波に攫われた双子
「アオイっ……。アオイっ……!」
アオイは枯れた呼吸を整えながら、茫としたまなざしを、どこに定めるでもなく漂わせ、アカネに抱かれるままとなっていた。けぶるような烏色の睫毛が伏せられ、頬に影を宿した。彼の光を失った琥珀色の瞳を、守るように覆っている。
アカネの涙は大粒の真珠のようで、アオイの背中に触れて、その体を熱く濡らしていく。
「おい、あのチビ。無事だったのか?」
アルベリヒは、急に自由になった体に驚いていた。なんだかふわふわする心地だ。両腕を左右に揺らし、脚で地を踏むと、強く踏みすぎたのか、爪先に痛みが走った。
「いってぇっ!」
「……ベルツさん、この場で言うセリフじゃないですけど……馬鹿ですか?」
「なんだとブレンてめぇっ!!」
「それよか、アオイくん凄いですね。あの人魚の歌声と、群れ来る人々を止めるなんて……」
ブレンが輝いた瞳を海へ向けるので、アルベリヒもつられて海の方を見る。
そこにいるのは紺碧の海を背景に、白い砂浜に立つ1人の少年と1人の少女の姿だけであった。何も、特別なものは感じさせない。
「ああ……」
アルベリヒは珍しく心から感動する声を発していた。
一方、抱き合う姉弟を遠くから瞳を眇めて見つめながら、ジークフリートは何故だか心が不穏を感じていた。それは兵士として危機を知らせるアンテナのようなものだった。
ジークフリートは、アオイたちの元へ向かおうと、体を動かした。
その、刹那。
「おいっ、あれ……」
「なっ……」
浜辺に美しい黒のシルエットを落としながら、抱き合っている姉弟の背後から、青と白が混ざった波が、大きな波が押し寄せてきていた。
「アオイ、アカネ、逃げろっ……!」
ジークフリートが掠れた声で叫ぶ。
だが、彼らにその響きが届く前に、彼らは波に喰われてしまった。
「……っ」
石のように固まったジークフリートは、目を瞠り、言葉を失う。
ジークフリートの視界の残像には、硬いくるみのように抱き合った双子の愛おしい姿が、悲しく残っていた。
「アオイくん!! アカネちゃーん!!」
ブレンの泣き叫ぶ声が、背後に聞こえていたが、それすらも、やがて耳の奥から訪れる高い耳鳴りによって鈍く消えていった。
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