第9話 俺は尻を揉みたくて揉んでるんじゃない。世界を救うために、仕方なく揉んでるんだ。
「本当に良いのか?」
「良い」
「さわった瞬間に殴ったりしないな?」
「しない」
うーむ。本当に尻をさわっても良いのだろうか。香芝さんのときは殴られたしなぁ。
「イプノス、どう思う? さわっても大丈夫か?」
「そうですね。基本的に催眠状態で嘘はつけません。たぶん大丈夫だと思いますけど」
「しかし、なんでだ? 香芝さんのときはダメだったが……」
「明久さんが西條さんに好かれている可能性が考えられますけど……これはないですね」
「ないな」
どちらかというと、月乃からは嫌われているはずだ。
「次に、西條さんが性に奔放であるという可能性ですね。異性に臀部をさわられることくらい、なんでもないと思っているのかもしれません」
処女の癖して性に奔放か。なんというか、少し興奮してしまうな……。
まあ、そういうことなら尻をさわらせてもらおう。
相手が催眠状態だとはいえ緊張する。俺は、ゆっくりと手を月乃の臀部へと伸ばしていった。ほんの少しだけ、触れる。俺の手が触れた瞬間、月乃は一瞬だけ体を震わせた。触れるか、触れないか程度の接触をつづける。やってはいけないことをやっている。それが脳に快楽をもたらしている。電車のなかで痴漢をするやつの気持ちが、少しわかってしまったかもしれない……。
「癖になって捕まったりしないでくださいよ。捕まっている間に地球が滅んでしまいますから」
地球の滅んだ原因が俺の痴漢っていうのも、なんというか悲しい話ではあるが……。
最初は遠慮気味にさわっていた俺だが、少しずつ大胆になっていく。接触する部分を、指から手のひらへとシフトしていく。ショーツのすべすべ感も相まって、さわり心地は最高である。柔らかい。もし俺にこんな柔らかい部分がついていれば、一日中揉んでいることだろう。
「それはただのアホです……」
イプノスの言葉を無視し、俺は月乃の臀部を堪能していた。
柔らかい……。素晴らしい……。最高だ……。頬ずりとかしたいなぁ……。
「そろそろ良いでしょう。やめましょう」とイプノス。
「俺は尻を揉みたくて揉んでるんじゃない。世界を救うために、仕方なく揉んでるんだ」
大義名分、最高。ただの犯罪行為が正当化される素晴らしさよ。
いや、人として最低のことをやってるのは事実なんだけどさ。
「うつけさんですねぇ。そろそろやめないと痛い目に遭いますよ?」
「なんだよ。痛い目って。また催眠が解けたりするのか?」
「そうではないですけど……。まあ良いです。じきにわかります」
俺はそのまましばらく、月乃の臀部をなで回していたのだが……。
不意に、強烈な頭痛が襲ってきた。
これまでに感じたことのない痛みだ。硬いもので殴られたかのように痛む。
思わず尻から手を離した。両手で頭を押さえずにはいられなかった。
つづいて、ひどい吐き気が襲ってくる。俺は、いつの間にかフローリングに倒れ伏していた。
「急性アモーレ中毒です。もし生尻を揉んでいたら、命を落としているかもしれません」
「先に言えや……。そういう大事なことは……」
「だから忠告したでしょう。まあ、この痛みは味わってみないことには実感できませんから」
うぅ……。痛い……。苦しい……。死ぬ……。
「死にはしません。しばらく待っていれば痛みも治まるはずです。大人しくしていてください」
俺が目を閉じていると。
「あれ?」と月乃の声。催眠術が解けてしまったらしい。「明久? どうしたの? 大丈夫?」
「ちょっとアイスを一気食いしてな」
「こんな寒い日に、何してんの。バカじゃん。ほら、起きて」と月乃が手を差し伸べてくれる。
俺はその手をつかみ、なんとか立ち上がる。そして、俺と月乃は向かい合って立った。
うーむ。下着姿の月乃、やはり美しいな……などと観察していると。
「うん?」月乃が自身の衣服の状態に気づいたらしかった。「何見てんの! 変態!」とローキックを放つ。
ただでさえ頭痛でふらふらの状態だ。
まともにローキックを喰らってしまい、俺は再びフローリングへと倒れ伏した。
本日三度目の地面だ。ただいま。
「信じられない! 変態!」
「病人なんだから、やさしくしてくれ……」
「なんで? なんでわたし、下着なの?」
イプノス、さっさと催眠でどうにかしてくれ……。
「仕方ないですねぇ……あっ」
ん? どうした?
「忘れていましたが、私の能力は一日に一度しか使えないんでした」
そんな大事なことを忘れるな! このクソポンコツ天使!
「ポンコツなのは明久さんのほうです! 一日に二度も同じミスをしないでください!」
今回のはイプノスがちゃんと止めてくれたら防げたはずだ!
……まあ、ここで言い争っていても仕方がない。なんとか事態の収拾を図ろう。
「まあ、気にすることはない。さっきまで俺たちは話をしていて、ついつい盛り上がってしまい、そういう雰囲気になってしまったんだ」
「は? 明久となんて、あり得ないんですけど……」
頬を赤く染めている月乃だった。まあ、下着姿なのだ。恥ずかしいのだろう。
「ナイス黒下着だったぜ……」
そこで限界が来た。俺は顔をあげていられず、地面に顔を伏せる。目を閉じた。
さすがに死にはしないのだろうけれど、頭がずっと痛い。
うーん。しばらく動けそうにないな……。
「ちょっと、もう……」と月乃が近づいてきて、俺の体を支えてくれようとする。
柔らかく、小さな体躯。月乃の肩を借りつつ、俺はベッドへと寝かせてもらった。床に寝ているよりも随分と楽になった。助かった。ベッドで横になって目をつむっていると、衣擦れの音がきこえてきた。どうやらジャージを着直しているようだ。
そのあと、足音で月乃が近づいてきたのがわかった。
「頭痛、大丈夫? つづくようなら、ちゃんと病院行きなよ」
「やさしいな」
「べつに。そんなことないけど」
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