第86話 死界のヒモとは


 謎の男・ゴトウを激戦のすえに、ギリギリで勝利をおさめた俺たちは、魔女の工場に足を踏み入れていた。


 俺たちの後をついてくる白い生物──グギィは、俺たちに工房内を案内してくれる。


「お前たち、魔女の命令で普段は働いてるのか? はい、だったら、1グギィ。いいえ、だったら、2グギィしてくれ」

「グギィ!」

「はい、か」


 言語を喋ることはないが、意志の疎通は可能だ。

 ただ、たまに言葉が通じない個体もいるので、同じように見えても差がある。まあ、だいたい俺が何して欲しいのかは察してくれるので、知能自体は人間のころに近いのかもしれない。


「マックス、これを見てみろ」


 オーウェンに言われ、彼の入っていった怪しげな部屋に足を踏み入れる。

 部屋の外には『第7培養室』と書かれていた。


 部屋のなかには、奥行きの凄まじい広々として間取りが確保されていた。

 部屋のずーっと奥まで円柱状のガラスケースが並べられており、なかには『神聖祭』パレードにて遭遇した黒い獣が、浸されて入れられている。


「こうやって育ててるのか……なんか、凄いな」

「神威の騎士でも競り勝てる者は少ないほどに強力な魔物だ。これほどの数がいたら、それこそ国家転覆の危機的戦力だろう」


 オーウェンは冷静に告げて、さらに部屋の奥へと進む。

 シュミーは立ち並ぶカプセルを見て、何やら思うところがあるのか、黙すばかりだ。


 ──ひと通り見て回った


 その結果、わかった事は放置、ダメ、ゼッタイということだ。

 グギィたちにいくつかの質問をした結果、どうやらかなり醜悪な生態実験が毎日毎日ここで行われていたらしい。

 どうにも『左巻きの魔女』は、グレイグの素体を持ったグギィたちのうち、ガングルゥと呼ばれる獣を使って厳選した知能思想の高い個体に、霊薬による強化を施し、さらにはそれぞれに〔ミステリィ〕を発現させることを最終的な目標としていたようだ。

 つまり、この場にいるグギィたちは度重なる品種改良と、実験に生き残ったエリート・グギィということになる。

 たまに片言で喋ったりするので、よほど優れた個体ということだろう。


「魔女が帰ってくる前に、施設を破壊する。それで良いな」

「異議なし」


 オーウェンの言葉に賛同する。

 

「どうした、シュミー」

「……いえ、なんでもないわ。はやく破壊しちゃいましょ」


 シュミーは力なく頭をふり、グギィたちを連れて施設から離れた。

 

「マックス、頼む」

「ああ」


 施設から十分な距離を空けて、俺は指を軽く3回鳴らした。

 施設の直上から降り注ぐ、破壊の嵐によって、魔女の工房は地下深くの施設もふくめて木っ端微塵に破壊され尽くした。


 どこからか引火して、燃え盛る炎に包まれる魔女の工房を俺たちは見つめる。


「……あの子は、あの魔女はそんなにアタシの事が嫌いだったのかな」


 シュミーは寂しそうにつぶやく。

 俺もオーウェンもかける言葉を見つけられず、お互いに目を見合わせて、うなすぎ、沈黙する事を選ぶしかない。


 しばらく静かな時間が流れた。

 

 俺はふと、思いたち、シュミーに質問してみることにした。


「『左巻きの魔女』の目的は『死界のヒモ』を獲得することにあるとか」

「……」

「女神様が狙われてるのもこのせいだって、オーウェンが言ってて……あの、女神様『死界のヒモ』っていったい何なんですか?」


 俺の質問にシュミーはゆっくりとこっちを向いてくる。


「……いろいろ言い換えられてるけど、言うなればそれは、この世界にいては手に入らないモノ、次元をいくつか上げないと姿すら見えることのないモノの事よ」

「モノ? 実体がある物ですか?」

「アタシたち『夜の教会』はそう信じてる。死者の世界からずーっと、ずーっと続いてこの世界に伸びて繋がっている。それがみんな欲しいの、ひと目でもみたいの…………だけど、本当はそんなモノどうでもいいのよ」


 燃える施設を見つめるシュミーの横顔から、彼女のなかでかつてあった情熱は、とうの昔に燃え尽きていることを知る。


「……魔女は、諦めてしまった女神様の代わりに『死界のヒモ』の獲得を目指してるんですね」

「きっとね……『夜の教会』も『朝の教会』も『トニー教会』も『暗黒魔術教会』ですらも、みんな呼び方は違えど『ソレ』を求めてる……誰かがたどり着くからいいのよ……アタシには無理だった、それだけのこと」


 シュミーはそう言い、力なく寄りかかってくる。


「マクスウェル、あんたには何か見える?」

「……なにも」

「それだけの強さを手に入れても、何か変わった景色は見えないの?」

「…………どうでしょうか。俺はただ指パッチンが速いだけの男なんで、女神様ほど物事を深く考えられないです」

「…ふふ、あっそ。まあいいわ。そうよね、アタシは『夜の教会』最高傑作の女神、アンタは所詮ただ指パッチン極めただけの男よね」


 シュミーはにーっと笑い、俺の胸を突き放して「ほら、ほら〜捕まえてごらんなさき」と言って無邪気に走りだした。

 どうやら、少しは元気になったらしい。


「オーウェン、このあとはどうするんだ?」

「とりあえず、ジークタリアスに戻る。街に入るまえに、崖上の世界で帰ってくる魔女を迎え撃つ。一応、足である魔導王は殺してあるが、まだほかに何か手駒を隠しているかもわからない。用心していこう」

「わかった。あとは魔女を叩くだけって事だな」


 オーウェンに確認を取り、物事が単純になったと安堵する。

 幸いにもオーウェンが懸念していた『聖歌隊』との衝突はあまり起こってない。

 崖下の世界は広大なので、探索しかねていると見て間違いない。


「マックス、シュミーを捕まえてやれ。ひとりで鬼ごっこはじめて寂しそうにしてるだろ」

「あれってほんとうに捕まえてって意味だったのか」

「女心がまだわかってないな。マリーに愛想尽かされないよう、もっと気を使うんだ」


 オーウェンの助言にしたがい、50mほど先で棒立ちしてるシュミーのもとへ急行して、速攻でお姫様抱っこして持ちあげる。


「捕まっちゃったー!」

「なにバカみたいに遊んでんすか、女神様」

「良い方! もう、女神様と鬼ごっこしたのよ、光栄に思いなさいよね!」

「……はい、ありがとうございます、すっごく楽しかったです」

「えっへん、気分が良いわ! もっと言ってちょーだいな!」


 俺がシュミーを抱えて戻ると、オーウェンはすぐに『亜空斬撃』で空間に裂け目を生成してくれた。

 俺たちは黒い光のなかへ入り、魔女の工房をあとにした。

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