第20話 そいつはずっと俺のことを見ている


 傑作ログハウスを回収して、少年たちの背中を追いかける。


 見つかっても別になにも起こられたりしたいだろうけど、事情を知らない彼らに、いちから説明するのは少々億劫だ。


 やれ、それにしても、2年という時間の断絶は本当に長い。


 とりあえず、俺が消えたことすら忘れてるかもしれないアインの野郎に、一発拳を叩き込み……いや、一発じゃ足りないな。泣いたとしても殴るのやめない。


 気が晴れるまで拳を叩きこもう。

 それくらい許されるはずだ。


「……みんな覚えてるかな」


 復讐心をたぎらせながらも、時間の隔絶によって自分が忘れ去られたという不安がぬぐえない。


 俺は弱かったから、アインもオーウェンもドラゴン級パーティにふさわしくない俺を追放した。


 それにーーマリーだって、それに同意したんだ。


 ーーパチン


 ポケットからくしゃくしゃになった″除名用紙″を取りだして、そこに確かにマリーの名前が、マリーの筆跡で書かれていることを改めて確認する。


 捨てたはずの人間が戻ってきたら、マリーはどう考えるんだろう。


 すべてが無意に帰すかもしれない。

 いまさら、帰ってきてなんのつもり、ってあざけられるかもしれない。


「……でも、戻ってみないとわからない。少なくとも、2年前より俺はずっと強くなったはずだ。マリーたちも成長してるだろうけど、力の差はわずかでも縮んだはずなんだ」


 何のために地獄の時間を越えた?

 前人未到の極致を踏み越えてきた?


 絶対にもどる。

 さあ、少年たちよ、俺をあの街へ導いてくれ。


 決意を新たに、より強く願う。

 そうして、気配を消して少年たちの背中を追いつづける。


「ん」


 ふと、少年たちの背中が霞むような幻覚を見た。


 気のせいかとも思ったが、それは幻覚ではなかった。


 目をこすり、瞬きしても、彼らの影が薄れていくのは止まらない。


「嘘だろ……。おいおい、おいおいっ、待て待て!」


 消えそうになる少年たちの影へ、大声で声をかける。


 すると、少年たちは振り返り、俺の顔を見るなり、驚いたように目を見開いた。


「ーーーー」


 何か言っているが、聞こえない。


 まずい、″俺を帰さない力″が効力を持ち始めているのか?


 なんとなく察していた。


 俺は、尋常の手段ではジークタリアスに帰れないと。


 ゆえに、俺はわずかな思考時間で行える最善の手を打つことにした。


 遠い声、小さな声で口をパクパクさせる少年たちへ、俺は空気をいっぱい吸い込んで名前を叫ぶ。


「マックスだ! 俺の名前は、マクスウェル・ダークエコーだ!」

「ーーっ!」


 俺の全力の叫びが聞こえたのか、少年はポカンと尻餅をついて固まった。


 すぐに彼らの姿は霧散して、その存在がいっときの幻であるかのように消えてしまった。


 俺は地面を見下ろして、彼らの足跡がスーっと土に溶けていき、痕跡が消えていくのを見届ける。


「足跡すらなくなる。姿すら見えなくなる。声も届かない」


 理不尽なチカラの前に、俺は静かな怒りを滾らせていた。


 ーーパチン


 自身に向けられた魔力を収納する。


 そして、もう一度指を弾いて、今しがた収納した魔力を撃ち出してみる。


 発射された魔力の塊は、見えなくなるまで、何本もの木を溶かして、ねじり折り、どこかへ飛んでいく。


 確かに魔力は収納できている。


 では、次はどうだ?

 

 ーーパチン


 俺はもう一度、″自身に向けられた魔力″を収納する。


「……また入ったな。となると、俺に向けられた謎の魔力は一時的ではなく、継続的にずーっと差し向けられ続けていることになるーー俺の事を、どこかからずっと見ているのか、スキルの保持者は」


 内心、煮えたぎる怒りで爆発しそうだった。


 なんで、俺の邪魔をする。

 そんなに手間暇かけて、人に嫌がらせするなよ。

 どんだけ俺の事を恨んでるんだよ。

 

 人に恨まれるようなこと……した覚えはない。


 あたりの森を、鋭く睨みつけて見渡してみる。

 ひと睨みするだけで、木々の上の鳥たちが飛びたち、小動物たちは身を隠してしまう。


 俺の感情の荒ぶりを察したのか。


「チッ……クッソ。ふざけやがって……」


 見た限りでは人間の姿は見つけられず、また気配も感じとることができなかった。


 俺は途方に暮れて、しゃがみ込んだ。


「ん……これは」


 ふと、足元を見下ろすと黒い十字架が落ちているのを見つけた。


「『黒いロザリオ』、か。そういえば少年たちがこれを大事そうに持ってたな」


 今度あったら返してやろうと思い、俺はロザリオをポケット空間にしまいこんだ。



 それから、しばらく俺は少年たちが向かおうとしていた方角を調べてみることした。


 道中に丸太を打ちこんで、自分の通った道がわかるようにしながら、探索を進めた。

 しかし、俺が少年たちの言った″最前線の拠点″とやらを見つけることが、遂にはできなかった。


 俺は何度も何度も、自分の体にまとわりつく魔力に〔収納しゅうのう〕をつかっては、向けられるスキルからも逃れようとした。

 だが、決して俺が森を出られることはなかった。



 ーー森をさまよい歩いて3時間後



「はぁ……」


 俺は、またしても途方に暮れていた。


 自分の探索跡を丸太でマーキングしておいたはずなのに、いつの間にか背後の丸太は消えていたり。

 唯一の頼みの綱だった、ボトム街へ通じているはずの川にも戻れず、見失ってしまったたり。うんざりだった。


「俺がなにしたんだよ……」


 頭を抱えて、こけむした大木に背を預ける。


 これではいけない。

 がむしゃらにやってもダメだ。

 情報を整理する必要がある。


 ーーパチン


 俺はログハウスを深緑のなかに設置して、その中の机に腰を下ろした。


 このスキルについて解明してみよう。


 まず、スキルの発動者が誰なのか。不明。

 どこから使って来ているのか。不明。

 なんで俺に使って来てるのか。不明。

 そもそも、どういう能力のスキルなのか。不明。


「……」


 では、外からの干渉は可能なのか?


 これはおそらく可能だ。

 あの少年たちは、ギルドから来たとか言っていた。


 となると、ジークタリアスの冒険者ギルドはついに、崖下の世界の開拓に踏み切ったということだ。


 2年もすれば、確かにありえる状態ではある。

 

「む、となると″最前線の拠点″とは、崖下の世界の開拓拠点のことか。なるほど」

 

 ジークタリアスから来た人間と接触することはできる。


 ともに帰ることは……出来ない。相当に強引で、強力な力によって俺は森にとどめさせられる。

 ただし、一定時間行動を共にする事は可能だ。


 少年たちがいっしょにジークタリアスに帰れない状況になっていないということは、この特殊な″帰れない症候群″は俺にだけ働いていることが明らか。


「だとしたら、森のなかで開拓に従事してる者に接触して、ジークタリアスとの架け橋になってもらうことは出来るはずだな」


 ふむ、とりあえず現状の情報はこんなところか。


 どうすれば帰れるようになるか、まだ思いつかないが、とりあえずやれる事はあるはずだ。


 まずは、もっとも頭を使わない方法。

 力技を試してみる事にする。


 ログハウスをポケットにしまって、俺はふたたび森を歩きだし、適当な位置でとまって、指を鳴らした。


「さて……げさせてみるか」


 ーーパチン、パチン、パチン、パチン、パチン


 あたりに生えている木を、根こそぎポケットに収納していく。


 森の地形ごと変えるくらいーーいや、いっそ森を消すくらいの勢いで木をなくせば、どうなるか。


 それでも、俺は本当に″森″から出られないのか。

 あるいは木が無くなれば、″森″の判定はなくなるのか。


 わからない、結果は不明だ。


 だったら、試してみればいい。


 俺は軽快に指を鳴らし続けた。


 

 ーー『森消滅作戦』開始より20分後



 さっそく状況が変わった。

 

「グロゥォーーーーーン!」


 妙な遠吠えのようなものを俺は聞き、顔をあげる。


 変わりばえしない光景を見続けていると、変化というものに興味が惹かれるものだ。


 俺はすぐさま遠吠えする方角へと走りだした。


「む、これは……」


 向かった先で、俺はおかしな風景を見つけた。


 俺の足元から背後は春の森なのに、目の前には冬の森がひろがっているのだ。


 ある地点を境界線きょうかんせんにして、季節が変わっている。


「たしか川を登り始めた時も、気づいたら春になっていた……この先に何かあるのか?」


 俺は事態に変化をもたらしてくれるパトロンがいる事を期待して、小走りに雪を踏みしめはじめた。


 しばらく歩いてみると、美しい冬景色のなかに赤い獣たちが群れをなしているを見つけた。


 白の世界で、体の大きい六足獣ろくそくじゅうたちの色はとても目立つ。


 目を凝らして見てみると、彼らが数時間前に少年たちを襲っていた個体だと気がつく。


「ん、しかもこれは赤バージョンか? なんだ、赤い奴もいっぱいいるのか。絶滅した白いのに似てるけど少し恐い顔だな。うーん、崖下じゃ、メジャーな形状なのかどうやら。いや、でも、ちょっと大きいか?」


 見たところ5メートルは下らない。かなりデカい。


 2年前の冬には、よく経験値を稼がせてもらった、白いのがたくさんいたが、彼らはもっと体が小さかったような気がする。


「色を変えて、出直して来た……わけじゃなさそうだけど……」


 まあ、いいか。

 とりあえず敵意満々の眼差しで見て来てるし、全員倒しちゃおう。

 

 春の森につつまれた冬の世界で、俺は右手を持ちあげる。


 ーーパチンッ


 ただ一回、指を鳴らして、六足獣たちの群れの真ん中に乱気流を取りだす。


 すると、一気に群れの陣形が内側から崩壊した。


「グロォォォォッ!?」

「グロォウウっ?!」

「グロォォォォオーー」


 目に見えて動揺しはじめる獣たち。


 ただ、吹っ飛んで地面にめりこんで死ぬ奴もいれば、すぐに立て直して飛びかかってくる反撃能力の高い個体もいる。


 いいね、少し楽しくなってきた。


 俺は久々に自分を襲ってくる敵に出会えて高揚していた。


 何せ川下では2年前を境に、すべて生物が俺のことを恐れてしまい、そこに争いなんて起こらなくなってしまっていたのだから。


 ーーパチン、パチン


 ぐるぐると大木と大木の間を飛びまわり、かくらんしてくるクレバーな狩りを披露してくれる獣たち。


 なるほど、俺は獲物というわけか。


 剣をぬいて、獣が大木に足をつける直前を狙って、指を鳴らす。


「グロゥウ!?」


 乱気流を叩きつけて、木をへし折ると、びっくりして落ちてくる六足獣。


 意識を集中すれば、止まって見える、赤い的へと俺は剣を切り口を正確に、ひと斬りで、前足を2本斬り飛ばした。


「グロゥウッッ!」


 激昂げっこうして噛みついてくる顔のまえに、スゥーっと右手を差し出しーートドメを刺す。


 ーーグシャリッ


 獣は爆散して静かになった。

 冬の雪のうえで、ほかほかと命の湯気を立ち昇らせる熱い血の池を咲き、俺はその中央で苛烈になりつづける獣たちをすべてさばききった。


「よし、とりあえず、回収回収。お前らは将来の金策に役立ってもらうからな」


 殺したのなら、すべてを利用しないといけない。


 六足獣を順番に回収し終えて、俺はぐっと背伸びする。


 ふと、あたりを見渡すと冬の光景がだんだんと消えたいき、青白い輝く粒が、大木の裏に収束していくのが見えた。


 何事かと思い、血の池を踏みわけて氷の粒子たちを追ってみると、そこに倒れている人間を発見した。


「ん、この後ろ姿どこかで……って、ぇ? これ、パスカル……?」


 うつ伏せに眠る男へ、俺は急いで駆け寄った。


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