第85話 魔女の実験成果


「うわあ! これアダムと同じやつ!」


 シュミーは興奮気味に言って、今しがた出てきた次元の裂け目を指さした。


「アダムと同じやつ?」

「そうよ、アダムも剣でこんな感じの切れ目を空間に作って移動するのよ!」

「そうなのか? いや、まったく奇遇だな」


 オーウェンはシュミーのわんぱくさに、どうにも怪しげな、わざとらしいリアクションを返して、先に行ってしまう。


 俺たちがやってきたのは、雪が積もった森だった。


 一面が白銀の世界。

 空気はしんと静まりかえっていて、森全体は眠りにおちて久しく、俺たちの息遣いさえ良く聞こえるようだった。

 

「俺、ここに来たことがあるかも……」


 俺はなんとなく、つぶやいた。

 これと似た空気は、かつての修行中の風景のなかにあったからだ。

 

「マクスウェルはきっと、ここに間違って足を踏み入れたんじゃないかしら? 左の魔女っ子はトーテムを使って一定範囲内の時間の進みをコントロールすることで、戦争のために準備してたみたいだし」

「トーテム? 時間の進みをコントロール?」


 俺はかつて崖下の世界で体験した不思議な出来事を思い起こす。

 言われてみれば、確かにトーテムがあった気がする。

 触れたら危ない気がして、そのまま無視して進んだんだっけか。


「そうか…なるほど。俺が修行してた空間は『左巻きの魔女』がソフレト共和神聖国と戦うための戦力を準備するための結界の中だったんだ」


 結界外よりも時間の進みが早いから、魔女は戦力をよりはやく充実させられる。

 そのおかげで、俺は2年以上修行しても、ジークタリアスではあまり時間が経っていなかったのだ。

 川を登っている時に、いつのまにか季節が冬から春に変わっていたのも同様だ。

 魔女の結界をいつのまにか抜けたせいで、外の世界との間に季節のギャップがあり、そのことが数ヶ月も歩いたなんてバカな発想に繋がった。


「マクスウェル、いろいろスッキリしたって顔してるわよ?」

「ふふ、いや、なんでもないですよ。ありがとうございました、女神様」

「ん? よくわからないけど、どういたしましてよ! ほらほらもっと、崇めて、敬って、信仰してちょうだいね!」


 シュミーは薄い胸を張って、自信満々に鼻を鳴らした。


「マックス、シュミー、何か見えてきたぞ」


 オーウェンは前方を指差した。

 四角い灰色の建物があった。

 雪が積もっていて、あたりに足跡はなく、長らく使われていないようにさえ感じる。

 だが、オーウェンはそうは考えていないようだった。

 地面の雪を注意深くみると「待ち伏せされてる」と言って警戒をうながしてきた。

 俺はシュミーをすぐ背後に守りながら、オーウェンのあとを追う。


「グギィ!」

「ん?」


 建物の裏から何かが出てきた。

 

「あ! お前ら!」

「なんだ、マックス、知っているのか」


 俺たちの前に現れたのは、懐かしい白い6本足の生物だった。

 その生物たちは「グギィ」と泣きながら、俺たちのほうへ近づいてくる。

 見たところ敵意は感じられないが、かつての記憶から、俺はこいつらが人間を襲う生物だと知っているので油断はしない。


「グギィ」

「凄い数だ……50、60、まだまだいる」


 白い生物たちは俺たちに興味津々と言ったふうに近づいてくると、少し離れたところから首を左右に傾げて観察してきた。

 

「この子たちは……ああ、なんて可哀想な」

「女神様、こいつらが一体なんなのかわかるんですか?」


 シュミーは悲しげな表情でうなずく。


「この子たちは魔女の非人道的な実験の末に、こんな姿に変えられてしまった″人間″よ」

「っ……ぇ、こいつらが、人間…?」

「そう…と言っても、クローンでしょうね。これほどの数を人間の世界から連れ去るのはコストが掛かるし、なによりリスクもある。ずーっと昔に左の子が教えてくれたの。あの子は学者だった。すごく努力家だった。強い兵士をつくるって言って、たぶんクローンを怪物に変える方法に辿り着いたんだと思うわ」


 シュミーの言葉を受けて、オーウェンは顎に手をあてる。

 

「この形状……『あかけもの』グレイグにそっくりだ。もしかしたら、魔女はグレイグをベースに人間を改造したのかもしれないな」

「勘が鋭いじゃない、ど変態剣豪。そうよ、この子たちは……崖下の赤い獣の優れた素体ボディを受け継いでる。魔女っ子はね、つまり獣の素体だけを使う気だった。この子たちが白いのは一度、漂白ブリーチされてるから。あの子は一度白くなったところに新しい色──翡翠ひすいのような緑色、琥珀こはくのような黄金色をいれることで、理想とした最強の兵隊を作ろうとした。獣の肉体、人間の知性、そして、魔女の霊薬のチカラ。これほどの能力を兼ね備えた軍隊があれば、真正面からソフレトを叩き潰せると思ったんでしょうね」

「加えて外国からの助っ人か。……魔女の本気度がうかがえるな」


 『左巻きの魔女』の恐ろしい計画の全貌を知り、身震いする。


「グギィ!」

「……ごめんな、俺、お前らが人間だなんて、知らなくて……」


 俺は白い生物の頭を撫でながら、かつての死に物狂いでこの生物を狩った日々を思いだす。

 今にして思えば、こいつらは服を着ていたんだ。

 加えて焚き火をする知性もあった。

 人を殺して奪ったものとはいえ、少しでも人間に近づこうとしていたのかもしれない。


 彼らには俺がどう見えていたんだろう。

 たぶん彼らにとっては、俺のほうがよほど恐ろしい怪物だったに違いない。


「……こいつら、助けられないんですか?」


 俺はシュミーに尋ねてみた。


「わからないわ。アタシはそこまで詳しくないしね。この結界の外側に連れ出せたら、もしかしたら人間に戻れるかもしれないけど……なんとも言えないわ」

「そうですか…」

「グギィ、グギィ」


 俺は許されない罪を背負っているのかもしれない。

 わからなかったとは言え、俺は元は人間だった者を何千人も……殺したんだ。

 

「いや、よそう…悪いのは、全部魔女のやつじゃねーか。そうさ、あいつを倒してこれ以上の非道をやらせない」

「その通りだ、マックス。……シュミー、あんたには悪いが、俺たちは『左巻きの魔女』を殺す」

「ん? ああ、別に気にしてないわよ。あの子が可愛かったのはもうずっと昔のことだしね。今は、アタシがさっさと引導渡してやりたいくらいよ。はあ、たくもう、大きな恩を忘れてアタシのことを腰抜けだとか、牙の抜けた老犬だとか……あああ! イライラして来たんだけど!?」


 騒ぎ立てるシュミーを微笑ましく見る。

 と、その瞬間、何かが音もなく背後から迫って来ているのを感じ取った。


「「誰だ」」


 俺とオーウェンは一斉に振り返り、そのものを眼中に捉える。

 白い生物たちが「グギィ!?」と驚いたような声をあげて、建物の影に一斉に隠れていってしまった。


 俺たちの視線の先。人影があった。


「私の名前はゴトウ。『第3の指・右手中指』担当のゴトウだ」


 中肉中背の男は、そういって右手の中指を親指で押して関節を鳴らした。

 彼の右手中指だけは肌の色が違い、またその指だけだ老婆の枯れた指のようになっていた。


 なるほど。

 だから、枯れた指と呼ばれてるわけか。

 本当に指を交換しているとはな。


「私の使命は工房の防衛。ゆえに、お前たちを殺す」

「ほう、お前が殺せるのか?」

 

 オーウェンは涼しげな表情で挑発する。

 ゴトウは無表情のまま「私は強い」といった。


 彼から凄まじいオーラを感じる。

 なるほど、この男は期待できそうだ。


「なら、試してみるか」


 ──パチン


 俺は指を鳴らして、まずは挨拶がわりにゴトウの心臓に『巨木葬きょぼくそう』をぶちかます。


「ぐおおおおおお!?」


 あたりの雪が蒸発して、発生した水蒸気のせいであたりが蒸し暑くなった。

 大木が根こそぎ吹っ飛んで、激震が襲ってきた。

 すべてが収まると、晴れた水蒸気の向こうに小さなクレーターを発見する。

 クレーターのなかでは、頭だけとなったゴトウが目を見開いて、すでに虫の息であった。

 

「ぐぁ…ばか、な、この、私、が……!」


 ゴトウはそう言い残して絶命する。

 ずいぶん開けた景色になった魔女の工房を見渡して、俺は腰に手をあててうなずいた。


「マックス」

「ねえ、マクスウェル」


「ん?」


 オーウェンとシュミーが微妙な眼差しを向けてくる。


「少しは手加減してやれ」

「敵に申し訳ないとは思わないわけ?」

「あんなに強者感出してただろ」

「相手へのリスペクトが足らないわ。指パッチンだけで倒すなんて」

 

「ぇ、ぇ?」


「謝りなさいよ」

「これは酷い。謝れ、マックス」


「………………ごめん、ゴトウ」


 凄い非難されたので、とりあえず手を合わせておくことにした。

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