ジゴクのマンガ教室~あらゆる娯楽が禁止のエリアに拉致されたのでマンガを描くことにしました~
モト
第1話 ジゴク
夜行バスの席で山田菜津野は眠りから覚めた。バスはゆっくりと揺れている。
今日は入学日。
厳しすぎる親から離れたくて遠方の学校を選んだ菜津野は、昨日の夜に夜行バスで出発した。
勉強しろとばかり言って娯楽を一切認めようとしない親に辟易している菜津野は、個性重視を掲げる自由な学校での寮生活が楽しみだった。
自由な学校では制服もない。菜津野はラフなトレーナーとコットンパンツ姿をしている。
そんな学校に向かう菜津野に対して両親が妙にうれしそうだったのは謎だが。
菜津野は外を見ようとカーテンを開けてぎょっとした。
窓の外には頑丈そうな板が張られている。
「なにこれ、囚人護送車みたいな」
夜行バスに乗り込んだとき、こんなものはなかったのに。
よく見ると、椅子の色や形も違うような。
バスはゆっくりと左右に揺れている。
車の揺れ方じゃない。
なんかおかしい。
菜津野はシートベルトを外して立ち上がり、揺れる中を運転手席に向かった。
途中の席に座っている他の乗客たちはまだ眠りこけている。
「運転手さん、なんか間違ってません……か…… いない!」
運転手席は無人だ。
「だったらなんで揺れてるの」
バス全体に軽い衝撃が走る。なにかにぶつかって止まったみたいな感じ。
「もしかして、このバス、なにかに載せられてる?」
菜津野の独り言を聞く相手はいない。
いや、出現した。
いきなりバスの扉が開き、光が差し込んでくる。
菜津野は眩しさに思わず目をつぶる。
「ぐずぐずしないで早く降りて」
有無を言わせようとしない厳しい感じの声だ。
目をゆっくり開くと、セーラー服姿の少女がバスに乗り込んできていた。
はっとするぐらいきれいな顔なのに冷たく偉そうな表情だ。勿体ない。
「聞こえないの、後がつかえているんだから急いで」
菜津野はなんだか命令されてるのがちょっとむかつくけど、ともかく着いたのだから降りることにした。
通路に立っているセーラー服少女の脇をすり抜けながら、彼女の胸に付けてある名札を見る。
「岩尾学園一年、風紀委員、本城美里」
菜津野はバスの階段を降りながら考える。
「えっと、あたしが入学するのは第一自由高校で、岩尾学園って? どうして違う学校の風紀委員が迎えるのかな」
降り立ったのは鉄板の上。
まだ少し揺れてる。
「これって船…… フェリーだよね」
フェリーは大きく扉を開いていて、接岸している先のコンクリートが見える。
「いやいやいやいや、まさかのまさか」
菜津野は駆け出してフェリーから出た。コンクリートの上に立つ。
正面を見る。港だ。鉄筋コンクリートの施設が建ってて、奥のほうに走っている道沿いには民家が並ぶ。荒れ果てた感じで誰も住んでないのかも。
見上げる。小高い山々が見える。ところどころ木々の隙間に民家が覗く。どんよりした三月の空だ。
振り返る。どう見ても海。でも妙に高い防波堤で区切られてる。大きな水門が開いているのはフェリーを通したからか。
「もしかしてーー」
菜津野は呆然としている。
「もしかしなくてもーー ここはジゴクですかーー!」
通称ジゴク、メディア閉鎖特区。
そこは長大な壁によって外界と隔絶しており、ゲーム、マンガ、アニメ、映画、小説、テレビ、電話にスマホにPC、ネットワーク。そうした娯楽が全て禁止されて、教科書と新聞などごく一部の公式メディアのみ許されている。
メディアの害悪から隔離された健康的な理想郷だと喧伝されているが、マンガ大好きっ子な菜津野には想像するだけでもまさしく地獄。
「親共め、たばかられた!」
菜津野は地団駄踏む。なんだか機嫌良く送り出すと思ったが、あれは罠だったのだ。第一自由高校に行くふりをしてジゴク送りにするバスだったとは。
「帰せーー!」
菜津野は慌ててフェリーに駆け戻ろうとする。
だがバスから全員を降ろしたフェリーは速やかに出港していくところだった。
「ぬわー! 戻れー!」
菜津野は拳を突き上げて抗議するが、フェリーが通り抜けると水門もすぐに閉まった。
「山田菜津野さんね、ジゴクへようこそ」
いつの間にか横に立っていたさっきのセーラー服少女がなんだかうれしそうに告げてくる。
菜津野はむっとして、
「えっと、本城さん、あたしはジゴクで過ごす気はないんだけど」
本城美里は大仰に一礼してみせた。
「入ったからにはもう出られないわ。岩尾学園への入学おめでとう」
菜津野はくらりとした。
「岩尾学園って、あの、ジゴクの中でも最高に厳しいっていう学園」
「そう、あの隔離学園。マンガやスマホは一切禁止。さあ、これから身体検査よ」
美里が強い力で菜津野の手首を握る。
引っ張っていこうとする先には港の鉄筋コンクリート施設。
「なにくそー! あたしは逃げる!」
抵抗する菜津野の周りにわらわらとセーラー服の生徒たちが現れ取り囲む。どの生徒も名札に風紀委員と記されている。
あちこちを掴まれて、菜津野は無理やり施設へと引きずり込まれていった。
菜津野が連れ込まれたのは窓無しの白い部屋だった。
同様に連れてこられた生徒が叫んで暴れていたところに、風紀委員の一人が首筋へと注射をちくり。たちまち生徒はおとなしくなった。
「そこまでやる!」
菜津野は呆れかえる。
空港に置いてあるみたいな検査用ゲートを小突かれながら通らされた菜津野に、
「スマホはそこね」
菜津野がはいているコットンパンツのポケットに美里が手を突っ込んでスマホを抜き出した。
「あ、返せ!」
美里はスマホをテーブルに置かれた箱の中に入れる。
箱の横に並んでいるのは、バスに預けていた菜津野の旅行バッグ。寮に入るための荷物をぎっしり詰め込んでいた。
それが勝手に開けられて、中身がテーブル上に均等な間隔で並べられている。警察が押収した証拠品みたいだ。
下着がむき出しなのも屈辱的だったけど、それどころじゃなかった。
そこには菜津野の大好きなマンガ、不死鳥伝の単行本がずらりと並べられていたのだ。
毎日一回は読み通す魂のバイブルだ。
菜津野が菜津野の荷物をえり分けていく。
「はい、良し、悪し、悪し、悪し、悪し」
悪しとされた物はひょいひょいと箱に放り込まれていく。
「止めろー!」
叫んで突進しようとする菜津野は後ろから数人に羽交い絞めにされる。
美里は菜津野の正面に立ち、笑ってない目でにっこり笑って言った。
「卒業する時には返却されるわ。でもその頃にはすっかり健全な心を取り戻して、こんなものは要らなくなっているわよ」
「んなわけあるかー!」
憤慨してジタバタするも、しっかりホールドされた菜津野は脱出できない。
ジョーイ、ホルスト、ネルガ、不死鳥伝のキャラたちは大事な友達だ。親からはただのマンガのキャラだと馬鹿にされたりもしたけど、心が通じ合っていると菜津野は感じるのだ。
その彼らが拉致監禁されてしまった。
申し訳なさとふがいなさに菜津野は大粒の涙をこぼす。
えり分けが終わり、箱は風紀委員の手で部屋の外へと運ばれていく。
「これじゃまるで監獄だ!」
菜津野の叫びに美里は穏やかな声で答えた。
「ふふふ、監獄よりもずっと厳しくてよ」
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