【完結】 努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜

ファンタスティック小説家

第一章 究極の修行

第1話 捨てられた男

 

 ーー新暦3055年 12月


 体の芯まで凍りつく。

 冷たい、つめたい、冬の水。

 全身の熱が死に侵されてとけていく。

 恐怖と寒さに震えながら、俺は川の流れにあらがえず、捨てられたゴミとなんら変わらず流される。


 過ぎ去った遠い過去が脳裏にチラつく。

 走馬灯か。ほんとうにあったんだなーー。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 幼馴染マリーの声が聞こえてくる。


「マックス、マックス! ほら、順番が来たよ! 起きて起きて!」

「起きてるよ、もう。そんなに急かさなくても、みんなもらえるよ。僕はなんだっていいんだ」

「もう、マックスたら。そんなんじゃ、立派な冒険者として活躍できないわ! 将来は邪悪なドラゴンとか、魔の覇王を倒すって決めてるのにー!」


 ぷんぷんご立腹なマリーが可愛い。

 ただでさえ可愛いのに、そんな顔されたら、神殿に集まった、ほかの男子たちが恋に落ちてしまう。


 クラスもスキルも関係ない。

 そんな風にすかしているけど、僕だって本当はマリーと一緒に勇敢で誇りある冒険の旅に出かけたいと夢を見ている。


(どんな【クラス】と〔スキル〕が貰えるか、すごく楽しみだ!)


 内心、とてもワクワクしてた。

 

 神殿のなかで、″女神″様がやってくるのを待つ。


 俺たちの国、ソフレト共和神聖国では子どもたちは10歳になると神殿へおもむき、そこで女神様から特別な贈り物をうけとる。


 この『拝領はいりょうの儀』で受けとれる贈り物はふたつ。


 その人がもっとも輝けるお役目【クラス】と、

 女神様からの贈り物〔スキル〕だ。


 マリーの番がきた。

 とっても綺麗な女神様が近づいてくるなり、マリーは背筋をピンと伸ばし、練習してきたお辞儀をする。


 女神様は優しく微笑んだ。


「……まあ! あなたはとても良い才能を持っているのですね! マリー・テイルワット。あなたのクラスは女神に仕えることを許されるほどの、特別なクラス【施しの聖女】、与えられるスキルも極めて貴重な〔錬成霊薬れんせいれいやく〕です。あなたは神に愛されています。『拝領の儀』のあとお話がありますから、残っていてくださいね♪」

「ぇ、聖女、様ですか、わたしが……?」


「すごい! あの可愛い子、聖女様になるだ!」

「凄いね! アルス村の子は凄いスキルばっかだ!」

「可愛くて、聖女様だなんて、もう勝ち目ないよ……!」


 周囲の子どもたちから絶賛の嵐。


 しかし、マリーは言い渡されたクラスに動揺して、僕の方をむいてくる。

 小声で「こんなの、絶対戦えないわ……!」と悲しそうな顔で言ってきた。

 僕はこう返した。「仕方ないから、僕が君を守る、よ……」と。僕が絶対戦士っぽいクラスをひく!


 女神様が目の前にくる。


「……ぁぁ、あなたは、そうですね、これも重要なお役目です」


 女神様が何かを察したように、やや投げやりに、口早になった。


「クラスは【運び屋】、スキルは〔収納しゅうのう〕。将来は、おのずと見えてくるでしょう……ふ」


 最後にちょっと笑われて、僕の『拝領の儀』はおわる。

 マリーとは時間の掛けられたかたが、えらく違うじゃないか。


 不思議と目の奥から、何かが込みあげてきた。

 

「ぅぅ、何も、期待なんか、してなかったし! なんでも、なんでもよかった、し……ぅぅ」


(なんだよ、なんなんだよ、【運び屋】って……!)


「あっはは! あいつ【運び屋】で、〔収納しゅうのう〕って、もう荷物持ち確定じゃんー!」

「あの子、かわいそうだねー!」

「あははは、アルス村の子なのに、全然すごくなーい!」


 嘲笑とあざけりが響く神殿が、羨望せんぼうした聖地から一転して、今すぐに去りたい忌む地獄にかわる。


「ぐすん、ぅぅ、泣かないで、マックス! わたしたち、2人で頑張ろう……! 2人なら、だいじょうぶ、2人なら、絶対に平気だよ……!」


「マリー……、僕が、僕が守る、よ……ぅぅ、ぅ」


 頭をなでてくれるマリーの胸をかりて、僕は見てくれなど考えず、悲しみの池に沈んでいった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 冷たい。冷たい水が死ぬ俺に起きろと伝える。


 まだ、死なせてくれないのか。


「ぶはぁ!」


 死に体で全力のひとかき。

 無様に水面に口をちかづけ一呼吸。


 冷たい激流は容赦なく、これは俺の葬式だ。


 意識が遠のく、数分前の人生の急落へとーー。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 俺たちが活動する街ジークタリアスは、通称『崖の都市』と呼ばれるほど、断崖絶壁を兼ね備えた街だ。


 吹きぬける風が、背筋を硬くする、夜の冒険者ギルド裏手で、俺は自分との問答をつづけていた。


 こいつの言う通りなのか……。

 客観的に見れば、俺は、もうーー。


「何度も言わせんな。もうわかってるだろうが。マクスウェル・ダークエコーじゃ、あきらかに、決定的に、致命的に、救いようがなく、真の英雄である俺たちとは不釣り合いだ」


 黒色の大剣を背負うたくましい青年が、面倒くさそうに俺の肩をおす。


 紅瞳の彼の名前はアイン・ブリーチ。

 ひと世代にひとりしか現れないという伝説のスキル、〔魔剣まけん〕のにして、俺の所属する冒険者パーティ『英雄クラン』のリーダーだ。


「マックス、ここはおとなしく引いておけ。アインはどんな手を使っても、お前を排除する用意がある」


 アインの背後、崖側のベンチに座するのは、これまた見事な大業物の刀を抜身でもち、ちらつかせる二枚目の青年。


 蒼瞳の彼の名前はオーウェン。

 俺やマリーとは同郷、さらにこの世代に現れたもうひとりのスキル〔魔剣まけん〕の保有者だ。


 俺のいた「英雄クラン」には、世代を代表する実力者が集まりすぎていた。

 俺と彼らとーーそして、マリーとの間には、足元に見える断崖より、決定的な差があるのだ。


「125、122、82、そして、12。これ何の数字がわかるよな?」


 アインは背中の大剣を軽くぬいて、地面の芝生に突きたてる。


 俺は答える。


「俺たちの、レベル……」


 様々な経験を通して人は成長する。

 こと戦いは、人の成長をうながすのに適してる。

 これらの経験は、ギルドで視覚化され、経験はチカラとなりソフレトの戦士たちには『レベル』が与えられる。


 これは個人の強さを簡単に示す指標であり、基礎能力値はレベルの上昇にともなってあがる。


 レベルが15開いたなら、もう生物が違う。


 これはこの国に生きる者にとっては、当たり前すぎる常識だ。


「レベルだけじゃない。クラスも、スキルも、全てが俺たちとお前の住む世界を分けてる。逆に問いたいんだが、今まで『英雄クラン』にいて恥ずかしくなかったのか? 『パーティに荷物持ちは1人は必要だ』ーーーそんなのどこのビギナー冒険者の話だよ。お前もマリーもずっとそんなこと言ってきた。だけどさ、マックス、お前が一番よくわかってるんだろ?」

「俺は、俺はマリーを……まも……」


 言葉が続かない。

 絶望的な現実が、俺にさきを語らせない。


「ぅぅ、ぁぁ、待て、頼むから、まだまだ、俺は強くなれるんだ……ッ! 必ず、必ず、強くなってやるから! このパーティにふさわしい戦士にーー」

「よく独力で12レベルまで成長したとも思う。すごいよ、褒めてやる。ーーーーで、それがどうしたんだよ? 例え、お前なんかがこのアイン・ブリーチと同じ125レベまでたどり着いて、何になる。お前はどこまでいっても【運び屋】に変わりはない。【英雄】にはおろか、【求道者】のオーウェンに敵うはずもない。いや、むしろ平凡クラス【剣士】【戦士】あたりでも、同レベなら絶対に勝てない」


 アインは大剣をその場に突き刺して、ゆっくりと歩きよってくる。


「マリーはこっちを選んだ。お前はいらないってさ」


 耳元でささやくアインの声。


「待てよ、それ、どういう……」


 俺の胸に押しつけられる一枚の紙。

 それは、パーティ内投票で除名処分を行うために使われる書類だった。


「ッ、ぁ、嘘だろ……除名者、マクスウェル・ダークエコー……同意者、3人……」


 アインとオーウェンはもちろん、マリーの筆跡で確かに署名されている。


 俺は、俺は、もういらないーーーー。


「荷物持ちご苦労さん。マリーもお前の顔なんか、もう見たくないだろうよ」

「っ!?」


 アインの平手ひと押しで、俺の体はふわりと浮いた。


 内臓が浮き、つま先から死神が這い上がってくる。


「達者でな、マックス」

「また会おう」


 崖上から見下ろしてくる、アインとオーウェン。



 俺はただ落ちていく。



 落ちていく。


 

 落ちていく。


 

 不思議と彼らの行為に対する怒りはなかった。

 当然の結末と受け入れてしまったか。


 湧く、どうしようもない悔しさ。

 どこに、ぶつければいいか分からない癇癪かんしゃく


 それらを発散する術を、知ることなく俺の意識は断絶した。


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