第14話 「私の話を最後まで聞いて欲しい」

 スマホの鳴る音で目が覚める。

 体感的に時間帯は朝。

 俺にモーニングコールを掛けてくる相手は、クール系なのに構ってちゃんな一面を持つ雨宮さん。または自分の欲求を満たすためなら何時であろうと電話を掛けるであろうシャルさんくらいのものだ。

 でもいつもより寝た気がしない。雨宮さんのモーニングコールはこんなに早く掛かってきただろうか?

 それ考えると雨宮さんよりはシャルさんの可能性が高い。

 しかし、何か用事があれば雨宮さんという可能性もある。ま、とりあえず電話に出れば分かるよね。

 スマホの画面を見れば1発だろって? はっはっは、こちとら寝起きですよ。可能な限り寝直す姿勢を保っていたいじゃないですか。


「はい……もしもし」

『やあ鴻上く――』


 予想していなかった声に思わず通話を切った。

 失礼なこと極まりないが、今の俺には恐怖しかない。一気に眠気も覚めてしまった。

 再度鳴るスマホ。

 そこに表示されている番号は見覚えはないが、先ほどの声からして電話を掛けてきている相手は想像が付く。ここで出ないと後々面倒になりそうだし、素直に出ることにしよう。


『やあ鴻上くん、何で電話を切ったのかな? 寝ぼけていただけだよね? もしわざとだとすれば、寛大な私でもオコだよ』

「そんなことはどうでもいい。何故お前がこの番号を知っている? いったい何が目的なんだ?」

『君……それ本気で言ってる?』


 おっと、風見さんの声が不機嫌になったぞ。これは地雷を踏んだかもしれない。

 耳の安全を守るためにそっとスマホを遠ざける。

 

『先日君に私の連絡先を渡したってというのに1日、2日経っても一向に連絡がないからこっちから掛けたんだろ! 何で君の番号が分かったかって? 君はうちの店で何度か予約したことがあるだろ。そこに君の番号が書かれていたからだ。これで納得したか我が真友!』


 あぁうん、納得しました。

 そういえば連絡先もらってたね。あのあとシャルさんとのやりとりが大変ですっかり忘れてました。ごめんなさい。

 でもこれだけは言わせて。

 俺が悪いのは分かるんだけど、私用でお客の個人情報を見るのはどうなのかな。


「ごめんごめん、劉備にどうにか迫ろうとするカザミンに夢中ですっかり忘れてた」

『だからあの趙雲を私に置き換えるのはやめろ! 私はあんなに恋する乙女でもないし、下心から劉備に近づこうとは思わない。どうせなら劉備×関羽とかをそっと眺めていたい!』

「……腐ってんな」

『乙女の嗜みだと言ってくれ。というか、約束を破った君の方が人間的に腐ってると思う』


 そこに突かれると痛いですね。

 だけどさ、人間性を問うのであれば


「朝早くから私用で電話してくるお前もどうかしてると思う。まだ7時にもなってないんだけど」

『う……ほ、ほぼ7時じゃないか。それに私は店の手伝いがあるんだ。ゆっくり話すならこの時間しかない』

「夜じゃダメなんですか?」

『君に夜に時間があるのか?』


 ……ないね。

 基本的に夜は雨宮さんとICOやってるから。これぞスパルタ! と言いたくなるメニュー組まれてるし。

 まあおかげでスキル熟練度は驚異的な速度で上がってますがね。

 でもカンストはまだ遠い。こんなことしてていいのかな……ってふと思ってしまうくらいには果てしなく遠い。


「夜は雨宮と一緒のことが多いから時間はないな」

『なななな雨宮さんといいい一緒だと……!?』

「……カザミンは爽やかな顔のくせにスケベだな。朝からお盛んだな」

『か、顔は別に関係ないだろ! それに女の子だってそういう欲求はあるし、興味もあるんだ。大体私の考えたことが分かってる時点で鴻上くんだってスケベじゃないか。お盛んじゃないか!』


 そりゃあ高校生ですから。穢れなく育ったわけでもないし、ある程度のことを知ってますよ。

 しかし、まさかシャル以外から女の子だってエッチなんだぞ! 的な言葉を聞く日が来るとは。

 ただカザミンはシャルと違って振り切ってない。

 腐ってるはいるが、まだ理解できる範囲に留まっている。ならシャル相手よりも色々と話せるのでは。


「何かカザミンとなら真友になれる気がしてきた」

『今の会話のどこにそんな要素があった! 女の子だって欲求だとか興味あるの部分か? 君は私をエッチでスケベでむっつりな腐りかけ中二病ガールとでも思ってるのか! そういうところで共感を得ても私としては不服だぞ!』

「そんなことより本題は?」

『そんなこと、で済ませる話ではないだろ! 何なんだ君のその私に対する遠慮のなさは。今までの君はどこに行った?』


 そんなものは店の常連客から真友にクラスチェンジした際に捨てました。

 だって真友っていうのは何でも打ち明けられる関係なんだろ。なら遠慮なんてものは持ってちゃいけないよね。


「いいからいいから本題に入って。俺、眠いの。あと2時間は寝たいの。今日は1日中雨宮さんに引きずり回されて、最後にはボロ雑巾みたいになるまで何度もギタギタにされる日だから」

『え……雨宮さんってそんなに危ない人なの? 鴻上くん、今日は私と1日中おしゃべりしよう。私を言い訳にしていいからそんな危ない真似はやめるんだ』

「風見……男には引けない時があるんだ」


 本当に体調崩したとかなら雨宮さんも納得というか、差し入れ持ってお見舞いに来ちゃいそうだけど。風見を言い訳にして地獄のスキル上げから逃げたら……バレた時に対応できません。多分……


『わたしよりあっちなんだ……やっぱり鴻上は大きいおっぱいが好きなんだ』


 みたいに超絶拗ねると思うの。拗ねた雨宮さんの機嫌直すの大変なんだよ。

 それに俺には時間がない。

 何故なら、あんなボロボロになるまでICOに打ち込んでいる(女子高生捨ててるとも言う)アキラを見てしまったんだ。休んでいては同じ場所には辿り着けない。


『鴻上くん……君は』

「大丈夫だ。ただICO内でスパルタな特訓させられるだけで……死ぬにしても仮想世界の肉体だけだ」

『精神に関しては現実にすら影響を及ぼしかねないじゃないか……でも分かった。私は君の真友だ。君がそこまで覚悟していると言うのならこれ以上何も言わない』

「風見……ありがとう」

『礼なんて要らないよ。私は私で動いてみるよ。君の恋を成就させるためにもね』


 風見、お前って奴は……お前って奴は……


「いったい何をするつもりだ? 余計な真似するなって多分言ったよね。変なことしたら鴻上くんはオコだよ」

『一瞬で真友的雰囲気をぶち壊したあたりすでにオコのように思えるんだけど』

「本当にオコならそっちの言い分なんて聞かず好き放題言ってます。それでカザミンはいったい何をするつもりなの? 鴻上くんに話してみなさいな」


 だからカザミン言うな。

 と、ムスッとしてそうな声で返してきた。

 一度それで良いと認めたのにあとになってグダグダ言うんなんて貴様はそれでも趙雲か。貴様の趙雲はその程度なのか!

 なんて言ったら話が脱線しそうなので言わないでおこう。普段振り回される立場のせいか、ついカザミンにはあれこれ言いたくなっちゃうぜ。そういう意味では俺達、最高の相性だよね!


『今何か邪な予感が……まあいい。よく聞けよシュ、シュウちゃん』

「恥ずかしがるなら対抗する必要ないんだよ?」

『べ、別に恥ずかしがってるわけじゃない。私にだってあだ名で呼び合う友達くらい……き、君が男の子だから思うところがあるだけで』


 いや、それを一般的に恥ずかしいと言うのでは?

 それに同級生の常連客をいきなり真友にしちゃうあたり、あなたにあだ名で呼び合う友達がいるとは思えません。

 趙雲に憧れるならあんまり嘘吐いちゃダメだと思うよ。義を重んじる武将なんだから。


『話が逸れた。今度は茶々を入れずに聞いてくれ、聞いてくれないと私は泣くぞ』


 まさかの脅迫。

 しかも俺ではなく、自分が泣くだと。

 別に風見が泣こうが構わないが、女の子を泣かせたという事実は精神的に来るものがある。くっ、ここぞという時に女を使うとは卑怯な。それでも貴様は趙雲か。


『実は……風見書店には川澄さんも来ることがあるんだ』

「……だから?」

『え、ちょっ、それだけ? 結構重要な情報だと思うんだけど』

「最初にアキラとちゃんと話したの風見書店でだし」

『何だと!? ま、まさかうちの店で君と川澄さんがイチャコラしていたとは。私に対する当てつけか、このリア充め……滅べ、爆発しろ』


 悪口までしっかりと乗っちゃってるぞ。

 そういうことは心の中で思うだけにしときなさい。そうすれば聞く側も不快になったりしないから。


「追加で情報をお伝えするなら、先日あなたと真友になった日にも会いました」

『え……』

「会話を打ち切られるように全力で逃げられました」

『……何かごめん』


 やめろよ!

 そこで謝られたら気まずくて逃げられたみたいになるだろ。ジャージ姿を見られたのが恥ずかしくて帰っただけかもしれないだろ。真友を自称するならそれくらい察しなさいよ!


「……話はもう終わりか?」

『いやいやいや、まだ本題があるから。ここからが本題だから。傷口を抉るようなことしたのは悪かったけど、最後まで聞いて』

「じゃあ、可愛い声でお願いして」


 気分を変えようと適当なこと言っちゃった。

 でもまあ、カザミンならきっと「そんなこと出来るか!」って怒鳴ってくれるはず。それでリセット完了だよね。


『……シュ……シュウくん……私の話を最後まで聞いて欲しい』


 …………マジかよ。


『お、おい! せめて何か言ってくれ、そうじゃないと私がただの痛い奴みたいじゃないか!』

「……風見って可愛い声も出るんだね。うん、俺は愛称がカザミンでも問題ないと思う。でもああいう声を出せるのなら、『聞いて欲しい』じゃなくて『聞いて』で止めて欲しかったな」

『真面目にも評論するな! 恥ずかしくて死ぬだろ。というか、私は君の真友であって彼女じゃないんだ。そういう欲求を私に求めるんじゃない!』


 何か言えって言うから言ったのに。まったく、カザミンは我が侭だな。


「はいはい、分かった分かった。カザミンの頑張りに免じてここからは真面目に聞くから。だから話進めて」

『くっ……いつか覚えてろ。私の書いた二次創作内で君のこと辱めてやるからな』


 やり返すのはともかく、やり方が汚くない!?

 それだと下手したら全国に広がっちゃうじゃん。分かる人が読んだら辱められてるキャラが俺だって分かっちゃうじゃん。汚い、この趙雲マジで汚い。


『こほん、さっきうちの店には川澄さんも来ると話したと思うが……実は私はそこそこ川澄さんと仲が良い。一時期は下の名前で呼んでいたこともある』

「一時的? それって風見の一方的な見解なんじゃ……」

『違う! 違うぞ、そんなことはない。川澄さんが『私、あまり下の名前で呼ばれるの好きじゃないから』と言うから川澄さんに戻しただけだ』


 え……アキラさんってそうだったの?

 俺の時は普通に問題なかったんだけど。もしかしてアキラさん、いや川澄さんは我慢していたんでしょうか。気遣いに気遣いを重ねた結果、我慢できず告白の断り方もあんな感じに……そうだとすれば、俺の恋はすでに終わっている。


『ちなみに特別な人には下の名前で呼ぶことを許すとも言っていた』

「さっさとそれを言いなさいよ! 二次創作で復讐するとか言いながらがっつり俺の心を弄んでんじゃねぇか。一瞬アキラへの想いを断つべきかって考えちゃっただろ!」

『悪かった、今のは私が悪かった! だから、あまり大きな声を出さないでくれ。君と電話しているのも母さんに聞かれでもしたら面倒なんだ。この前も悠里もそういう年頃になったのね、って赤飯炊かれたし』


 何故に?

 いや確かにあのお母さん、俺にも意味深な顔をしてたけど。もしかして俺のこと風見の彼氏とでも勘違いしてる?

 ははは、そんなまさか……ありえない話でもないな。

 風見って腐ってるし、未だに中二病が抜けてないし。そもそも友達自体少なそうだし。リビングじゃなくて自分の部屋に男を上げれば、親からすればそうなのかなって思ってもおかしくないよね。彼氏なのかなって期待もしちゃうよね。


「そのへんのことは後日俺が直接お前のお母さんに説明しに行こう。カザミンなんて眼中にありません! って」

『何でそういう言葉のチョイスになるんだ……それだと私に魅力がないみたいだろ。言うにしても他に好きな人が居るって言えばいいんだ。ふざけるなら私の秘蔵の同人誌を大量に君の家に送りつけるぞ』


 や、やめろよ。そんなことされたら……シャルさんが頻繁に来るどころか、下手したら俺の部屋に住み始めちゃうじゃん!

 そしたら多分うちの家族は……


『本当秋介はシャルちゃんと仲が良いわよね』

『そうだね、学生の頃から同棲なんて本当に仲良しだ。だけどさすがに学生の内から同棲は早くないかな?』

『何言ってるの。私達も一緒に住んでるんだし、将来一緒に住むなら早い内からお互いのことを知っておくべきよ。近い内に私達の娘にもなるんだから。それにあなただって早く孫の顔が見たいでしょ?』 


 こんなことになったら風見は責任取れるの?

 うちとシャルの親はこんなノリで物事進めちゃうんだよ。

 親戚ですらないのに他の親戚よりも仲良しで、もうひとつの家族なんじゃね? レベルの親密度なんだよ。


「その際は決してふざけないのでそれだけはやめてください。お願いします、俺に出来ることは何でもしますから」

『な、何でも……本当に何でも良いの?』

「君は何を望む気なの? 俺の叶えられることなんて限られてるからね」


 その範囲に収まらないと無理ですよ。現金100万円とか新しいパソコンが欲しいとか言われても無理だからね。中古のパソコンくらいなら頑張れば買えるかもしれないけど。


『大丈夫、君でも叶えられると思うから……そ、その……今度私と一緒に映画を見に行って欲しいんだ。チケットが2枚あるんだけど、店の手伝いが終わってからじゃないと行けないから誘える人いなくて……』

「……それはデートのお誘いですか?」

『なっ……バ、バカなことを言わないでくれ! ひとりで2回行くのもあれだし、チケットを余らせるのももったいないから誘ってるだけだ。それに私と君は真友なんだぞ。交流を深めるためにも必要なことなんだ。これはデートじゃなくて遊びに行こうって誘いなだけだから。他意なんてない! ないから!』


 なら何でそんなに必死なの?

 というか、今時は男と女がふたりで出かけたならデートって呼んだりするでしょ。付き合ってない男女でも創作物ではよくデートしたりしてるでしょ。

 二次元に精通しているのに耐性がなさすぎだぞ。腐りかけてるくせに乙女か。カッコいい系のくせに乙女なのか。


『それでどうなんだ? 私と映画に行くのか? ……それとも行かないのか』

「行きます、都合が合えば行きますからそんな泣きそうな声出さないで」

『そんな声出してない! でも、そうか分かった。詳細は後日連絡する』

「……何か一段落したけど、本題の話まだします?」

『す、するに決まってるだろ。それをしないと電話した意味がない』


 本当ですか?

 友達の少なそうな風見さんは電話で話せただけでも満足しそうな気もするんですけど。今日1日店の手伝い頑張れそうな気がするんですけど。


『あまり長電話するのもあれだし、簡潔に言っておこう。私は川澄さんと繋がりがある。彼女がICOをやっていることを知っているし、私自身もICOをやっている。だから君が雨宮さんにズタボロにされている間、私が川澄さんとICOでの繋がりを作っておこう。ここぞって時に川澄さんと会えないと意味がないからな』

「風見……」

『ふふ、感謝のあまり言葉が出ないかな』

「ううん、その役目をお前に任せて大丈夫かなって思っただけ」

『そこは嘘でもいいから肯定の言葉を言ってよ! あぁもう、伝えるべきことは伝えたからこれで終わり。雨宮さんのスパルタ頑張るんだね! じゃ!』


 一方的に切りやがった。

 もう少し優しく切れんのか。そんなだと将来就職したときに困るぞ。営業先からの電話とかどうするんだ。


「……とりあえず寝直すか」


 すっかり目は覚めちゃってるけど、雨宮との待ち合わせにはまだ1時間はのんびり出来るし。きついことが待っているんだから休める時は休んどかないと……。

 なんて思って二度寝したら雨宮さんからのモーニングコールにも気づかず、約束に15分遅れました。その日の雨宮さんはとても厳しかったです。

 今度やったらうちに泊まるとか言い出したので、今後はないように努めたいと思います。

 みんなも二度寝するときは注意するんだぞ。



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