第3話 感謝のスナップ・フィンガー

 

 暗い洞窟どうくつのなか、古びた教会へ歩みよる。


 押せば扉が力なく開く。

 閉めだしを喰らってるとか、あの占い師は言ってたが、何のことはない。


「どうして洞窟に教会があるんだ」


 特級クラス【施しの聖女】としてマリーには、多くの役目が与えられていた。


 教会や神殿での開かれる会合に参加したり、祭儀、食事の配給、癒しの奇跡をつかったりなどだ。


 俺も彼女の付き添いとして、よく教会には出入りしていたので、教会にも浅いながらの知識がある。


 その見地からいって、この教会のつくりは、どこかおかしい。


 場所がおかしいのは、さることながら、まつっている女神像も、マリーと一緒に通っていた教会のものとはおもむきが異なるような気がする。


 結局、ほんのり薄明るい廃教会のなかを探してはみても、そこに何があるわけでもない。

 建物はそこら中が痛んでいて、埃かぶっていて、人が使ったような形跡は見られなかった。


 あの占い師はどこへ行ったんのだろう。


 捜索は徒労に終わり、腹の虫が鳴りだしたあたりで、俺は洞窟をでることを決めた。


 どこまで続いてるからわからないが、川に流されて辿り着いた場所のはずだ。


 ならば、きっとすぐに川まで戻れる。

 川をたどれば、ジークタリアスに戻れるはずだ。


「……」


 心のなかで後ろ向きな自分がささやく。


 戻ってどうするんだ?

 お前の居場所なんてないぞ?

 こんなの『拝領の儀』から決まってことだろ?


「……だけど、あの訳の分からないじいさんは、言ってた。こんなところで終わるのはだろうが。俺は、納得なんかしないぞ。こんな終わりに納得してたまるか!」


 指を弾き、俺は世界を制定する。


 この瞬間だけにすべてを賭けよう。

 あの怪しい占い師の言葉を信じ、俺は俺を信じる。


 そうすれば、このクソみたいな〔収納しゅうのう〕でも少しは役に立つようになるんだろ?


 だったら、すべてを投資してやろうじゃないか。


「俺は誓おう、この″ 指を弾いた瞬間しか『ポケット』を開かない″」


 これが俺の″限定″だ。


「ん、光が見えてきた」


 ようやく、洞窟の入り口へ来ることができた。

 かなり深い洞窟だったようだが、魔物にまったく出会わなかった。緊張と空腹でそれなりにヘトヘトだ。


 洞窟の外は深い森となっており、チョロチョロと水が沸いて溜まっている小さな泉が目についた。

 木々の間から差しこむ陽の光を一身にあびている。


 近くに川の流れる音も聞こえる。

 川を上流へと上っていけば、いつかジークタリアスに戻れるだろう。


 いざ、川の音のするほうへ歩いて行こうしーーふと、立ち止まる。


 ここで戻ってしまっていいものか。


 マリーは本当に俺を捨てたのか、直接、話をしたい気持ちはあるが、もしこのまま戻ったとしたら、どのみち彼女の迷惑になるのは間違いない。


 俺が弱いから、何もできないから、ドラゴン級冒険者なのに、『英雄クラン』はドラゴンを倒しにいけなかった。そもそも居なかったのもあるが。


 気にかけ、見守り、霊薬で癒し、ずっと俺のことを助けてくれていたのは、俺が一番よく知っている。


 今更になって、アインやオーウェンには殺したくなるほどの怒りを感じるが、彼らが言っていたことは間違ってない。そんなのわかってたさ、俺だって。


 俺は弱く、今戻っても、マリーはきっとまた苦労する。


 懐から乾いた紙を取りだす。

 水のせいで、すこし滲んでるが、まだ誰の文字かは読み取ることはできる。


 俺は強くなる必要がある。

 あの占い師との出会いは、きっと意味あるものだったはずだ。


 彼の言ったスキルの工夫、『限定法げんていほう』の習得。

 それさえすれば、俺にだって何かができる。


「マリーを守る、それは俺のはじめての約束だ」


 俺は腰の剣をぬいた。


 何を始めるにも、まずは拠点が必要だ。


 しばらく歩いて、適当な木へ剣を走らせる。


 これでも剣の練習はかなりしてきた。

 レベルだって12あれば、熊に一方的に殺されることもない。勝てるとは言わないけど。


 両手で力一杯叩きつけて、木を斬り倒し、枝を切って落とし、野性味のある丸太を洞窟のまえに集める。


 朝からはじめ、昼過ぎになる頃には、それなりの数が集まり、水をひと口飲んで休憩したあと、俺は丸太たちを泉のちかく、洞窟の壁面に立てかける。


 あとは、さっき切り落とした木々の枝を、立てかけた丸太たちに乗せ、隙間を埋めれば簡易拠点は完成だ。


 洞窟で雨風しのげて、このサイズなら夜も寒くない。


 冬の夜に、洞窟の地面に寝るわけにもいかないからな。


「さてと、それじゃ、はじめるか」


 俺は泉のほとりに腰を下ろして、座禅を組んだ。


 空腹にお腹が悲鳴をあげるが、かえって集中力があがるので、これはこのままでいい。


 俺に今、必要なのは食べ物ではなく、気づき。

 自分の内側、スキル〔収納しゅうのう〕がもつ可能性の息吹を感じとれ。


 目をそっと開けて、足元の石ころを手にもつ。


 そして、指を鳴らして、ポケットを開き、そこへ石を投げいれる。


 ーーヒュン


 ふつうに入ってしまう。

 なぜなら、ポケットがずっと開いてるから。


 これではダメだ。

 そもそも、言葉で誓った程度で″限定″などできない。


 俺の今の限界は、30キロの小麦を入れること。

 その上限を突破するためには、″限定″が必要。


 精神を落ち着かせて、目を閉じる。

 ここまで多くの努力を積み重ねてきたじゃないか。


 俺ならできる。

 必ずできるはずだ。


 気を整えて、指を弾く。

 スキルを発動、ポケットの開いて、閉じる。


 これに何か意味があるのか、わからない。

 だが、占い師の言葉をすべて受けた俺が、俺の人格、肉体、精神が結論をだした道だ。


 俺は、俺の可能性を信じる。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 毎日、毎日、何の意味もないような、指パッチン、ポケットの開閉を繰りかえし、繰りかえし、繰りかえし、雨が降っていても繰りかえし続ける。


 朝起きて、顔を洗い泉のほとりに置いた丸太に腰をおろす。


 気を整えて、呼吸をたしかに、ゆっくり手を持ちあげ、指を弾く。

 スキルを発動、ポケットの開いて、閉じる。


 ノルマは1日1万回だ。

 朝から日付が変わるまで続ける。


 疲れたのなら、洞窟にもどり泥のように眠る。


 幸いにも、ここら辺に魔物は近寄ってこない。


 俺はひたすらに、自分の可能性と向き合った。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー20日後。


「……できた」


 雪の降る森のなかで、俺は白い息を吐いてつぶやく。


 俺はもう自分の意思で、スキル〔収納しゅうのう〕を発動できなくなっていた。


 このスキルは俺のものである。

 しかし、それは硬く、固く、堅く″限定″されてる。


 ただ、発動するための手段は″指を弾く″。


 ようは、指パッチンだ。


 ーーパチン


 朦朧もうろうとする意識が覚醒していき、その瞬間をもう一度確認する。


 ーーパチン


 指パッチンに合わせて、その10センチ先に開かれるポケット。


 雪に体が凍えることも気にしない。

 空腹に湧く飢餓感にも耐えぬく。


 ようやくだ。俺は間違っていなかった。

 それだけで、涙があふれてくる。


 俺は『限定法げんていほう』を取得した。


 すっかり皮の厚くなった指先。

 ゆっくり、右手をおろして深くため息をつく。


 スキル〔収納しゅうのう〕のもつ『容量』が莫大的に増加したのを感じる。


 今までは、自分の内側に空間を感じることなど無かった。


 しかし、今は、気管のさきには、蒼穹をかついだ大草原が広がっているかのような、無限にして不変の解放感を感じる。


 空腹に途切れそうになる意識をたもち、蒼穹の世界に″仕切り″を刻みこんでいく。


 かねてより、俺が思っていた工夫のひとつ。

 収納スペースがたった一個なんて不便がすぎる。


 しまえる部屋がたくさんあったほうがいい。


「……よし、これでいい。それじゃ……何か食べよう」


 この20日間、泉の水だけでやってきた。


 まともな精神状態では、この領域にたどりつくのに何年かかったかわからない。


 俺は死さえも、利用して、すべてを投資した。

 追いこみ追い込みぬいた極地。

 瀕死の極限が、俺に至らせた。


 ただ……これ以上は本当に死ぬ。


「食べもの……食べもの、なにか、ない、のか……」


 俺は20日ぶりの欲に身をまかせ、食い物を求めて、亡者ように森のなかを歩きだした。


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