第15話 「……パンツ見たいの?」

 初心者を脱したプレイヤーが集まる巨大中央都市《アガルガルド》。

 今そこにはこんな噂が流れている。


 日が暮れるとブラッキー先生が宙を舞う。


 俺はこの噂の真相を知っている。

 何故かって?

 ふっ……そんなの俺がその宙を舞っているブラッキー先生だからさ。

 正しくはブラッキー先生に憧れた結果、ブラッキー先生並の強さを手に入れちゃった小柄でブラックな師匠に毎度ボコボコにされて最中に宙を舞っている黒ずくめ野郎ですがね。

 だから……今も盛大にアーツを1本決められ、盛大に宙を舞った後、地面に這いつくばっております。


「シュウ、早く立って」


 顔色ひとつ変えず弟子を見下ろす師匠。今日だけで何回目の光景だろう。

 俺とマイさんは、他のプレイヤーから襲われないよう街中で決闘している。まあ人気のない隅の方でだけど。

 ただマイさんはICOの準最強プレイヤー。また小柄だけどDカップ、クールフェイスという様々な魅力からファンも多い。

 だから最初は俺のこと妬むプレイヤーも多かったの。

 でも毎日のように宙を舞ってる俺も見て、最近じゃ同情の眼差しを向けるようになってきたよよ。一部のプレイヤーには、お前ほどマイさんに惚れ込んでる奴はいねぇよ、と尊敬されたり……。

 いや、俺は別にマイさんに惚れてるわけじゃないからね。惚れてる相手は別にいますから。


「シュウ、早く立つ」

「……ねぇマイさん」

「何?」

「何でマイさんは見た目に反してそんなに脳筋なの?」

「別にわたしは脳筋じゃない。でも脳筋と言われて嫌な気はしない」


 だって憧れのブラッキー先生は脳筋だもんね。

 魔法のあるゲームでも剣一筋だものね。


「そっか。でも俺は脳筋じゃないの。あれこれ考えるタイプなの。だから1戦ごとに振り返る時間が欲しいの」

「ん、知ってる。確かに反省は大事」

「じゃあ」

「でもダメ。頭ばかりで考えても最強にはなれない。時として直感も大事。それに読みが外れた時はすぐさま反応すればいい」


 マイさん、それはマイさんだから出来ることなんだよ。マイさんの反応速度と俺の反応速度を一緒にしないで欲しいな。

 例えばの話だけど、俺が風ならマイさんは雷なの。圧倒的な高みにあなたは居るんです。あなたの超反応は天賦の才なんです。


「あのねマイさん、たとえ同じ武器で同じスキル構成でも俺とマイさんは違うんだよ。マイさんの戦い方を教えてもらっても100%習得するのは無理なの。大筋は同じでも細部は違ってくると思うんだ」

「大丈夫、シュウなら出来る。わたしよりもブラッキー先生になれる」


 無駄に高い信頼。

 そこまで言い切る自信は本当どこから来てるんだろうね。俺は過去にデスゲームに巻き込まれた経験なんてありませんよ。


「マイさん、ボクは別にブラッキー先生になりたいわけじゃないんだ」

「え……魔法斬りたくないの?」

「いや斬れるなら斬ってみたいけど」

「わたしがピンチの時に駆け付けて、悪いがここは通行止めだ。マイには指一本触れさせないって言いたくないの?」

「俺も男なんで言えるなら言ってみたいけど……」


 でも何でさらっと原作にない一文が足されたのかな?

 まあそれ以上に……


「マイさんがピンチとかありえないでしょ。むしろ俺のピンチにマイさんが駆けつけてくれるのでは?」

「む……わたしだって危ない時はある。それにわたしも女の子。ヒロインになりたいときはある。……でもシュウがわたしのヒロインなのは悪くない」

「ごめんなさい、あなたよりも強い男になれるよう努力しますのでどうかヒロイン扱いはやめてください」


 180センチ近い男が150センチ前半の少女にお姫様抱っこされるとか……

 需要があるようには思えないし、される身としては想像するだけで堪らん。される側よりはする側が良い。


「それはプロポーズ?」

「どこかにそんな要素あった?」

「わたしよりも強い男になる。つまり、わたしをいつまでも守りたい。つまり、マイは俺のヒロインだ、的な?」

「そこまで一瞬で変換できるマイさん凄いね。でも結婚は人生の分かれ目とか言うでしょ? というか、このゲームって結婚とか出来るの?」

「ん、出来る。専用の指輪を送って、受け取ってもらえれば結婚成立。アイテムや所持金とかが共有化されるらしい」


 なるほど……レアアイテムを手に入れるために結婚詐欺を行うプレイヤーとか出てこないといいけどね。

 まあでも運営もバカじゃないし、同じアイテムでも専用のIDとかありそうだから問い合わせたらすぐに解決しそう。

 というわけで、ゲームはルールを守って遊びましょう。使っていいのは運営から認められたマネーパワーだけだぞ。


「だからシュウがわたしに指輪くれたら今日から大金持ち」

「ゲームの中で金持ちになっても……そもそも、何でマイさんは俺から指輪もらったら素直に受け取るつもりなの? ゲームの中の結婚でもちゃんと相手選ばないとダメだよ」

「わたしはシュウを信頼してる。シュウからのプレゼントなら何でも嬉しい。それに……結婚したらこれまでより一緒に居る時間が増えそう。お揃い衣装で最強の夫婦って話題にされたり……」


 あぁぁぁぁもうッ!

 ちょっと恥ずかしげに顔を赤くしてモジモジするマイさんはこんなに可愛いんだろうね!

 というか、これは俺ってマイさんから告白されてます? それとも普通に俺となら結婚しても問題ないって言ってるだけ。信頼って言葉はどういう意味なの? 好きなら好きって言ってよマイさん。俺の心を弄ぶのやめて!

 ……落ち着け、落ち着くんだシュウ。

 お前は何のためにこのゲームを始めた?

 マイさんとイチャコラするためか?

 否、断じて否ッ!

 何とも言い難い断り方をしたアキラさんに再び近づくためのはずだ。

 マイさんのストレートな物言いは昔から。下手に考え過ぎず、いつもどおり対応すればいい。そうすれば何も問題なく……


「……やっぱ今のなし。口が滑った。さすがに恥ずかしいから忘れて」


 忘れられるわけないでしょ!

 マイさん、わざとなの? わざとそんな言葉運びしてるの?

 あなたは素直クールの皮を被った小悪魔だったのか。押してもダメならすぐさま引くとか恋愛の達人かよ。本当に達人なら俺の恋の師匠にもなってくれよ!


「ほら、シュウは早く立つ。立たないならわたしがシュウにポーション飲ませる」

「マイさん、それは罰になってないよ?」


 可愛い女の子にジュース飲ませてもらえるとは男からすればご褒美だし。それがたとえ何とも微妙な味のポーションだろうと。

 何でここの運営はポーションをあんな味にしちゃったの。普通に飲みやすい感じで良いじゃん。色合い求めるなら抹茶風味の青汁くらいでいいじゃん。

 少し苦いけど、飲めないわけじゃない何とも言えない天然水。

 みたいな味はやめよ。せっかくの味覚が台無しだから。中途半端過ぎて反応に困っちゃうから。ランクの高いポーションにするほど味が良くなるとか初心者いじめだよ。それはその過程ぶっとばしてるけど。


「飲ませていいの?」

「別に構いませんが」

「じゃあ……遠慮なく」


 マイはポーションを取り出すと、その蓋を開けて俺の口元へ運ぶ。優しく俺の頭を抱きかかえ、そっとポーションを口に……

 なんてイチャコラにはなりませんでした。

 手早くポーションを取り出したマイさんは、何故か両手にひとつずつ取り出したマイさんはね、「あ~ん」とかの掛け声もなく俺の口にポーション2本ぶっこんできたの。

 人が一度に飲み込める量って限られるよね。2本分も一気に流れ込んで来たらむせるのは当たり前だよね。


「……マイさんは俺を殺す気か」

「そんなつもりはない。右手にはポーション、左手にはハイ・ポーション。効果が重ね掛けになるから1本より回復が早い」


 確かにこのゲームのHPは、一気に回復じゃなくて数ドットずつ回復する。だから効果を重ねればそのぶん回復は早くなるよ。

 けど、だけど……微妙な味と少し良くなった味が混ざった俺の口の中は変な感じになってます。何でこういうときのマイさんってそんなに脳筋なの。


「ん? ずっと寝ててもわたしの下着とか見えない」

「それくらい分かってます。マイさんズボンだもの」


 下着なんてズボンを脱がすか耐久力ゼロにしない限り見えない。

 結婚もしていないのだから見せてと頼んだところで見れるものじゃない。そもそも、頼んで見せてもらうのは何か違う。そこにはチラリズムというものが存在していない。

 くそ、何で女性版の衣装はスカートにしなかったんだ!

 別にミニスカじゃなくてもいいけど、足が見える感じの方が女性っぽくて良いだろ。もしくはホットパンツにするとか。生足が見えた方が男としてグッと来るというのに……。


「……シュウは見たいの?」

「はい?」

「だからわたしのパ……パンツ見たいの?」


 ……ねぇみんな、この子はいったい何を言ってるの?

 俺の聞き間違いじゃなければ……俺に対し自分のパンツを見たいか、と問いかけてきた気がするのだが。

 マイさんはいつからこんな痴女的な発言をするようになった。そんなことを言う子じゃなかったはずだ。

 表情は乏しいけど、人付き合いが良くてとても素直な……

 いや冷静に振り返ると、シャルの胸を見るくらいなら自分の胸を見ろとか言ってたな。ならここで俺が答えるべきことは……


「見たいか見たくないかで言えば……凄く見たい」

「……シュウのエッチ」


 自分から聞いておいてそれはないでしょ!

 でも恥ずかしそうな顔が可愛いので許します。

 他の女子と比べるとマイさんにだけ甘くないかって? そりゃあ甘くなるでしょ。他は基本的に変態か腐ってるかだし。愛しの人は女を捨てそうな感じだし。そもそも話せないし。


「……分かった。じゃあ次わたしに1ダメージでも与えられたら……スカートに着替えてあげる」


 な……んだと。

 マイさんがスカートに? これは是が非でもやらねばなるまい。ここでやらなくては男ではない。

 しかもみんな聞いたか?

 マイさんは普通なら勝ったらと言うべきところを1ダメージでも与えたらと言ったんだぞ。剣の先かするだけでも1ダメージは入るんだ。この勝負、俺に分があると思わないか?

 やるぜ、俺はやったるぜぇぇぇッ!


「我が師《黒の双剣》マイよ、今の言葉確かに聞き遂げたぞ。今更なしとか言うのはなしだからな。さあ尋常に勝負!」


 俺のスキル熟練度は、最も高くても《双剣》が300を過ぎた程度。他のものは100~200程度にしか到達していない。始めてから2週間くらいと考えれば頑張った方だけどね。マイさんのスパルタやばかったけどね!

 つまりマイと比べれば、スキル熟練度は半分以下どころか3分の1程度というわけだ。マイの熟練度がどうなっているのか教えてもらってはいないので推測にはなるがな。

 だが、今日に至るまで何度もマイさんにはボコボコにされてきた。どういう風に動くか、どういう戦法を俺に対して取りたがるかある程度予測はできる。なら1ダメージと言わず、一撃くらいクリーンヒットを与えられるはずだ。


「やる気があるのは良いこと。でも理由が最悪……シュウのエッチ」

「いやいや、俺にエッチなことを考えさせてるのはマイさんだからね。俺がエッチならマイさんもエッチです」


 女の子相手に何を言ってるんだろうね俺は。こんなこと言っていい相手なんてシャルかカザミンくらいのはずなのに。


「そういうこと言わないで……でもシュウと同じならエッチでもいいかも」

「ごめんなさい、マイさんはエッチじゃないです。だからそういうこと言わないでください」

「ん、分かった……始めるよ」


 目の前に決闘申請のメッセージが表示される。

 決闘のルールは《HP半減》。文字通り相手のHPを半分以下にした瞬間に勝利が決まる。他にもクリーンヒットを1度でも与えれば即行で決着の《初撃決着》。HPがゼロになるまで行う《HP全損》がある。

 レベルが存在しないこのゲームでは、スキルや装備に差がなければ、一撃でHPを半分以上持って行かれることは少ない。

 各武器スキルの最上位技や高位魔法を使えば可能だが、それらは威力に応じて隙も大きいので対人戦で使われるのはここぞという時だけだ。

 俺はスキル熟練度はマイに負けているが、装備だけ見ればそれほど差があるわけじゃない。つまり勝つことは無理でも条件を達成するだけなら、マイさんを着替えさせる可能性は十分にあるというわけだ。

 待ってろみんな、俺がマイさんのスカート姿を……運が良ければパンチラまで見させてやるぜ!


「行くぞマ――え?」


 決闘開始直後、マイの双剣には青紫色の輝きが灯っていた。

 マイは両手の剣を翼を羽ばたく竜のように後方に構えながら、力強く地面を蹴って一直線に接近してくる。

 その速度は敏捷性に補正を掛ける《疾走》スキル、動いていない状態から動き出す時に敏捷性を上げる《瞬歩》スキルによって、通常のものより爆発的に跳ね上がりまるで流星のようだ。

 その勢いのままこちらまでの距離を潰したマイは、まず左に持つ白い剣を突き出す。雷撃のように撃ち出されたその衝撃は、体感的には剣が完全に俺の身体を貫通してから駆け抜ける。


「う……」

「まだだよ」


 マイは左手の剣を抜きながらその勢いで腰を回転させ、肩に担ぐように構えていた右手の剣を再び雷撃の速さで撃ち出す。

 双剣スキルの最上位技《リーゼ・バウンサー》。物理4割、雷属性3割、闇属性3割の2連続重撃。言ってしまえば、ブラッキー先生の二刀流でのヴォーパルなんたらである。

 双剣の攻撃倍率は両手剣や斧といった重量武器より低いが、俺は防具の類を一切身に付けていない。タイプで言えば軽剣士。故に双剣の最上位技で十分にHPを持って行かれる。

 つまり……俺の負けである。

 再び雷撃が駆け抜けるような衝撃に襲われた俺は、踏ん張ることは出来ず大きく後方に飛ばされた。その勢いを殺せず、背中を地面に打ち付け何度も勢いがなくなるまで転がり続ける。


「……わたしの勝ち。スカートはお預け」


 近づいて勝利宣言するマイ。その表情には喜びもなければ、落胆もない。この結果が当然なのだと最初から分かっていた顔だ。

 ハハハ……俺の師匠って大人げねぇ。でもそれ以上に……完全にこっちの考えを読み切った大胆な選択するとか度胸あり過ぎ。直感凄すぎ。準最強剣士だけあって強すぎだ。



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