ヴィジターキラー

戯言ユウ

第一部 少年期編 

第0章 プロローグ

第0-1話 プロローグ


「「「「カンパーイ!!」」」」


 とある町の酒場に、グラスを打ち合わせる子気味のいい音が響き渡る。


「ついにあのドラゴンを倒すなんて、さすがユータね!!」


「ともに旅をできることが、誇らしいな!」


「英雄の名にふさわしいご活躍でしたよ」


「いやぁ、そうでもないよ」


 3人の美少女たちに囲まれ、照れくさそうに頭を掻いているのは、ユータと呼ばれる少年だ。


 彼は今回の依頼クエストで、世界観上最も強いとまで言われているモンスターの一角「ドラゴン」の討伐を見事果たしたのだ。ドラゴンを討伐できたものなどこれまでに数えるほどしかなく、その偉業を達成した者は「英雄」と称されるのだ。そしてユータもまた、その名を連ねることになったのだ。


「さあ、次の場所だけど・・・・・」


「ええ、我らがヒューマノイドの本拠地”英雄の居城”です」


「ついに、か・・・・・・」


 ユータはその決意を新たにするように、ぐっとこぶしを握りこんだ。


 我らがヒューマノイド、と言ったのは「ミシェル」。彼女は人間ではなく作り物の体に魂を吹き込んだ自動人形オートマタであり、彼女たちが住まう場所こそが天空都市「英雄の居城」である。そしてその城の主であり、彼女らヒューマノイドを従える者こそが「英雄」である。


 そしてその「英雄」の素質を持つ者。それがこの少年、ユータであった。


「でもさ、ここからどこまで行くの?」


 ユータに怪訝な顔をして尋ねた少女は、「アリア」という。彼女はユータが初めて冒険者ギルドに加盟した際に、当時からバディを組んでいるパートナーだ。彼女のジョブは「ウィザード」。主に回復や補助魔法を得意とする後方支援職だ。


「まあ、観光がてらゆっくり町を経由しながら目指すよ。・・・・きっとイイお店もあるだろうしね」


 といって、いたずらっぽい視線を豊満なボディを持つ少女「マリー」の胸元に向けた。


「なっ・・・ユータ!こんなところでそんなことをいうものではないぞ!」


 顔を赤らめながら豊かな乳房をかばう少女は所謂「壁役」であり、敵の注意をひきつけ、仲間を強力な攻撃からかばう役割を持つ。そんな彼女のジョブは「ガーディアン」。彼女の役割にはうってつけの職業だ。


 しかしそんな鉄壁の守りを誇る彼女だが、顔を赤らめるその様子には心なしかまんざらでもなさそうな、寧ろ何かを期待するような素振りさえ見えていた。


「もう・・・・ユータのえっち・・・・・」


「ユータ様。今回の”夜営”はどこでなさるつもりなのでしょう?」


 ふくれっ面のアリアと、無表情なミシェルも、ユータの「その」意向をくみ取った。人間のアリアやマリーならともかく、自動人形のミシェルが口にするには無理があることのように見える・・・・が、彼女ら「ヒューマノイド」には主人を慰めることも重要な仕事である。生殖機能はないものの、そういった「行為」を行うだけの機能は持ち合わせている。


 それ以前に英雄の子種を体内に摂取する行為は自身の「レベル上限」を開放することのできる貴重なものであるため、彼女たちにとっては妊娠のリスク(とはいうが英雄の子を成すことは寧ろ誉れあることである)を犯してでもヤらないわけにはいかないことだった。


 と・・・・・・・


「よう。覚えているかな、英雄さん」


 カツン、とわざとらしい靴音を立ててユータに話しかけたのは、陰険な雰囲気の男だった。


「ドラゴンの討伐を成し遂げたとかでお祭り騒ぎじゃないか。ずいぶん鼻が高いことだろうよ」


「なんだ!ユータ殿に用があるのか!?」


 ガタリ、と椅子を倒しながらマリーは立ち上がり、両手剣を構える。彼女だけではなく、酒場にいた周りの人間も、何事かと野次馬に来ている。


「用がある・・・・というより用しかないね・・・・」


 ヘヘ、と力なく笑うと、その隈の浮いたいびつな顔をさらに歪めた。


「当たり前だろうが!!そこのクソガキにテメェの人生潰されたんだぞ!!やることなんざわかり切っているだろうが!!」


 男は激昂しながら右の手のひらをかざし、紫色の禍々しい炎をユータに放った。


「!!」


 ユータは慌てて顔をかばったが、その炎は彼に近づくや否や急に拡散し、角で包むように彼を飲み込み、ゴウッ!!と燃え上がった。


「きゃあああ!!ユータ!!」


 アリアはその様子を見て、絶叫した。周りの取り巻きもどよめいている。


「・・・・!!”リフレッシュ”!!」


 ミシェルは両手をその紫炎に向けて、緑色に光る粒子をユータにふりまき始めた。


 が。


「・・・・・消えない!?」


「ハハッ、そりゃそうだろうが」


 縮れに縮れた長い前髪をかき上げながら、男は歪に笑った。


「”ヘルファイア”はただの状態異常魔法じゃねぇ・・・・標的に取り付いて半永久的に燃え続ける”黒魔法”なんだよ!!”スリップダメージ”を”状態異常回復魔法”で治せるわけねぇだろ!!」


「黒魔法?!・・・・・なんてことを!!それは人道から外れた禁忌の魔法よ!!そんなことをしたら・・・・」


「ああ、そうさ。おかげで俺は余命幾許も無い・・・・仕方ないよなぁ」


 男は不気味にグラグラと頭を揺らしながら笑った。その表情は—————彼女らには感じ取れなかったが———————どこか悲しげだった。


「そいつの”超回復”。ありとあらゆるダメージを回復させ、状態異常さえ瞬時に無効化しちまう。だったらもう、”半永久的に続くスリップダメージで苦痛を与え続ける”・・・・・もうそれしか無いだろうが」


 そう、「超回復」。これがユータを英雄たらしめている「チート能力」だ。これの存在のため、如何なるダメージを負ったとしても瞬時に回復させてしまう。たとえ即死するようなダメージを負ったとしても、その即死すら回復させてしまう、という恐ろしいものだった。


 倒れることも、ひるむことも知らない戦士。それは敵にとっては恐ろしい者であり、勇ましいその姿は仲間に「英雄」と見えるだろう。


 だから男は、否、「彼」は、「痛みを与え続ける」ことにした。そしてその手段を得るため、自分の命を差し出したのだ。完膚なきまでに叩きのめされ、自身の生きるすべをその力に潰された彼は、ただ「復讐」のみを考えるようになった。


 だが。


「甘く見られちゃ困るな」


「!?」


 燃え盛る紫炎の中から、凛とした声が聞こえた。そして次の瞬間、ズバァ!!と炎が裂け、無傷のユータが現れた。彼の右手には一振りの剣が握られている。


「な・・・・なんで・・・・お前・・・?!」


「簡単な話だよ・・・・”ステータスオープン”!」


 紫炎の大部分を切り払ったが、それでもなお彼の体に禍々しい獄炎はまとわりつく。しかしユータは涼しい顔をしている。そんな彼が右手をかざすと、虚空にブゥン!!と青く輝く「窓」が現れた。



 棚餅 優太

 職業:勇者

 Lv.86

 HP:5644/5648

 MP:4320/4320

 攻撃:4350

 防御:6538

 知力:2

 精神:5496

 敏捷:2489

 幸運:7536

 スキル

 超回復

 時空斬


 備考

 異世界から来た勇者。ありふれた日常に退屈していたところ、トラックにはねられて死亡した。その後女神の導きにより異世界転生を果たし、第二の人生を歩んでいる。



「うそだ・・・・・き、効いていない・・・・・?!」


 正確には、下三桁が絶えず変化し続けている。だが少し減ったかと思うと瞬時に最大値まで戻り・・・・・を繰り返しており、実質的には全くダメージを与えられていない。


「僕の”超回復”は毎秒1000回復させる。そして君の”ヘルファイア”は毎秒564のダメージを与える・・・・・つまり、君の攻撃力を、僕の回復力が上回っているんだ」


「そ、そんな・・・・・・・・」


「さらに」


 と、ユータ・・・・否、優太はヒュン、と軽く剣を振るうと、彼にまとわりついていた紫炎が吹き飛び、跡形もなく消えた。


「僕のこの”時空斬”は、一瞬空間を切り裂いて疑似的な”壁”を作るんだ。これを応用すれば・・・・・・こんな風にスリップダメージの起きる空間を切り離すこともできるんだ」


 優太の持つ圧倒的な力に、男は力なくその場に崩れ落ちた。


 こんな化け物に、勝てるわけがない。


 そんな考えが、男を支配していた。


「ユータ!!そんな男やっちゃいなさい!」


「正義の鉄槌を!!」


「いいぞいいぞ!!」


「やっちまえー!!」


 いつの間にか優太の仲間や、聴衆がヤジを飛ばしていた。英雄に歯向かう悪党は討たれて然るべき。そんな認識なのだろう。


「あの時は手加減していたけど・・・・僕の命が危ないからね。覚悟しておいてよ」


 スウ・・・・と優太は剣を頭上に掲げ、再び「時空斬」を放とうとする。先ほどとは違う、渾身の一撃を。


「時空ざ————————」


 と、剣を振り下ろそうとした、その時だった。





 ドゴォ!!と、凄まじい勢いで優太が背後から吹き飛ばされた。






「?!?!?!?!?!」


 優太はわけもわからないまま、きれいに酒場の扉を突き破り、外に転がり出た。


「・・・・・・・お客様。酒場での”スキル”の使用はご遠慮ください」


 嫌悪感をむき出しにした声が、先ほどまで優太がいた場所のすぐ後ろから発せられた。そこには白い少年が立っていた。


 色あせた様な金の長髪に青い瞳、白い肌。一目見ただけで細身であるとわかるその体を包むのは、白地に金の刺繍で縁取りをしたロングコートを着ている。その下には黒いシャツに黒いスラックスを着ており、「魔術師」とも「聖騎士」ともとれる格好をしていた。そんな彼の背中には、変わった形の剣が背負われていた。


 普通の剣にあるはずの「柄」がなく、代わりにやたら大きい金属の塊がついており、そこに金属の棒で取っ手をつけている、さらに「切っ先」から「峰」にかけて大部分を金属のカバーが覆っており、そこにも取っ手がついていた。一見して、かなり取り回しにくそうな武器だった。


「な・・・・・・え・・・・・?!」


 その場にいた全員が、その出来事に呆気に取られていた。何しろその少年は、先ほどまでそこにはいなかったのだから。


「そこのアンタ。悪いことは言わない。もう二度とその”黒魔術”は使うな」


「・・・・・・・・?」


 ローファの靴底が酒場の木の床を踏みしめる度、コツ、コツと音が鳴る。


「黒魔術は確かに己の命と引き換えに発動を可能にし、使用することができるそうだ。・・・・・だが、使わなければ命の消費は抑えられる。その前に”エクソシスト”に清めてもらうといい。今なら、まだ間に合う」


「あ、あんたは・・・・・・・」


「名乗るほどの身分ではない。それより復讐に人生を捧げるなんてことはよせ。”魔導士”クロウリィ」


「・・・・・・・・・・・・」


 その男・・・・・・クロウリィとその他大勢の視線を背後に受け、少年は扉がさっきまであった場所を、悠々と通り抜けていく。


「悪かったな。つい”脚力強化”して蹴っちまった。まあ・・・・・立てるだろ?」


「な、なんなんだ、君は!!」


 優太は腰を抑えながら、よろよろと立ち上がった。彼の抑えている場所には、薄く霜がかかっており、対峙している少年の右足にも、うっすらと氷の結晶が付着していた。


「”棚餅優太タナモチユウタ”。お前のこれまでの活躍は聞いている」


「え?!なんで、僕の名前を知っ———————」


「名誉棄損」


 優太はこれまではその独特な発音からか、「ユータ」としか呼ばれてこなかった。そんな彼は「本名」を呼ばれたことに非常に新鮮に感じられ、そして同時に嫌な予感もしていた。


 そして、直後に少年の言った一言に、心臓を握りつぶされるような感覚がした。


「これまで何人もの高名な騎士や戦士を悉く打ち破ってきたお前だが、その多くはお前自身の力ではなく、”転生時”に授かった力だということが判明している。・・・・・もらい物の力を振りかざすのは楽しいか?」


「うっ・・・・・・・」


 確かに優太は数々の騎士や戦士の決闘を受け、その全てを打ち倒してきた。だがその内心、自身の「超回復」のスキルに依存していたことも、少なからず感じていた。


 そしてその力は「転生時」に女神から授かったものだということを、本人は今の今まで「忘れていた」。


 さらに。


「不可侵領域の不法侵入」


 追い打ちをかけるように、少年はその「罪状」を告げる。


「本来であればまだ入ることのできないはずのダンジョン。そこにお前たちは勝手に侵入した。わかっていながらもさして止めなかった女も女だが、お前は仲間の制止を振り切って侵入したな?今回討伐した”ドラゴン”だって、本来は討伐命令も出ていなかったはずの種類だ。・・・・・・この辺りは魔獣保護法違反だな」


 次々と優太の犯した罪状を述べながら、少年はコートの内側から一冊の本を取り出

した。その表紙には、「異世界転生したら死に掛けた件について~チート能力で成り上がれ~」と書いてある。


「で、お前を英雄視した奴らが勝手に作ったらしい書籍があるんだってな。・・・・・中身が何にもない、くだらない三流小説だったよ」


 少年は心底いやそうな顔をしながら、手に取った本をパキパキパキ・・・・と凍らせていく。


「・・・・・なんとなく察しているだろうが、俺は”転生者”が大嫌いなんだ。テメーの元の世界での生活が飽きたからって、なんでこっちの世界の奴らがみじめに扱われなきゃなんねぇんだよ!」


 少年は叫びながら、本を目の前に放り出した。


 そして、背中から変わった形の剣を抜き、構えると、





「こんな下らねぇ偽英雄譚ライトノベル、打ち切りにしてやる!!」


 踏み出すと同時に本を踏み抜き、粉々に砕いた。





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