#76 【お勉強】IQ3億の天才だけど質問ある?【黒猫燦/あるてま】

「いや、それは駄目だろ」

「え」


 休日に天啓が舞い降りたので期限が迫っていた進路希望調査票を担任であるヒゲおじに提出した。

 進学か就職か、わたしは確固たる意志と自信を持って「配信者として食っていく」と提出したのだが、そんな展望はしかし無情にも放課後の呼び出しによって却下されてしまった。

 明日の授業の資料を纏めたりテストの採点をするのに忙しそうな教師がひしめく職員室で、入口すぐにあるヒゲおじの席で気まずい空気が流れる。


「黒音、お前が進学も危ういほど成績が芳しくないのは俺も理解してる。でもな、教え子がYouTuberとして生きていくと言ってはいそうですかと素直に頷けないのが教師ってもんだ」


 いえ、YouTuberじゃなくてVTuberです。


「それが職業として成立してるのは理解してるしお前が本当にやりたいことを止めはしない。でもな、進路希望調査は真面目に書け。分かったか?」

「……はい」


 それからヒゲおじは毎年ネタで提出する馬鹿が後を絶たないだとか、進路希望調査と将来の夢を勘違いしてる馬鹿が多いとか、それネタが許されるのは中学生までとか、とにかく愚痴を零していた。

 多分もう本題は終わっているんだろうけど、ひたすら愚痴が止まらないせいで退出したくても出来ない手持ち無沙汰に陥ってしまった。

 どうしたものか、と横目で机の上を見ると広げられた進路希望調査票が数枚目についた。そこにはデカデカと「ヒモ!」や「神」「玉の輿」とウィットに富んだ文字が踊っている。

 あぁ、多分これは呼び出し組の調査票だ……。

 こんなのがたくさんあったらそりゃ先生も愚痴を零したくなるよな。


 ──え、てことはわたしってこんな馬鹿丸出しな奴らと同類として扱われてるの?



「てことでお勉強をします」


:はい

:勉強は大事

:やーいばか


「馬鹿は言いすぎだろ!!!」


 呼び出しを受けたその日に準備を整えてから配信を開始する。

 今日は先生に馬鹿って言われた気がしたので、馬鹿じゃないことを証明するために如何にわたしが天才であるかをリスナーに見せつけようと思う。


 配信ソフトを操作してインターネットブラウザを画面に出す。

 ブラウザの場合はゲームのキャプチャと違って映っちゃいけないものがたまに映ったりするから事故に注意だ。

 特に予測変換一つとっても内容次第でリスナーは切り抜きを上げてきたりするから、本当に注意が必要になる。

 うっ、忌々しい過去が……。


:Vのブラウザ配信見るとハラハラするの俺だけかな

:ブックマークとか一時停止しちゃう

:黒猫燦 予測変換 切り抜き [検索]

:配信用とプライベートでパソコン分けろって言ってるでしょ


「だ、大丈夫だって。ほら、問題とか映すだけだから……」


 今日は数学と歴史の問題を解くつもりだ。

 だからそれっぽい問題が載っているサイトをみんなで共有しながら配信するのだが……、


:前科があるからなぁ

:成人向けサイトは表示しないようにね

:同人グッズの購入履歴とか出さないように

:なんでこの子はそんなの見ながら配信をしてたんですか???


「はい! もう過去のネタは擦らない! 今日は日頃舐めてるお前らに私の頭脳を分からせるための配信なので! ほら、一緒に解いてくぞ!」


:うぃ

:勉強とか久々だわ

:現役東大生、行かせて頂きます

:※インターネット東大生と実際の東大生は異なります

:黒猫さんって中学生だっけ

:九九出来る?


「高校生だが!?」


 こいつらやっぱりわたしのこと舐めてやがる……!

 いくらVtuberが社会性ゼロの集まりでも九九ぐらい出来るに決まってるだろ!!!!!


「じゃあ小手調べの高校数学Ⅰの問題! 因数分解だ!」


【問題】

 次の式を因数分解せよ.

 9x^2−24xy+16y^2


「???」


:おい

:ちょっと待て

:アホ面すな

:(✽ ゚д゚ ✽)

:基礎も基礎のいいところだぞ・・・

:これはヤバいかもしれん、、、、

:この子来年受験なんです!東大ニキ助けて!


「や、ちょ、まって。だいじょうぶ、いけるから」


 一瞬、数字が画面を埋め尽くして頭が真っ白になっただけだ。

 決して解き方が分からないとか、こんなの習った記憶がないとか、そういうあれじゃないから!

 だからチャット爆速にすんなって!


:大学いけるか…?

:AO入試ワンチャン

:数学切り捨てて文系重視でいこう

:もうニートになろうよ

:これは今年の学習プランを大幅に修正する必要があるぞ


「オイ! 煽れよ! ガチで心配するな! 一番居た堪れない気持ちになるだろ!」


:数学やめねーか?(汗)

:気を取り直していこー(笑)


「アセアセとかワラワラやめろ!!! 煽りの種類が違う!!!」


 兎も角、数学Ⅰは数字が並ぶせいで数字アレルギーの人が画面の前で発作を起こしているかもしれないので、そういう諸々に配慮してやめておくことにする。

 次は比較的マシな数学Aに挑戦だ。


「私思うんだよね。なんでいちいち数学ってⅠとかAとか分かれてんの? Ⅰの次はⅡだし、なんかちょっと気取ってない? ⅠとAで意識高いアピールかよ」


:いいからとっとと問題解け

:屁理屈オタクっぽいこと言う前に目の前の問題片付けろ

:陰キャってすぐそういうこと言うよね…

:やめてくれ、俺に刺さる


「ふぇぇ……」


:うっざ

:低評価押しました

:数学から逃げるな


「マジでお前ら……っ、っ! お望み通り次の問題行くよ!」


【問題】

 3枚の硬貨を投げるとき、表が2枚出る確率を求めよ.


「? 出るか出ないかの二択でしょ」


:???

:( ゚д゚)

:ちょっとなに言ってるかわかんないっすね


「確率って二択じゃないの?」


:なにをいってだこいつ

:これそういう問題じゃないんですよね…

:数学って知ってる?

:進学やめて一年掛けて別のスキルを磨かないか???


「お前らひどくないか?」


 今日はいつにも増してわたしへの言葉が強い気がする。

 え、配信概要欄に『ルール1.私をちやほやすること』って追加したほうがいい?


:ひどいのはお前の頭だ

:頭痛くなってきた

:黒猫さんが大学合格したら泣いちゃうかもしれない

:先生って大変なんだな


「うぅ、なんか数学不評すぎ……。歴史する?」


:どーぞどーぞ

:その方がいい

:数学はおいてきた。勉強はしたがハッキリ言ってこの戦いには(黒猫燦が)ついてこれそうもない


 一瞬だけ、ブラウザを弄るために配信画面を待機中のものに差し替える。

 そして数学サイトから次は歴史の問題が載っているサイトに切り替え、配信画面も戻す。


「とりあえずウォーミングアップに簡単な問題からいくね?」


:中学校から振り返るべ

:小学生からやり直したほうがいい

:歴史は高校でも中学でもむずかしい


「えー、じゃあ最初の問題は、っと」


【問題】

 桶狭間の戦いで今川義元を破った大名はだれか。


「これは余裕よ」


:流石にこれはね

:小学生問題で草

:これ間違えたら恥ずかしい


「答えはズバリ! 織田信長!!」


:は?

:おい

:ラノベじゃん

:それ男体化でよくある名前なんよね

:キッズちゃんさぁ…


「? あっ。信長じゃなくて信姫!!!」


 そうだ、そういえば織田さんは男じゃなくて女だった。

 他にも歴史上の人物で本来と性別が変わっている人は何人かいて、そのせいで起きなかった出来事もあったりする。

 わたしって前世持ちじゃん!!!

 最近忙しいからか、すっかりその辺のことが抜け落ちていた。

 だというのに、時々知識は無意識に前世の方に引っ張られて混同するから、困ったものだ。


:もしかして黒猫さんって思った以上にアレか?

:アレ(おばか)

:受験大丈夫?

:真面目に勉強したほうがいい

:配信頻度減らすべ


「ちょ、ちょっ、いや、いやいや、私そんなにおバカじゃないから、ホント。幼稚園の頃はよく賢いね~って褒められてたし……」


:あぁうん…

:ソーダネカシコイヨ

:進学よりVtuberしよ?

:稼いでるらしいし無理に学校行かなくていいよ

:塾いけ

:週イチで勉強配信


「あうあう。きょ、今日は一旦終わってまた今度お勉強配信していい? なんか思いつきで準備不足だったかもしれないし……」


:ウッス

:急だったら仕方ない

:次は誰か頭良さそうな人に先生役頼もう

:黒猫燦が因数分解を理解するまで終われない配信きちゃ?

:勉強頑張ってください


「はい、じゃぁ終わります……。ばいにゃー……」


:ばいにゃー

:勉強できなくても生きていけるよ

:宿題しろよ

:ばいばい


 勉強、するかぁ……。

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