第2話 川下の廃教会
死んだ。
死んだ。
死んだ。
いや、まだ、死んでない。
頬に当たる硬い感触にうなされ、うっすらと目を開ける。
視界に入ってくるのは
肌と鼻が感じる、ほのかな温かさ。
誰かが焚き火を燃やしてるらしい。
「ぅ、痛っ……」
すこし首を動かしただけで、身体中が割れるように痛んだ。
「おう、起きたか、おぬし」
痛みに耐え、顔をあげると、オレンジ色と燃える焚き火に揺らめく向こう側、誰かがいることに気づく。
身を起こしてみると、それがボロボロのローブを着込んだ、今にも枯れそうな老人だと気づく。
「あんたは?」
「いきなり、それかい。考える頭が残ってるなら、すこしは巡らせてみい」
言われて顎に手をそえて考える。
昨晩、ギルドに呼びだされ、裏手にアインとオーウェンと行った。
そこで、そうだ、俺は除名されて……。
焚き火のちかく、カピカピに乾いている紙を手にとる。
どうやら、あれは現実らしい。
そして、俺は無様に川を流されながらも、この紙だけは離さなかったと。
「はは……」
自分の
あれだけ死ぬと確信したのに、生き残ったわけか。
思考を一周巡らせて、俺はあたりを見渡した。
全体的に暗い。
空気の流れが少なく、夜空が見えないことから、ここは大きな洞窟なのだとわかる。
横を見ると何やら建築物が見うけられる。
あれは、何だろうか。
マリーと一緒によく訪れていたような……。
「あれは教会じゃ」
「あぁ、教会か」
言われるとスンナリ納得できた。
だが、どうにも怪しげな雰囲気が漂っている。
一応、教会上部のステンドグラスから明かりが漏れてきてるので、中に人はいるらしいが。
「……で、頭を巡らせたけど、やっぱり、最初や質問は、あんたは誰ってことだ」
「そうじゃ、それでいい」
「どう言うことだよ」
「一周回った思考こそ、ようやく意味をなす。飛びつくんでもダメ。対面に立って得意げになってもいかん。一周巡れ。それくらいがちょうどよい」
何のこと言ってるのか、わからないが、俺はこの老人のお眼鏡に叶ったらしい。
「わしは名乗るほどの者じゃあない。よって、ただの占い師とでも、呼んでおくれ」
「占い師か、にしちゃずいぶん面妖な趣の場所に、店を構えてるんだな」
「おうともさ。ここに流れ着くような、うつけ者専用の占い師じゃて。……それじゃ、占いをはじめるとするかの」
占い師はちかくのカゴから、カビの生えたパンを放り投げてきた。
どうやら、サービスらしい。
「ありがたく、いただこう」
俺は無気力にパンにかじりつく。
「して、なぜ、川に流されておった?」
「それはーー」
崖から落とされ、川で流されるまでのことの
「ほう、パーティを追放とな。それは、なかなか。おぬしとっては、良い絶望となったことじゃろう」
「良い? ……俺を怒らせたいのか? だけど、あいにくさま、もう怒る気力もない。なんだか、今は、からっぽだ」
マリーを守ってみせる。
10歳の子供がぼざいた
守ってたのは俺じゃない。
助けたのは俺じゃない。
マリーを守る使命が、俺を守っていた。
彼女の寛容なこころが、俺を救っていた。
全部、彼女の采配ひとつでひっくり返る、よくできた三文演劇に、俺は全力で
「わしは占い師と兼任して、人生相談も受けておってな。今なら、おぬしを多少救うことができるやもしれん」
「占い師にカウンセラーね。じいさん、あんたのクラスは?」
「
おいおい、なかなかクレイジーだな。
共和神聖国で神からの賜り物を、そんな風に言うなんて。
近くに教会もあるのにな、すごい度胸だ。
「それじゃ、スキル? 水晶占いとかか?」
「
「おい、じいさん、あんま適当言ってるとーー」
「ーーぶん殴るぞ。俺のレベルは12だ。ジジイひとり簡単に殺せるぞ、か?」
言おうとした言葉を全て先取りされ、
「なに、アホウな顔しとるんじゃ。さっき寝てる間にいろいろ見ただけじゃて。あとは、やさぐれて、いじけてるおぬしの心を考えれば、この通り。心も読める。くだらんスキルでもなんでも無い」
「……ちっ、しょうもない」
「そのしょうもなさに、イラつかされてるのが、今のおぬしじゃ。どした、怒る気力が湧いてきたではないか」
パンを強引に食いちぎる。
しばらく沈黙がつづいた。
焚き火の世話をする老人と同じように、炎に視線を落として、自分の虚無感とむきあう。
やがて、老人は面白がって、完全に俺をおちょくるボイスで口を開きはじめる。
「自分のスキルが使えんかりゃあ〜、好きな女の子を守れないぃ〜、自分は相応しくなーい。それはわかっとるぅ。だけど、生まれつき魔剣持ってるやつとかズルイぃー、自分はくだらないイジメみたいな仕打ちだったのに〜、女神しゃま、ひどーい!」
占い師は、両手をぶらぶらさせて、あざけるように全然似てない俺のマネをして煽りまくる。
正直、ぶっ殺したい。
「もういい……何で、生かしたんだ。あの川で死なせてくれなかった……生きててもミジメなだけだ……」
「何で生かしたのか? おぬしが勝手に流れ着いたんじゃ。本来なら絶対にたどり着けん、この地にな」
「……? それはどういう意味だ?」
「意味なぞ考えるな、どうせ理解できん。ただ、何か理由をそえてやるとしたら、
「いざ、言われると腹立つな……〔
俺は意識を集中させ、空間にポケットを開く。
そこから先は、およそ30キロくらいの小麦なら収納できる特殊な空間となっており、そこでは温度も変わらず、物も腐らないので、いろいろ保存するにも便利な空間だ。
ーーただ、戦うとなると、恐ろしく何の役にもたたない。
「そこじゃよ、何でそうなる。おぬしの頭の弱さには、わしは涙がでてくるわ」
「どういうことだ。わかりやすく説明しろ」
「それが命の恩人に対する態度かの」
「助けてくれなんて、頼んでない」
「ふむ、ごもっとも。なんとも可愛げのない若造じゃが、これは間違いなくなんらかの縁がある。おなじ追放されたよしみに、おぬしが神から貰ったとかいうクソスキルを少しはマシにする方法を教えてやろう」
「追放されたよしみ?」
「それ」
占い師は教会を指ししめす。
「その廃墟同然の教会から絶賛閉め出しを喰らっておる」
「なんでだよ」
「はぁ……おぬしに言ってもわからんと思うが……そうさな、『
「ヒモ……? まったく意味がわからないな。もういい。それじゃ、さっきのスキルをマシにする方法とかいうの、教えてくれよ、戦いに使えるようになるって事か?」
俺はちょっと期待しながら聞いてみた。
しかし、占い師はため息をついて、
「戦いに使えるとか、使えないとか……実にくだらない、つまらない。……ぁぁ、まあ、はじまりはそれくらいでええか」
占い師は「パン返せ」と言って、適度に小さくなったパンを軽く持ち直した。
「それ、そのポケットやらを開けい。おぬしの顔の横あたりにな」
「こうか?」
「そうじゃ、悪くない。そこじゃ。わしは今からパンを投げるから、中に入ったと確信したらポケットを閉じてみい」
老人はそういって、枯れ木の腕から想像できない力で、カビたパンをぶん投げ、俺の能力ポケットへ、ストライクさせてくる。
すかさず、入り口を塞ぐ。
「それで、この後どうする?」
「目を閉じい。そして感じろ……おぬしの〔
「……ぁ」
占い師の言いたいことが分かり、俺は占い師目掛けてポケットを解放した。
すると、パンが飛びだして、占い師の顔へ飛んでいく。
難なくキャッチして、占い師は鼻を鳴らす。
俺のスキル、こんな事ができたのか……。
「これくらいは出来て当然。ソレは魔剣を召喚するより、よほど価値があるスキル。もしおぬしが、何かことを為そうとしてるなら、手持ちの道具をもう一度、アイディアと創意工夫をもって見直してみるといい。おぬしのそれを、″物をいれる便利な袋″と認識してるなら、それが大間違い。おぬしは″時間が止まった世界″を持っとるんじゃから」
見ただけで俺以上に俺のスキルを扱えてるなんて、このジイさん、一体何者なんだ?
占い師は「もうひとつ」と、指をたてる。
「まず、無理じゃろうが、スキルが神からの与えられたという認識をなくすことじゃの。それは、お主の内側から出たモノ。自在に変化させるも、させないも個人の自由じゃ。決して神に主導権などありはしない」
「変化させる、か。うーん、ポケット空間を……、いくつかに分けるとか?」
「さあ、そこまでは知らん。勝手に便利なように使えい。さて、次が最後じゃぞ。心して聞くがいい」
これまでの話から、完全に占い師を信用していた俺は、前のめりで彼にむかった。
「極めて大事じゃが、そもそもスキルの本当の力を引きだすには、″限定″が必須じゃ。発動条件を厳しくすることで、スキルは破格の価値に開花する。この世界は制限、限定そういったルールでまわっとるからの。
「スキルは、世界。ルールを与えろってことか。……すまんが、じいさん、何かヒントをくれないか。限定しろって言われても、パッと思いつかないんだ」
「手とり足とり、ここまでわしが教えるのも珍しい。なぜかの、あぬしには先に行ってもらわねば、気がすまんときた。これも女神のおぼしめしか」
占い師はちいさくため息をつき、ボロボロのローブの袖をまくって、手をだしてきた。
「たとえば、これ。わしが考案した『
ーーパチンっ
乾いた音が洞窟内に響いていく。
骨と皮だけの指なのに、やけに、キレのある指パッチンだ。
ただ、それくらいなら俺にもできるさ。
受付嬢をカッコよく呼びだすために、必死になって練習した指パッチンを見せてやる。慣れた手つきで親指と中指をこすり合わせて、小気味良い音を奏でる。
占い師はゆれる炎に歯を輝かせて笑い「そうだ、それでいい」と納得顔でいった。
「その瞬間だけ、その指が擦り合わせられる瞬間だけが、おぬしに許されたスキルの発動時間、〔
占い師はそう言って「さ、偉大なる導きは終わったぞ?」と告げると、近くのバケツに入った砂を焚き木にぶっかけてしまう。
「な、何すんだよ、じいさん」
「夜会は終わりじゃ」
たちまち暗くなる視界。
「さあ、もう朝もちかい。早々にここを立ち去らねば、おぬしは
これが占い師の最後の言葉となった。
暗闇に目が慣れたころ、すでに気配はどこにもなくなく、あたりを包むのはひたすらの静寂。
そこにあるのは、煙がくすぶる焚き火のあとと、明かりもない教会の廃墟だけであった。
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