」
俺は泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
颯が起きた時には完全に日は登っていた。
しかし頭には枕ではない別の感触があった。
「おはよう、颯くんよく眠れた?」
三玖の膝の上だった。俺は飛び上がるように起きて、あまりにも長い時間寝かせてもらっていたことに気づいた。
「すいません、ずっと膝を借りてしまって」
「いーの、享受できるときにしときなさい」
そこで寝る前どういう状況だったのかを思い出し、つい赤面してしまう。
「あの、三玖告白の事だけど――」
「それは颯くんの気持ちが固まってからでいいよ」
「ありがとうございます。それにこんなに長居させてもらってしまって」
こんなに恩恵を受けてばっかりでなにも返せていないことに申し訳なくなってしまった。そんな雰囲気を察してか三玖からある提案をしてくれた。
「そんなに申し訳なさそうな顔しないでよ。私がしたくてしたの。それでもって言うなら受験後も遊んでよ」
「もちろんいいですよ」
「あと、颯くんにはもうあの約束は必要ないよ」
「分かりました」
敬語に戻ってると指摘されお互い笑いあっていると不思議と気分が軽くなった感じがした。
これ以上長居する事も出来ないので俺はさっさと帰宅することにした。
空を見上げるそこにはどんな海よりも青々としていて綺麗な海が広がっているようだった。
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