第0-2話 「転生者殺し」

「うわっ!?」


 優太は剣を構え、少年の剣戟を受け止めた。ガギギッ、と、独特な当たり心地の剣だ。


「こなくそっ!!」


 優太は力任せに剣を振るうが、少年はあっさり身を翻し、優太の左半身に回り込んだ。


「シッ!!」


 その少年が着地するや否や左手を振りぬいて、小規模な吹雪をまとった氷塊を放ってきた。それは優太の左腕に着弾すると、ビキビキパキパキッ!!と凍てつかせた。


 だが。


「”超回復”!!」


 少年が叫ぶ間に、もう氷はパキィン!!と砕け散った。


「僕の”超回復”は、どんな状態異常も回復できる!それは”スキル使用無効”であっても例外じゃない!!」


 そう。本来ならこういう「スキルの使用を制限する」系のスキルに極端に弱いはずである。だが、優太の「超回復」はそれすらも無効化する、文字通りの「チートスキル」なのだ。


「だから—————————」


 と、その先の言葉を紡ごうとした時だった。





 ブォン!!と少年が、「顔色一つ変えることなく」その特徴的な武器を振り下ろしてきたのだ。




「・・・・・・・・ッ!?」


 再び優太は剣を構え、その剣戟を防ぐ。やはり刃に特殊な加工がしてあるのか、引っかかるような手ごたえを感じる。


「(なんだこいつ・・・・?)」


 今まで自分が戦ってきた相手は、この「超回復」の力に驚愕し、そして絶望してきた。そうしてうろたえている間に、自分やアリアたちがとどめを刺していく、という形だった。


 だが、目の前の少年は何一つリアクションしない。顔色一つ変えることがない。


 一方の少年は、その特徴的な武器で押し返してきた。ただの剣と異なり、手持ちの部分と刃の部分、両方に取っ手があることから、その力を思う存分優太を押しのけてくる。


「うわぁっ!?」


 思いっきりどつかれた優太は、思わずたたらを踏んだ。少年との距離はいったん離れるが、彼は再び距離詰めてくる。


「させるか、”時空斬”!」


 優太はとっさに剣を振るい、自分と相手の間に線を引くように空間を裂いた。先ほどのようにまとわりついているものを無理やり引きはがす、防御不能の斬撃に用いる、といった使用方法以外にも、空間を裂くことでその部分に疑似的な「壁」或いは「障害物」を作ることができる。しかもこれはただの物体ではなく「裂け目」なので、どかすこともできない。


「(これで、少し時間を——————————)」


 と、次の立ち回りを考えていた優太だが、そのわずかなスキに





 バリィッ!!と、少年がその裂け目を「引きはがした」のだ。まるで壁に貼ったシールをはがすように。






「———————————!!??」


 優太は今度こそ頭が真っ白になった。「空間の割れ目を引きはがす」。そんな常識破りなことが、彼の目の前で起こったのだ。


 そうして彼の脳が思考を停止させた一瞬。その隙をついて、少年は優太の胸ぐらをつかみ、思いっきり頭突きを食らわせた。


「ガッ!?」


 ゴギン、という鈍い音が頭の中で響いたと思うと、今度は胸ぐらをつかんだ腕にそのまま突き飛ばされた。そして優太は再びたたらを踏む—————はずだったが、それを右足を思いっきり踏み付け、あまつさえ凍らせていた少年によって阻まれた。


 結果、優太は衝撃を殺すこともできず、ダイレクトに地面を背中に打ち付けた。


「ガハッ?!」


「これで終いだ」


 そういった少年は、さらにその武器を振りかぶる。優太は慌てて起き上がろうとした。が、それがいけなかった。


 優太は上体を起き上がらせたが、その際に思わず手を地面につき、支えていた。そしてそれを、少年が起き上がる瞬間に合わせて凍り付かせていた。そして優太ができたアクションはそこが限界だった。


 そして、起き上がったその左肩に、少年は遠心力に任せて武器を食い込ませた。


「がっ・・・・・・・・・!?」


 少年は手持ちと刀身の部分の取っ手をつかみ、さらに峰の部分に足を乗せ、全体重をかけてきた。


 いくら細身な少年と言えど、男性の体重と武器そのものの重さを一点にかけられては、流石の優太も身動きが取れない。わざと倒れこんで重心をずらすことができるが、奇しくも彼を支えている腕は凍てついて、地面に縫い付けられているのだ。


 いや、ただ単純に「超回復」で凍結を回復させればよかったのだ。そしてそのまま地面にわざと倒れこんで重心をずらせば、打開できる可能性があったのだ。


 だが、優太はここで致命的なミスを犯した。自分の左肩に食い込む、目の前の武器に気を取られてしまったのだ。


「(こんな形をしていたのか・・・・・・)」


 間近でその刀身を見たことで、その構造をはっきりと視認することができた。剣の「刃」に当たる部分は小さな金属の鉤爪を数珠繋ぎに合わせたような形をしており、「腹」に当たる部分とは直接的には接合していないようだ。


「(うそ・・・・・・待って、これって・・・・・)」


 そう、彼の本来棲んでいる異世界。そこにある「木を効率的に切るための道具」。それとそっくりの構造だったのだ。


 そして。





 ヴィイイイイイイイイイ!!と刃が高速で「回転」し始めた。






「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 優太は、かつてないほどの絶叫を上げた。


 ブチャチャチャチャ!!グチャグチャグチャ!!と肉がえぐり取られる耳障りな音が町に響いた。いつの間にかあたりには人だかりができており、「ユータ!!ユータ!!」と、彼の仲間が彼の名を呼ぶ声が聞こえる。だが、それを紫炎が阻んでいる。彼の仲間の乱入を食い止めるためだろうか。


「さあ、どうだ!!お前の”超回復”、見せてみろ!!」


 そう叫びながら、少年は全体重をかけてくる。「超回復」の数少ない弱点。それは「ダメージの回復」はできても「ダメージ自体の無効」はできないことだ。これまでにドラゴンのブレスをまともに食らったりはしたが、こういったブレスも最終的には収束していくし、切られたりするダメージも結局は「一回の斬撃分」でしかないのだ。しかし今回のように、「継続して」ダメージを与える類のものはダメージ自体は回復できても、それに伴う痛みはどうしようもない。


 しかし、彼の「ステータス」ならば「防御」も相当あるため、痛みすらもシャットアウトできるはずなのだが、なぜかそれができない。


「(くっ・・・・・・”ステータスオープン”)」


 ユータはこれまでの旅で会得したスキル「測定」を使った。これは敵の「ステータス」を可視化することのできるスキルだ。


 そうして、現れた少年のステータスが、これだ。



 豌キ豐ウ?大㍾閠カ

 閨キ讌ュ?夊*鬨主」ォ

 Lv.0

 HP:-666/40

 MP:42731/120

 謾サ謦?シ?

 髦イ蠕。??

 遏・蜉幢シ?2

 邊セ逾橸シ?

 謨乗差??8

 蟷ク驕具シ?

 蛯呵??シ

 ?貞ケエ蜑阪↓逡ー荳也阜縺九i譚・縺溷ー大ケエ縲ら焚荳也阜縺ァ縺ッ蟷ウ蜃。縺ェ荳ュ蟄ヲ逕溘□縺」縺溘′縲∽ク。隕ェ縺ョ荳堺サイ縺九i闕偵s縺?螳カ蠎ュ迺ー蠅?〒閧イ縺」縺溘?よッ崎ヲェ縺ョ蜀ャ鬥呻シ医ヨ繧ヲ繧ォ?峨°繧峨?諢帙&繧後※縺?◆縺後?√◎縺ョ豈崎ヲェ繧堤宛隕ェ縺ョ辭ア?医い繝?す?峨′谿コ縺鈴?ョ謐輔&繧後◆縺溘a縲?、願ュキ譁ス險ュ縺ァ證ョ繧峨@縺ヲ縺?◆縲ゅ◎繧薙↑螳カ蠎ュ迺ー蠅?↓螻?◆蜃崎?カ縺ッ逡ー荳也阜縺ァ縺ョ縲御ク?闊ャ逧??阪↑諢溯ヲ壹°繧峨?縺九↑繧雁、悶l縺溯ォ也炊繝サ萓。蛟、隕ウ繧呈戟縺」縺ヲ縺?◆縺後◆繧√↓縺ェ縺倥a縺壹↓螻?◆縲



「ヒッ・・・・・・・・・・・!!」


「オイオイ、余所見する余裕があんのかよ!!さすがは”転生者”だな!!」


 少年の罵倒をよそに、優太はその文字列の塊にぞっとした。かろうじて「HP」と「MP」、そして「レベル」は確認できるが、それもまともな表示ではなかった。よく見ると優太やそのほかの冒険者たちの「ステータスウィンドウ」とは異なり、ノイズが所々かかっていたり、顔写真の部分が真っ黒に塗りつぶされていたりと、とにかく不気味で仕方がない。


 優太は無意識に刀身を引きはがそうと手をかけるが、右手を誤ってその回転する刃に触れてしまい、グジャジャジャジャ!!と肉片に加工されてしまった。


「ギャアアアアア!!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」


 ユータは泣き叫ぶが、それでも刃は回転を止めない。そして優太は、自分の背中にも鋭い痛みがあることに気づいた。


「(づ、づめだい!?ごいづ!!ごおりでぼぐのぜながを!!)」


 優太の背中には、地面から伸びた氷柱が刺さっており、倒れこみそうな彼の上体を支えていたのだ。もう一つの「超回復」の弱点。それは状態異常そのものは無効化できても、その根源となるものを除去できない点。だからヘルファイアを「時空斬」で振り払う必要があったし、背中に刺さる氷柱も「凍結」させているわけではないので解除ができない。ただの純粋なダメージ源だ。


 上は回転する刃、下は氷柱の棘。趣味の悪いギロチンが、少年を容赦なくむさぼっていく。


 そして。長いような、短いような時間がたった時。ヴィイイイイイン・・・・・と、その武器が回転を止めた。


「ハァ・・・・・・・ハァ・・・・・・・・・」


 少年はこれまで体重を預けていた武器を手放し、ゴトン、と放り出した。少年もその場に崩れ落ちて、肩で息をしている。


「(おわった・・・・・あいつの攻撃はこれで終わりみたいだ)」


 しかし優太は生きていた。「超回復」の力でダメージにあらがい続け、その攻防に勝利したのだ。少年の攻撃を、確実に凌ぎ切ったのだ。


「(彼には悪いけど、倒させてもらおう。でないと、みんなが危ない・・・・・・)」


 と立ち上がろうとした、その時だった。




 ズルリ、と優太の体が横倒しになり、ビシャリ、とやけに生ぬるい水たまりに崩れ落ちた。





「え・・・・・・・・・・・」


 体に力が入らず、まともに動きけない自分に、思わず声が漏れてしまった。彼の傷口からは淡い緑の光が漏れているが、それが全く傷を癒せていない。


「(嘘・・・・・・HPは満タンなのに・・・・・・)」


 実際彼の目に映る「ステータスウィンドウ」では「HP:5648/5648」と表示されている。にも拘わらず少年の体はピクリとも動かなかった。


「ハハ・・・・・俺の踏んだとおりだ」


 目の前の少年は軽く立てた右ひざに手をかけるようにして、満足そうに笑った。


「知っているか?人間の体の約半分の血液を失うと、そいつは死ぬんだよ。”失血性ショック”って言ってな」


 彼は決して少なくはない汗を流し、真っ白だったコートを真っ赤に染めている彼だが、優太にはそれがすべて自分の返り血と肉片であることには気付けなかった。そして同じく今自分が身を沈めている水たまりも、自分の体から流れ出た血液であることも認識できなかった。


「な・・・・・なん・・・・・で」


「あの魔術師・・・・・クロウリィの目の付け所は正しかったよ。確かに回復が追い付かないレベルのダメージを与え続ければいい・・・・・だが、それだけじゃ駄目だったんだ」


 というと、放り出した武器を引きずるように手元に寄せ、そのカバーのついた刀身を軽くたたいた。


「お前、この世界でこんな武器は見なかっただろう?そりゃそうだ。この武器は”ローターエッジ”・・・・・・元の世界じゃ”チェーンソー”って名前だっけか?こいつはモンスター相手に振るうには強度不足なんだ。奴らにも一応”ステータス”は反映されるが・・・・・物理的にも強固な外皮や甲殻をまとっている場合が多い。こんな武器じゃあっという間に刃こぼれするか、鎖がイカレて終わりだ」


 だが、と少年はよろよろと立ち上がり、コキコキと首を鳴らした。


「逆に言えばもともとそんな強固な外皮のない”人間”にはうってつけなわけさ。テメェの”防御”っていうステータスも、結局は”魔力で補強した耐久力”ってだけだ。魔力で貫通力に特化させれば、十分対抗できる。あとはずっと血液と肉を抜き続ければ、”失血性ショック”を誘発させられるってわけだ。いくら”超回復”と言えど、本来の生物の生理反応には逆らえねぇだろ」


 そもそも俺は—————と、続けようとした時、少年は何かに気づき、ふっと笑った。


「・・・・・・・・最後まで聞けよ。せっかくお前のために用意したってのに」


 彼の視線の先には血の海に沈み、自惚れと仮初の才能に溺れた、物言わぬ一人の少年が掻臥ひれふしていた。


 彼は興味をなくしたかのように、周りを見渡した。すると先ほどまで広がっていた紫炎がすっかり晴れ、どよめく野次馬、甲冑を着た騎士たちが右往左往していた。そしてその中から、優太の仲間たちが飛び出してきた。


「ユータ!!ねえ!!起きてよ!!」


「こんな悪に負けるようなお前ではないだろう!!」


「ユータ様!!あなたを失ったら、我々はどうすれば・・・・!!」


 彼女らは血に濡れるのも構わず、かつてパーティを率いていた少年に駆け寄り、泣き叫ぶ。


 そして、最も血気盛んであり、パーティきっての武闘派であるマリーは少年をにらむや否や、食って掛かった。


「貴様!!よくもユータ殿を!!成敗してくれ———————」


「あんたら、”魔獣保護法”って知っているか?」


「「?!」」


 マリーとさっきまで泣いていたアリアは、少年の言葉に、動揺を隠せなかった。


「実はギルドにも取り決めがあって、”あまりにも希少すぎるモンスターは討伐してはならない”という法律があるんだ。こいつは”シルキー”のように可憐で無害な存在も入っていれば、”クラヤミマモリドラゴン”っていう凶暴な奴も例外ではない。・・・・・たぶん、この凶暴な奴、身に覚えがあるんじゃないか?・・・・・あのドラゴン、あの遺跡以外にもう目撃例がないんだよな・・・・」


「そ、それは・・・・・・・・」


 アリアは実際、それを危惧していたため、一度優太を引き留めていたのだ。しかし彼女は彼にただ「危険だ」としか伝えておらず、「いや、こういう危険にこそお宝はあるに違いない!!」と振り切っていたのだ。それにアリアは初め、自分たちが討伐したのが(語弊はあるが)ただのドラゴンだと思っていたのだ。鱗や角の特徴などからまさかとは思っていたが、少年の言う通り「絶滅危惧種」のドラゴンの可能性も懸念していたのだ。


「でも、凶暴で危害を加えるようなモンスターなど、絶滅したところで問題ではないだろうが!!」


 マリーは少年の言葉に激昂する。剣を抜き、今にも襲い掛からんとする。


 しかし。


「じゃあアンタ、なんで危険な役割なのに”壁役”なんて任されているんだ?」


「そ、それは・・・・・・・」


 マリーは一瞬たじろいだあと、


「仲間を・・・・人類を、守るため?」


 と答えた。


「そう思うんなら、よく”絶滅していい”なんて言えるな」


「!!」


 少年が冷たく言い放った一言に、マリーはハッと気づかされたように目を見開いた。


「同じ絶滅危惧種モンスターの”フンワリキシチョウ”。俺も可愛いとは思うよ。”人語を理解し高い知能を持つ””個々の戦闘力も高いうえに群れで行動する””人間に対して非常に攻撃的”これだけ厄介な特徴を持ちながらも、なお討伐命令が出ないのはなんでだろうな?明らかにドラゴンなんかよりもよっぽど危険度が高いのにな?」


「そ、それは・・・・・・・・・」


 フンワリキシチョウ。ひよこカラーに染めたシマエナガを丸々と太らせ、甲冑をかぶらせたような見た目の、可愛らしいモンスターだ。そんな彼らは高度な連携で狩りを行い、さらに独自の文明を築きつつも人語を理解し、操るという特徴まで備えている。にもかかわらず人類をいたく嫌っているため、交渉などは一切応じない。さすがに個々の戦闘力はドラゴンよりは下回るが、言葉が通じる分質が悪いだろう。


 にもかかわらず、これまでに討伐命令が出ないのは、その「希少性」及び「生態」ゆえだ。彼らはピンチになると自身の魔力を瞬間的に増幅させ、あたり一帯を木っ端みじんにする「自爆」という切り札を持つ。これによって自身が狩られ素材にされる前に自ら命を絶ち、跡形もなく消えるという、ある種の「騎士道」に通じる精神を持つのである。そのため、彼らが意思を持って攻め入るような事態にならない限り、冒険者ギルドは決して手出ししてはならないという決まりがある。そしてそんな事態になったことは今までに一度もなかった。


 そもそも人間とかかわりを嫌うがために、人間に対して害になることはめったに起こさないという点だ。嫌うのであれば手出しするのでは?と思うかもしれないが、関わることすら嫌う彼らには、自分たちから手出しさせる口実を作ることになることはわかり切っているのだ。故に、好んで人間に関わろうとするものはそうそう居ない。


 そして「現時点で害を及ぼさないため討伐されない」という特徴は「クラヤミマモリドラゴン」にも共通する。このドラゴンはダンジョンの最下層に巣を作り、そこで静かに暮らしていただけの存在だった。故にギルドはダンジョンを封鎖するという形で、そのドラゴンの住処を荒らさないようにしていたのだ。


 にもかかわらず、優太たちのパーティはそこに押し入り、あまつさえ殺してしまった。巷ではそのドラゴンの種族が知れわたっていないため英雄視されているが、実情を把握しているギルドとしてはとんでもない大罪に頭を悩ませることとなる。


 少年がこの町に来たのも、まさにその「罰」を与えに来るためなのだ。


「アンタらは人類という”種”を守るために闘っているんだ。なのに見た目がかわいい種は残して、ほかの種は滅んでもいいだなんて、よくそんな倫理観が持てるな。俺が言えたことではないが・・・・それがアンタの騎士道ってことか」


「うう・・・・・・・・・・・」


 痛いところを突かれたマリーは居心地が悪そうな顔をしており、構えた件の切っ先を力なく地面に垂らした。


「どうすれば・・・・・どうすれば・・・・・ユータ様・・・・・」


 そして少年は、うつろな目をして彼の名を呼び続けている少女、ミシェルの元に歩み寄った。


「こちらで調べさせてもらった。お前は”英雄の居城”の侍女として仕える自動人形なんだって?」


「・・・・・・・・・・・・・」


 思考が停止しかけているミシェルは、何も言わない。


「差し支えなければでいいが、教えろ。お前たちにとって、”英雄”の条件ってなんだ?」


 少年はできるだけ厳しく、そして威圧しない口調で問いかけた。


「・・・・・時代を切り開き、弱きを救い、巨悪に決して屈しない者・・・・・それが我々の定める英雄の・・・・・”主”のあるべき姿です」


 ミシェルはあっさりと答えた。元々人類の模範となるべき存在であるため、隠す必要がないというのもあるが。


 そんな彼女に、少年は嫌見たらしく尋ねる。


「本当にそうか?」


「・・・・・・・・・・!?」


 ミシェルはバッ!!と少年の方に勢いよく振り向いた。その表情には怒りが現れている。


「この方は、まさしく英雄でした!!いかなる困難も切り開き、幾度となく巨悪に立ち向かい、退けてきました!!そしてか弱い私たちに、手を差し伸べてくださいました!!この方を愚弄するなんて———————」


「それ、全部”スキル”のおかげじゃないか?」


 少年の一言に、ミシェルは黙り込んでしまった。


「”いかなる困難を切り開き”は”時空斬”で物理的に切り開いてきただろ?そりゃ”時空ごと切り裂く”なんてことされたら、どんな奴だってイチコロだろうよ。”幾度となく巨悪に立ち向かい”?どんな奴と戦ってきたか知らんが、こっちで確認しているのは”盗賊団の撃退””難関ダンジョンの踏破””騎士・戦士たちとの決闘””ドラゴンの討伐”ぐらいしかしらんぞ?少なくとも盗賊は巨悪と言えるほど大層な者だとは言いがたいし、ダンジョンも決闘もドラゴンも、巨悪どころか善悪の概念すら必要性に疑問を感じるんだが、どうかね?」


「ですが、あの方は_______」


 ミシェルも言い返さんと大きく息を吸った。その矢先に、


「”か弱い私たち”か。英雄の条件の”弱きを救い”っていうのは、結局自分たちだけだったんだな」


「!!」


 少年の核心を突く一言を突き付けられてしまった。ミシェルはその言葉の矛先を失い、黙り込んでしまった。


「・・・・お前たちが自動人形で、”英雄の居城”こそが自分の世界だってことはわかり切っちゃいるつもりだが、それでも下界におりて色々学んだのかとは思ったんだよ。でも、これだけははっきり言う。”弱きはお前たちだけじゃない””そもそもお前たちは弱くない”。・・・・・・・こいつが本当に弱きに手を差し伸べるような奴なら」


 そういうと、あごでミシェルの背後を差した。ミシェルもアリアも、マリーもそれにならってそっちを向くと、


「あいつこそ救われなきゃいけないだろ。こういう奴に手を差し伸べてこそ、俺は英雄だと思うがね」


 甲冑を身にまとった騎士二人に取り押さえられた、クロウリィが立っていた。


「アンタも、なんで黒魔法を使うなって言ったそばから使うんだ。又寿命が縮んでるじゃねぇか。おかげでこいつの討伐に専念できたけどさ」


「ハッ、これでも復讐にささげた身ではあるもんでね。せめて一矢報いたかったわけよ」


 力なく笑うクロウリィの首から顎にかけて、紫色のあざが伸びている。黒魔法を使った代償だ。しかし、その顔はどこかすがすがしさを感じさせる。


「わかるか?この魔導士クロウリィは一度そこに倒れている転生者にコテンパンにやられている。”世界有数の魔導士が異世界人に負けた”っていう汚名を背負って生きる羽目になっちまった。だから、黒魔術に手を染めた。・・・・・・こうなる前に、何か一つ、こいつに施してやればよかったんだ。”いやぁすごい手ごわかったよ。僕じゃなきゃやられてたね”とかな」


「オイ、俺には煽られているようにしか聞こえんぞ」


「・・・・・・・・・え?」


 クロウリィが眉間にしわを寄せてすごみ、少年が初めて困惑するような表情を見せた。それでも、クロウリィは少々楽しそうにも見える。


「・・・・・・・・まあとにかく、本当に救いの手を差し伸べられる奴ってのは、負けた相手にも敬意を払える奴のことだ。”スキル”に頼りっきりの赤ん坊にできるはずのないことさ・・・・・・俺もできないがね」


 そういうと、足元にあった奇怪な武器「ローターエッジ」を拾い、甲冑を着込んだ騎士たちに向かって叫んだ。


「A班は目標の回収、B班はそのパーティメンバーの確保!C班は現場の痕跡の調査、D班はクロウリィの送還、以降は現場の規制と事情説明!」


 少年が指示を出すと同時に、騎士たちが一斉に動き出した。何人かの騎士は優太の亡骸を丁重に抱え上げ、数人の女騎士は力なくうなだれた少女たちを取り押さえる.

そしてどこからともなく現れた学者のような男女が、床に広がった血液や、戦闘で出来た地面の傷などをチョークのようなもので囲い、さながら「現場検証」のようにメモを取ったり、モノクルのような眼鏡を通して観察したりしている。


「はい、皆様!!まことにご迷惑をおかけしております!!現在行いました戦闘により、酒場前は一時封鎖させていただきます!!しばらくの間調査を行いますので、立ち入りは禁止いたします!!まことにご迷惑をおかけしま_____」


 赤い髪をポニーテルにした長身の少女の騎士が大きく手を振りながら、野次馬に向かって叫んでいる。彼女の内容を現す通り、騎士たちがバリケードを次々と張っていく。


 そしてその横で、少年は薄い金属の板を取り出し、それの表面をなぞった。その表面に幾何学的な模様が浮かび上がると、耳元に添えた。


「こちら、トーヤ・グラシアルケイプ。ただいま目標の”棚餅優太”の討伐を完了した。直ちに本部へ帰投する—————————」


 この世界にまだ一般的には流通していない技術。その一端を扱う彼らや、転生者相手に一方的に有利な戦闘を展開していた姿。それを見ていた聴衆の一人が、驚いたように大声を上げた。


「思い出した!!あの戦い方、異世界の英雄”のみ”を討伐対象とする、噂の———————」


 少年——————————トーヤは「通信」を終えると金属板を再び操作し、表示された「映像」を確認した。不愛想な表情ではあるが、満足そうにうなずいた。そこには「転生者」棚餅優太の亡骸が映っていた。少年は歌うようにつぶやいた。










お楽しみ無双は来世に期待しな」


「対転生者特別防衛機関”転生者殺しヴィジターキラー”!!」

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