#32 3人並んで歩くと気が付いたら1人だけ後ろ歩いてる奴

 やけに気まずい空気の中、数十分車に揺られて到着したのはあるてまの運営企業、【A of the G株式会社】が所有する本社ビルだった。

 契約の時に一度だけお母さんと訪れたことがあるだけで、どのフロアに何があるのかは全く知らない。

 あの時はお母さんの背中に隠れて付いて来ただけで、見学する余裕なんてなかったからなぁ……。


「時間ギリギリだから急ぐよ」

「う、うん」


 地下駐車場で降りてそのままエレベーターで上に。

 動画撮影と言っていたので今回は生配信ではなく録画なんだろう。

 けど本社ビルで2期生全員集まって何を撮るんだ……?


「これ、社員証ね。1階のゲートはこれがないと入れないから無くさないで」


 渡されたカードには黒音今宵の文字と、あるてまに応募する時に撮った証明写真が貼られていた。

 相変わらず写真写り最高の美少女だな!


 1階で降りてエントランスホールを抜けて、ゲートを通って更に上階へのエレベーターへ乗り込む。

 前に来た時はもう少し社員っぽい人が歩いていたと思うんだけど、日曜日だから人通りは少なかった。


「ね、ねえ、人いっぱい?」

「2期生と撮影の為にスタッフもいるだろうから、夏コミの時より多いんじゃないかな」

「うぅ……」


 憂鬱だ。

 最近は人に慣れてきたけど、それでも年上の人達を前にすると臆してしまう。

 あるてまのライバーは恐らく全員が大学生以上だから、オフコラボなんて肩身が狭くて息が出来るかも怪しい。

 会うのか、これから同期達と……。

 さっきまでは湊のことで頭がいっぱいいっぱいだったけど、改めて現実を直視するとわたしはこれから途轍もない試練に立ち向かわなきゃならないのかもしれない。


 おなか痛くなってきたな……。


「ねえみーちゃんか──」

「帰らないから」

「お──」

「お腹痛いならさすってあげるから」

「ううー」


 どうやらこの長いようで短い付き合いの中で、わたしの行動はすべて把握されているらしい。

 エレベーターが昇るにつれてどっきんどっきんと暴れる心臓を深呼吸で無理矢理落ち着けようとする。

 けど、そんなものでどうにかなるなら今日までコミュ障をやってないわけで……。


「ん」

「へ?」

「大丈夫だから」


 ぽーんと軽い音と共にエレベーターが到着を告げる。

 あんなに煩かった心臓の音は、優しく繋がれた手とどこまでも頼りになる湊の横顔を見ていると、いつの間にか静まっていた。


 ◆


「お、来たね。待ってたよー」

「嘘。私達も今来たところ」


 だだっ広い会議室に入ると真っ先に声を掛けてきたのは1期生のきりん先輩と祭先輩だった。

 え、2期生コラボなのになんでこの2人がいるの……?


「おやおや、その顔は黒猫さんはどうして私たちがいるのかわかってないのかなー?」

「きりん、意地悪言っちゃだめだよ」

「あはは、ごめんごめん。えっとね、今日は後輩ちゃんたちの動画撮影でちょっとしたゲームとかやるんだけどね、司会進行を私たちが担当することになってるんだ」


 なるほど。

 確かに司会進行が出来そうな1期生ってこの2人ぐらいだもんな。

 祭先輩はそんなに喋るタイプではないけど、きりん先輩が横にいる時は普段より積極的になるみたいだし良い人選だ。


 最初に話しかけて来てくれたのが顔見知りの尊敬するライバーだったこともあって安心していると、後ろからちょんちょんと肩を叩かれた。

 いやな予感を覚えながら、ギギギと壊れたブリキのように振り返る。


「やあ」

「ひぇっ」


 で、出たぁ!!!


「久しぶりだね、黒猫さん」

「い、十六夜桜花……」

「またコラボしてくれるって言ってくれてからずっと待ってたのに一度も連絡くれないなんて酷いよ。で、いつコラボする?」

「き、貴様は会話の距離感を覚えろ!」


 いきなり挨拶も早々にコラボの話とかホントコイツ大丈夫か!?

 わたしが言うのもなんだけど、凄いコミュ障じゃないか!?


「はいはい、燦も十六夜さんも他の人も見てるから落ち着いてね」

「おっと、ゴメンね。また後で」

「に、二度とごめんだ!」


 ふしゃーっと威嚇して近くの席へ腰を下ろす。

 改めて部屋を見渡すと、既にライバーと思わしき人は全員集まっていた。

 うぅ、やっぱり全員年上っぽいな……。


「じゃ、全員揃ったから打ち合わせしよっか!」

「打ち合わせもきりんが進行?」

「いやいや流石にマネージャーさんにお任せするよ。というわけでよろしくお願いします!」

「マネージャーの九条くじょう 兎角とかく、担当は黒猫さんと箱庭さんです。本日はよろしくお願いします」


 きりんさんが盛り上げた場をパスされたマネージャーさんが会話を引き継いで挨拶をする。

 兎角さんの顔を見るのは契約の時とこの前の夏コミから三回目になるけど、声は数日於きに聞いているので慣れ親しんだものだった。

 このクソ暑い真夏日でもスーツをピシッと着込んで髪を纏めた兎角さんはなんていうか、出来るキャリアウーマンって感じだ。


 彼女はそのよく通る声で今回の企画を懇切丁寧に説明してくれた。

 時折こちらに視線を投げてきたのは、きっとわたしがディスコードの内容を全く把握していないことに気づいていたからだろう。

 要約するとあるてま初の大型イベントを終えて2期生全員で感想を言い合って、最後に簡単なレクリエーションゲームをする一時間程度の動画を撮るという事らしい。

 ちなみにきりん先輩たち1期生も数日前に動画を撮り終えているとのこと。


 ここでも試されるのか、トーク力が……!


 撮影は1階下の専用ルームで行うらしい。

 そういうわけで早速移動をすることに。

 気が付けばサクサクとトントン拍子で話が進んでいて緊張している暇もない。


「くーろねこさん」

「な、なんですか……?」


 とぼとぼと集団の後ろを付いて行っていると、背の高い綺麗な女性に声を掛けられた。

 だ、誰だこれ……。


「初めまして、リース=エル=リスリットの神代かみしろ 姫穣しじょうです」

「え、あ、えと、はじめまして……」


 急な自己紹介に困惑していると、隣にいた湊がずいっと割り込んできて、


「姫穣さん、この子は人見知りだから」

「分かってますよ。相変わらず湊さんは心配性ですねぇ」

「……昔から無茶と勝手をする誰かさんがいたからよ」

「誰のことかわっかりませーん」


 この2人、知り合いだろうか?

 わたしをのけ者にして盛り上がっている2人を見ていると、疎外感を覚えてしまう。

 そしてわたしには向けない湊の顔を見ていると、わたしには絶対言わないような軽口を言う湊を見ていると、何故だか胸のあたりがズキンとして、同時にムカムカしてきた。


 この感情は……あれだ、クラスメイト達が向こうから話しかけてきた癖にわたしを無視して盛り上がる時の苛立ちだ。

 よく小林くんが遊びに誘ってきて、取り巻きの女子がキャイキャイ言う時も苛々するからそれに違いない。


「青春、ですね」

「へ?」


 やるせない感情を持て余していると今度は後ろから声を掛けられた。

 あれ、わたしが最後尾だと思っていたのにまだ後ろがいたのか……。


「どうも、黒道こくどう しおりです。終里永歌、やってます」

「あ、はい、どうも」

「黒猫さん、ですよね?」

「えと、黒猫燦です。黒音くろね 今宵こよいです、はい」

「ふふ……」


 な、なんだろう。

 髪が異様に長くて、そして暗い人だ。前髪で目が隠れているせいで表情も伺い辛い。

 この人からはどことなく、わたしと同じ陰の匂いを感じる。


「ヤキモチ、ですよね」

「は?」

「大好きな彼女に自分が知らない一面があって、ヤキモチを焼いているのでしょう?」

「だ、誰が大好きじゃい!」

「自分は彼女のことを全部知っている、そう思っていたのに自分が知らない知り合いが現れて、しかも親しげに過去を匂わせている。ふふ、ヤキモチ、嫉妬ですね……」


 こ、コイツ、同じ陰の者かと思ったら陰湿な方の陰だ……!

 ねちねちと言いたいことを言った黒道栞は一頻り満足したのか、再び列の最後尾へ音もなく戻っていった。

 わたしこの人苦手だ……。


 それにしてもヤキモチだと?

 誰が誰に対して??

 黒音今宵が暁湊に???

 

 ヤキモチって、嫉妬ってその人が好きじゃないと抱かない感情だろ?

 そりゃ良くしてくれる湊のことは好きだけど……。


「それは恋、ですよ」

「うぇあ!?」

「ふふ……」

「音もなく背後に忍び寄るな!」


 黒道栞が背後にいると気が休まらないな!

 ムリヤリ黒道栞の背中を押して隊列を強制的に変更する。これでわたしが最後尾だ。

 それにしても奴が言っていた単語……恋?


 恋って、わたしが? 湊を? 愛してる?


「………ッ」


 そう考えた瞬間、顔がボンッと火を噴いた。

 え、え、え、つまり、つまり、そういう??

 は、はれぇー!?


「今宵、顔真っ赤だけど大丈夫? 熱中症?」

「や、いや、いやいやいや、大丈夫、大丈夫ですはい!」


 さっきまで神代姫穣とじゃれ合っていた湊がこちらに気づいて顔を覗き込んできた。

 か、顔ちかっ!美人かよ!!


「まって、待って無理。死ぬ、しんじゃう」

「本当に大丈夫!? 無理ならマネージャーさん呼ぶよ!?」

「ひゃ、ひゃー!?」


 ぐいっと体を抱き寄せて心配してくる湊。

 その距離ゼロセンチ。肌と肌が密着する近さ。

 服越しに相手の体温すら分かってしまう。


「あっあっあっ」


 ヤバい、これはヤバい。

 心臓が、破裂する!!!


「きゅぅ……」

「え、ちょっと、今宵? 今宵!?」


 目の前が、真っ暗に、なった。

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