第15話 ジークタリアス:去勢ネコと、ビビらないおっさん


 ーー新暦3056年 3月


 その日、神殿にてマリーは、すこし前に冒険者ギルドで出会った少女を見つけていた。


「そこの子! ちょっと待って!」

「はーい、なんですかー。……って、うぇぇええ!? せ、聖女様、ははぁ、ははぁ、しがない三流白魔術師に、なにかごようですかーっ!」


 マリーが聖女だとわかるなり、神殿の大理石の床に平伏してしまう少女。


 マリーは急いで立ちあがらせ、「やめなさい!」とわりと本気で恥ずかしがりながら怒った。


「ずっとあなた達を探してたのよ。この前は本当にありがとうね。おかげで目が覚めたの。立場とかじゃなくて、本当はどうしたいか、て。あなた名前はグウェンって言うらしいわね。お仲間のふたりは、ライトとボルディね」

「あわわわ! せ、聖女様、こんな村娘の手を握っていただくなんて。うぅ、わたしはここで死ぬ定めなんでしょうか……!」

「こ、こら! だから、すぐ平伏しようとしない! やめてよね、まったく、最近はアインへのストレスで聖女って役目が嫌になってるんだから」


 マリーは、ひと月前のパーティ会議を思いだす。

 

 心の底から「気持ち悪い」「気色悪い」「二度と治癒しない」「はやく自害して欲しい」「はじめて人を殺したいと思った」と、マリーは自身の持てる限りの言葉を使って、アインの凶行を弾劾だんがいした。


 アインは初めは照れ隠しと受け取っていたが、途中からマリーが本気だとわかると、逆ギレしだし、それを機にとうとうマリーの側も爆発。


 彼女は霊薬瓶でアインの頭をぶん殴り、血塗れにさせるという、聖女以前の勝気な村娘としての本性を表してしまい、パーティは完全に崩壊してしまったのだ。


 『英雄クラン』は無期限の分裂状態だった。


 最近になり、アインはオーウェンに説得され、マリーに正式な謝罪をして″一時的な復縁″という形におさまっているが、これもいつまで続くかはわからない。


 マリーのストレスは依然として大きいままだ。


「それは、すごく大変なんですね、聖女様」

「まぁね。なんか、目が覚めたちゃって。マックスを探すのにも積極的じゃないし、態度はデカいし、偉そうだし、女性冒険者をよくはべらせてるし……」


(あの下半身で動く生命体のどこがいいんだろ)


「せ、聖女様? すごく怖い顔したますよ……?」

「ああ、ごめんね、グウェン。気のせいよ、忘れてね。ね? はい、それじゃ、話はおしまい。そろそろ行かないと。それじゃあね、可愛い冒険者さん」


 マリーはグウェンの頭をサッとひと撫でして、愛らしいウィンクをして神殿をさっていった。


「うぉ、おお、お、頭を、撫でられちゃった……!」


 グウェンは何か尊いモノが頭に宿った気分になり、頬を真っ赤に染めて、ひとりニヤニヤと喜びはじめる。

 そして、白のローブにくっ付いてるフードを、そっと被り、尊さがどこかへ逃げないように健気に保護するのだった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 本日より、『英雄クラン』の分裂状態が解消され、マリーとアインが復帰した一報を受けた冒険者ギルドは、『あかけもの』グレイグの討伐作戦を決行することになった。


 ボトム街の外壁付近に、ギルドの拠点を設けて、順次、ギルドの領域を拡大する作戦だ。

 これは数年後に企画されていた開拓事業を前倒ししての作戦、崖下の開拓の下準備も兼ねており、これによってジークタリアスは″本気の侵攻″を開始することになったのだ。


 理想的なグレイグ討伐パーティは、もちろんジークタリアスの最高戦力・ドラゴン級冒険者パーティの『英雄クラン』か『氷結界魔術団』のどちらか。


 ゆえに、『英雄クラン』のアインは、その不祥事により、街中から大顰蹙だいひんしゅくをもらったり、作戦決行が延期になった責任を負わせられたわけだが、もろもろの問題を表面上乗り越えることで、ついに『緊急クエスト』は発令された。


 ここは、ジークタリアスの多くの冒険者が、駐屯するボトム街外壁の、冒険者ギルドの進行本部だ。


 戦う聖女マリーは表情ひとつ変えず、帯剣ベルトの締まりの最終チェックをして、祝福された百合の剣、霊薬瓶がしっかり落ちないことを確かめる。


 アインは、そんなマリーを見つめ、ため息をついた。


「よし、それじゃ、行くぞ」


 去勢されたオスネコのようにしょんぽりしたアインを先頭に、とても暗い空気感の『英雄クラン』。


「うっわぁ〜。下半身で生きる生物って可哀想だなぁ〜。まわりの人間みんな不幸にするなんて。いや、おっさんはああならなくてよかったぁ。ほんと」


 壮年の男パスカル・プリンシパルは、両手をわきわき動かし、渾身の変顔をしてアインを煽りまくる。


 まったく、ビビってる様子はない。


 ライバルと打って変わって『氷結界魔術団』は、相当なお気楽ムードだ。


 アインは額に青筋をうかべて、殺気を放つが、それがなんだと言わんばかりに、パスカルは突き刺すような闘気で迎え撃つ。


「ふん、しばらく、街を離れたみたいだが、相変わらずバケモノみたいなおっさんだな。それでこそ、俺のパーティと張り合いにふさわしいってもんだぜ」

「うわぁ〜チ○コ無くしたのに、必死にイキッてるぜ、あれ。おっさんだったら、恥ずかして家から出てこられねぇのに、よくやるなぁ、あのクラス【下半身】」

「ッ、テメェ! それしか言えねぇのか!? いつでもぶっ殺してやれるんだぜ?」


 嫌悪な空気をつくり、プレッシャーを高めていく二大冒険者パーティに、下級冒険者たちは見て見ぬ振りをし、中級冒険者たちは離れたところから見守り、上級冒険者たちは黙してさっさとその場を離れていく。


「いつまで、やってるです? ラザニアたちはリーダー置いて先行っちゃいますよ?」


 問いかけながらも、『氷結界魔術団』をひきいて、サブリーダーの少女ラザニアは、リーダーのパスカルを置いてほかの皆を先導しはじめた。




 太陽が勢いよく、高く登っていく午前。

 最高等級冒険者パーティを筆頭に、多くの冒険者たちが森へと放たれた後。


「よし! 間に合った! みんな今スタートしたみたいだぞ!」

「やったね、ライト、これも聖女様の尊さのおかげだよ。ほら、すこしだけ尊さをわけてあげるね」


 ボトム街を走り抜けてきた少年少女は、互いに頭を撫であう。


「おぉ、これが尊さか!」

「多分、ちがうと思う……」

 

 納得した、ライトと勘の鋭いボルディ。


 彼らもまた、『あかけもの』グレイグを討ち倒すため、崖下の魔境へと駆け出していった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 マクスウェル・ダークエコーは今、困惑しています。


 川を上れば、絶対にジークタリアスにつける。

 そう思っていたのに、いや、そうでなくちゃおかしいのに、俺の予想は、ほとんど裏切られかけている。


「もしかして、川を沿って歩く方向を間違えたか? いや、そんな馬鹿なことあるか」


 川の流れに手を突っこみ、視覚と聴覚、臭覚と触覚で、自分は確実に川を上ってきたと結論づける。


 だとしたら、このでかい川が果てしなく長いだけか? 

 俺は俺が思う以上に、流されていた?


「いや、だからと言って季節が変わるほど歩くわけもないしな……」


 そもそも、辿る川自体間違っていた、とかはどうだ。


「流石に、そこまでマヌケじゃないと信じたいが……」


 これが原因だった場合、俺は死んでも死に切れないので、考えない事とする。


 だとしたら、可能性としてあるのはーー不思議な現象にまきこまれた、か。


 この共和神聖国には、いくつかの不思議現象を可能にするモノが存在する。


を受けている、のかな」


 俺をジークタリアスへ返さない。

 そんな、何かしらの神秘が俺のいく手を阻んでいるとしたら、たしかに川を登っても帰れないことはありえそうだ。


 面白いじゃないか。


「ならば、それを乗り越えられるように、〔収納しゅうのう〕を″スキル開発″するだけのこと」


 望むべくもなく、向こうから成長の機会がやってきた。


 ーーパチン


 音を置き去りにし。

 影に別れをつげ、

 物理を過去のものにする。


 大きな槍のように形を整えた木を地面に突き刺して、ここを目印とする。

 

 その目印の横で、俺は座禅をくみ、瞑想にはいった。


 俺が指を鳴らしてから、しばらくして、ようやく、乾き、精錬された弾き音が聞こえてくる。


 その響きは、もはや神秘しんぴ晩鐘ばんしょうすら追いつかない、遥か遠くの世界にまで波及する、次元の境界を逸脱した波をはらんでいた。


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