#131 ちやほやされて不労所得で生きたい
「んぅ、ねむ……」
あくびを噛み殺しながらの下校。
昨夜は遅くまで天猫にゃんと打ち合わせをしていたせいで何度も授業中に居眠りをしそうになった。
とはいえわたしの成績では一度の居眠りが留年、あるいは浪人に直結するので何が何でも授業中の居眠りは回避しなければならないのだが……。
普通に考えてVTuber活動をしながら高校生をしている自分ってすごくないか?
ほら、大学生って遊び呆けていても勝手に進級するとかよく聞くし、仕事だって学校と違って留年とか浪人って制度は無いわけだし。
一歩踏み外せば奈落の底まで真っ逆さまな高校生って一番大変だと思うし、それを兼業している自分って我ながらすごいな。
まあ、これを大学生組や社会人組に言うとおそらく猛烈な反論が飛んでくるだろうから、立場と視点が違えばどこも同じように辛いことに変わりは無いということで……。
そんなどうでもいいことを考えながら駅前に到着した。
今日は家に誰も居ないから夕食と、ついでに切れかけている日用品を買うためにやってきたのだ。
放課後ということもあって駅前には学生服に身を包んだリア充共が通行人の邪魔などお構いなしとばかりにそこかしこで群れをなしている。
いっそのことカラオケ店にでも入ればいいものを、奴らはダラダラと道端にたむろして「どこいくー?」「なにするー?」「てか今日さー」と中身のないことを日が暮れるまで延々と駄弁るのだろう。
今でこそたまにクラスメイトに誘われて遊びに行くことはあるけれども、ああいう風に意味もなくダラダラと駄弁る放課後というのも憧れないと言えば嘘になる。
でも人様の迷惑とか周囲からどんな目で見られるかって考えると、所詮憧れは憧れ止まりでやりたいとは思わないんだよね。せめて放課後の教室とか友だちの家ならいいんだけど。
……よく考えたら人の家って行ったことないな。
早く買い物を済ませて帰ろう。
べ、別にリア充を見てたら虚しくなったとかじゃないし。
「黒音さん?」
「ひゅぃ!?」
気分が落ち込んでいたところへ急に背後から声を掛けられたせいで変な声が出てしまった。
わたしが小学生ならビックリしてランドセルの防犯ブザーを反射的に鳴らしていたことだろう。
痛いぐらいドクドクと跳ねる心臓を抑えながら恐る恐る背後を振り向く。
そこにいたのは、
「やぁ」
「うわぁ……」
「うわぁとは随分なご挨拶だね」
「いや、だって、気まずくない? プライベートで仕事の同僚と会うのって」
「そうかな。ボクは黒音さんと会えてハッピーだけど」
わたしはさっきまで抱えてた虚しさとか色んなマイナスな感情が裸足で全部逃げてったよ。
「で、なんでこんなところに?」
「なんでって……、ほら、バイト先そこだし」
そう言って柳が指差す方向にあるのは駅前でもそこそこ目立つ大きさのカラオケ店だ。
そういえばコイツのバイト先って例のカラオケ店だったな。
わたしと祭さんが初めてコラボした場所で、十六夜に身バレしたりアスカちゃんと喧嘩別れして雨宿りした因縁のカラオケ店。
こうやってバイト前の柳と顔を合わせるのも初めてではないし、なんだってコイツはよりによってわたしの地元でバイトしてるんだろうか。ストーカーか?
というか、
「まだバイト続けてたんだ」
ぶっちゃけ、収入で言えばアルバイトよりもライバー活動のほうがたくさん貰っているはずだ。
加えて言うと柳は大学生だから、普段は大学に通いながらアルバイトをしてその他の時間でライバー活動をしていることになる。
そんなの、自分から苦労を買っているだけで何も得がないと思うんだけど……。
「今日みたいに偶然黒音さんに会えるかもしれないから続けてるんだ」
「ちょっとおたくの店長と話が出来たからバイト先まで付いてくわ」
そうか、あの雨の日も偶然じゃなくて狙ってたんだな。
やっぱりストーカーじゃないか。
「あ、ちょ、嘘だってば。ちょっとしたジョークだよ」
「お前の嘘は本気っぽくて気持ち悪いんだよ!」
嘘も真も全部決め顔で言ってくるから判断しづらいんだよな……。
それにコイツなら、っていう悪い意味での信頼度が高すぎる。
あとジョークがねちょねちょしててキモい。
柳はわたしのジト目を受けて気まずそうに咳払いをして、
「金銭面で言えば学生の間は別にバイトをする必要はないんだけどね。でもお金以上に貴重な社会経験が積めるから続けてるって感じかな」
あー、たしかに最近のVTuberは簡単に始められる弊害でアルバイトや貯金で身銭を切らず、デビュー直後から投げ銭や支援サイトでパソコンからマイクに至るまで身の回りの機材をすべてファンに貰って活動している学生、所謂社会経験のないVTuberが増えているって聞いたことあるな。
だから一般常識に欠けていて普通ならやらかさないようなことをやらかして、毎日のようにプチ炎上が起きているとかなんとか……。
まあ、その最もたる筆頭としてよく名前が上がるのがわたしこと黒猫燦なんだけど!
社会常識なくてごめん。働いたことなくてごめん。
それはそうと、
「社会経験のためにバイト続けてるくせに、客の個人情報暗記するのはどうかと思うけどね」
「うっ、返す言葉もないよ」
逆に言えば失敗した過去があるからこそ、二度と繰り返さないために経験を積むのが大事とも言えるけど。
そういう意味では成長するために今を足掻いているわたしと柳は似ていると言えないこともない、のか……?
いや、わたしはこんなにねちょねちょしてないし。
まあいいや。
「よかったら黒音さんも受験が終わったらバイトする? ウチじゃなくても大学の知り合いのところならいくつか紹介できるけど」
「いやいいです」
即答。
働いたら負けと思ってるので。
せめて、せめて学生のうちは遊び呆けたい……! 金ならある!
「そっか。紹介が必要ならいつでも言ってね。バイトって意外と配信のネタになったりするから」
VTuberは出不精と言われる昨今。
さっきの社会経験のないVTuberの話に通じることだが、インドア趣味が高じてVTuberになってしまうと平日や休日関係なく、必要がなければ家に引きこもって日がな一日中パソコンやスマホを触る生活を過ごすことになる。
そうなると何が問題かって、配信で話すネタがなくて困るんだよね。
学校がある日はその日の出来事を多少脚色して話せば良いんだけど、家に引きこもっていると出前が美味しかったとか今日一歩も動いてないとか、そういう話しかなくなるわけで……。
その点、アルバイトは人と接する機会も多いだろうし話のネタに事欠くことはないだろう。
でもなぁ、ただでさえ働きたくないと思ってるのにお金も有り余ってると余計に働く気が失せるんだよね。
よく生活にゆとりのある主婦が趣味でパートをしている、とか聞くけど感心するよ。
わたしはちやほやされて不労所得で生きたい!
それからしばらく。
柳の猛烈なコラボのお誘いをあーでもないこーでもないと躱していると、バイトの時間が迫っていたのか柳は名残惜しそうな顔をしつつも早足で去っていった。
アイツのことだから時間に余裕を持って職場に着くようにしてたんだろうけど、わたしと遭遇したせいで遅刻ギリギリまでお喋りしてたんだろうな……。
まあ、他人の心配をしていても仕方がない。
スマホで時間を確認するとだいたい30分近く喋っていたようで、冬の太陽はそろそろ沈みかける頃となっていた。
駅前に来た頃は道端でたむろしていた学生を社会の迷惑を一切考えない連中だ、と蔑んでいたわたしも、30分も同じ場所で駄弁っていれば周囲の人間からすれば同じような存在に思われていたことだろう。
なるほど、経験すると分かるけど喋っている間はなんだかんだ楽しいせいで周囲の目なんて気にしなくなってしまうんだな。
これも青春の一ページ、若いから許される行為ということでどうか許して欲しい。
……配信で話したら炎上するかな? 流石にこの程度でしないか。
最近炎上という言葉に敏感になってるかも。
それから、わたしは自分の夕食と必要な日用品を求めて駅前のスーパーやドラッグストアを彷徨った。
正直買い物を済ませるだけなら近所のスーパーで事足りるんだけど、五分十分歩いて駅前に来るだけでもっと美味しい夕食にありつけるなら、いくら面倒くさがりなわたしでも歩く。
で、帰宅。
まだ夕食には少し早いし、配信の準備も昨日のうちに粗方済ませておいたので暇な時間が出来てしまった。
いつもならエゴサや切り抜き動画のチェックをするところだが、昨日は夜更かしをしてしまった上に今夜はコラボ配信だから、少しだけ仮眠を取ろう。
いくらわたしがパーフェクトボディで肌荒れやニキビと無縁と言っても眠気は別だ。
留年や浪人が控えているというのに、何を言っているかよくわからない歴史の授業が退屈すぎて何度もうつらうつらと船を漕いでしまった。
このままだと配信中に寝落ちする可能性もある。
これが勝手知ったる結なら兎も角、VTuberとしては完璧主義者の天猫にゃんだから眠そうな態度をとるだけでネチネチ言われかねない。
というわけで、おやすみ。
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