第13話 モーガン
ナーリャガーリ大帝国。その中には緑豊かな森林エリアが存在する。その一角に、モーガンは住居を構えていた。何十人もの召使いを住まわせたその絢爛豪華な屋敷は緑の中では特別目立つが、不思議と浮いている感じはしない。
その3階建ての建物に、「転生者殺し」は訪れていた。
「いやはや、来てくださりありがとうございます!」
「いえ、貴方様の危機とあらば、馳せ参じます」
短いブロンドの髪をなでつけた中年太りの男性と、色あせたような金髪の痩身な少年はがっちりと握手した。少年は屋敷に務める執事達と同じ格好をしており、その長髪を後ろで結んでいる。
「わあ・・・・・すごいところ・・・・・」
「マナ。あまり人の家をじろじろと見るものではありませんよ」
「まあ、そう言うな。彼女はこう言う屋敷を見たことがないのだ」
トーヤの後ろに並ぶのは、マナとゲイボルグ、そしてエミリアだ。マナとゲイボルグは同じく務めるメイド達と同じ格好をし、エミリアは普段の重装備でこの場所を訪れている。そしてその後ろを、同じく「転生者殺し」の騎士達が整列している。
「さて、早速ではあるのですが、どのような経緯で襲撃を予測したのでしょうか」
トーヤは早速、目の前の男性______モーガンにことの経緯を尋ねた。
「ええ。うちの専属の“占い師”が襲来を予知したこと、そしてうちの“警備システム”に若干の痕跡があったことがきっかけですね」
モーガンが言うと、彼の後ろから紫のヴェールに身を包んだ女性が歩み出て、その内容を明かした。
「はい、確かに旦那様の身の危険をほのめかす予言が降りたのです。“異界より現る勇者をも超える影縫人が、7日後の夜に鋳神の命を脅かすべく忍び寄る”と言葉を授かったのです」
「ちなみに、その言葉が出たのは、いつ頃の話ですか?」
「・・・・・5日前です」
「とすると明日の夜ですか・・・・予想以上に時間がなさ過ぎますね」
うーん、とトーヤはうなった。先日の大間当司の件で大幅に時間を費やしてしまっていたため、初動が遅れに遅れてしまっていた。厄介な次期に重なってしまった、とトーヤは心の中で毒づいた。
「あの、エミリアさん。“占い師”ってどんなお仕事なんですか?」
「こら、ここで聞くものではありませんよ」
「その話は後にしよう。まずは事情を聞くのが先だ」
マナはエミリアに尋ねたが、二人にたしなめられた。それを聞いていたモーガンは、はははは、と笑った。
「いえいえ、かまいませんよ?このように好奇心旺盛な娘さんは、私は好きですね」
ごほん、と軽く咳払いをすると、モーガンは懇切丁寧に説明し始めた。
「お嬢さん。“占い師”というのはですね。ある人物の魔力を取り込んで、それを媒体として“何が”“どんな感情を”“どのように向けているのか”を感じ取り、それからどんな結果が得られるのかを逆算する専門家なのです。“占い”とは言いますが実質的には“事象予報士”とも言えますね」
「???????????」
小難しい単語が連続で出てきて、マナは頭の中が疑問符が一杯になった。
「要するに、“その人に関わろうとする奴が、どんなことを起こしかねないか”っていうのを予測する仕事、というわけだ。厳密に言えばその時の占い相手のコンディションや、気候と言った様々な要因が関わるからこんなに単純には行かないが、こんな感じに理解しておけばいい」
「す、すごい・・・・・・・」
トーヤの補足説明で、マナはなんとなくだが理解することができた。言葉だけでは簡単すぎるが、やっていること自体はすさまじく高度であることは容易に想像が付き、思わず感嘆した。
「しかし・・・・良く侵入の痕跡が見つかりましたね。私はてっきり残さないものかと・・・・」
トーヤは占いよりも、むしろ「痕跡」の方に興味を示していた。潜入などで自分がその場にいたことを残すと言うことは、自ら自分が潜入しようとしていることを言いふらすようなものだ。暗殺者にとっては自殺もいいところだ。
「ああ。これはうちの“防衛システム”の賜ですよ。うちでは“魔力検知型”と“物理干渉型”を同時運用しておりましてね」
「・・・・・?“魔力検知”?“物理干渉”?それは一体・・・・・?」
しかし、トーヤ自身が質問をしたにもかかわらず、モーガンの言葉を理解できなかった。トーヤはあくまで「執行部隊」であるため、専門的な技術などに精通はしていないのだ。
「ええ。これは侵入者の探知を行う術式です。“魔力検知型”は侵入者の発する魔力を検知するもので、“物理干渉型”は逆にこちらから発した魔力の反射を利用した探知方式です」
「魔力の反射・・・・・成る程、ソナーのようなものか」
「そういうことです」
「「「・・・・・・・??」」」
多少なりとも技術的なものを心得ているトーヤはなんとなく理解できたが、そういったものに疎いマナ達は置いてけぼりを喰らい、きょとんとしていた。
「しかし・・・・・“アサシン型転生者”の大半は“隠密”“偽装”といった敵側の探知を撒く手段をほぼ確実に搭載しているはず・・・・・なぜ解ったのですか?」
「それは、このシステムを併用していたからこそ、解ったのです」
「といいますと?」
「要は、二種類の観察結果の“ずれ”から生じたものです。“物理干渉型”での観測結果では敷地の森の木々が不自然に揺れていたり、草が倒されたりしたのです。しかし“魔力検知型”では一切の魔力の発生を感じられませんでした。自身の魔力を第三者に検知されない様なモンスターはモンスターは数多おりますが、その動きは明らかに“何かを探っている”様なものでした。この結果から、一度敷地内に侵入者がいたと結論づけたのです」
「占いの結果やこちらが独自に集めた情報を併せて考えると、そうとしか考えられませんね」
「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
なんだか熱の入っている二人の会話に、一同はぽかーんとしている。
「・・・・・・・旦那様は、こういった込み入った話題になりますと、なかなか止まらない方でして・・・・・・・」
占い師の女性が、苦笑いしながらフォローした。
「は、話の途中で申し訳ございませんが、我々は警備に当たって、どのようなことに留意すればよろしいでしょうか?」
このままだとなんだかよくわからない方向に話が脱線しそうだ、と判断したエミリアは、トーヤとモーガンの話に割って入った。
「ええ、そういえばそうでしたね・・・・・もちろん、館の仕掛けなどもフルに使っていただいてもかまいません。多少の損害も覚悟しております故、思う存分戦闘していただきたい」
「な?!」
「・・・・・・・・・?」
モーガンの発言に、一同に動揺が走る。その声を間近で聞いたトーヤは言わずもがな、エミリアやゲイボルグ、さらには彼女らの背後に控える騎士達からもどよめきが立つ。
唯一何も言わずに小首をかしげているのは、ことの重大さが解っていないマナ一人だけだった。
「いいえ、Mr.モーガン。お気遣いはありがたいですが、貴方様のご尊宅に傷をつけるような真似は・・・・・・・・」
「いや、お気遣いしていただいているのはあなた方でしょう」
と、モーガンは慈悲深いまなざしで、トーヤの手を取るのだった。
「しかし、今回はうちの占い師の言うように“転生者”が仕掛けられると言います。彼らが相手では多少の損害も覚悟の上です。それに・・・・・・」
「それに・・・・・?」
トーヤは、モーガンが握る手から、何かを感じ取った。
「私は、まだ死ぬわけにはいきません。この国を、ひいては世界を平和に導くために、私はまだやるべきことがあります。この命を散らすわけにはいかないのです」
「・・・・・・・・かしこまりました。お言葉に甘えさせていただきます」
深刻そうな面持ちで、トーヤは答えを返した。握られていた手を握り返す。
「では、早速打ち合わせと行きましょう。Mr.モーガン。貴方様にも参加していただきたい」
「わかりました。では、私の執務室にご案内しましょう。そこで明日の夜に取るべき手を考えましょう」
「かしこまりました。・・・・・・マナ、エミリア、ゲイボルグ。Mr.モーガンに同行するぞ。ほかの奴らは見取り図から各々見張りの手はずを確認しとけ」
「あ・・・・・はい!」
「「はっ!」」
モーガンに続く形でトーヤ、その後ろをマナやエミリアが続く形で後を追う。彼女以外の騎士達は、モーガンの召使い達から見取り図を受け取り、各自で分担して見回りに回ろうとする。
明日の夜、短い時間で行う防衛戦に向け、各自舵を切る。
「さて、案配の方はいかがですかな?」
ナーリャガーリ大帝国の、どこかの建物。暗闇の中にわずかな明かりだけをともし、彼らは取引の最終確認をしていた。
「まあ、なんとかうまくやってみせるよ。それよりも、これを成し遂げれば俺は“元の世界に帰れる”んだよな?」
「ええ!保証します!是非とも保証しますとも!」
すっぽりとフードをかぶった男性は顔も見せず、それでいて上機嫌でかぶりを振った。
「その代わり、絶対に成し遂げてくださいね?出ないとワタシ、痛い目に遭わされてしまうので」
「そんな事情は知らねーけどな」
少年は脚を組んで、面倒くさそうにうなだれた。少年は全身黒ずくめで、首には風にはためくマフラーを巻いている。
「それにしても、ワタシは運がいいです。かの“勇者”なんかよりも断然強いという噂の“
「俺はそんなに目立つつもりはなかったんだけどな・・・・・」
少年は元々、異世界の帝国「ニホン」の学生だった。彼の所属するクラスごとこちらの世界に「召喚」されたのだ。その際に召喚者の神父から力を授かったのだが、その力がどのクラスメイトよりも頭二つ分ほど抜けていた。おかげで本来クラスを導くはずの「勇者」の少年よりも活躍してしまい、クラス内でパワーバランスが偏ってしまった。始めこそその戦闘力に頼りにされていたが、次第にクラスメイト達が少年の活躍ぶりに嫌気が差すようになり、次々とクラスを離れていくようになってしまった。中にはやけっぱちになってモンスターに突っ込み、そのまま帰らぬものとなったクラスメイトもおり、文字通りの学級崩壊を引き起こしてしまった。
そんな彼は責任を感じてクラスを離脱したが、そこを暗部のものにヘッドハンティングされたことで、いよいよ人としてのまっとうな道を外すこととなった。「元の世界に返す技術を持つ奴に会わせてやる」という条件をのみ、少年は様々な要人を暗殺する羽目となった。始めこそ人の命を奪うことに躊躇していたが、なれてくるうちにそういった罪悪感も薄れ、名実ともに「暗殺者」となったのだ。
そして彼は、「元の世界に戻る」という目標のため、暗殺を決行する。
「しっかし・・・・・こんな人を殺しちまって大丈夫なんか?この人は“天界”の技術を支えている人じゃなかったか?」
少年は以前クライアントから受け取った、ターゲットの顔写真やプロフィールが載っている資料を懐から出す。そこには、「鋳神モーガン」の姿が写っていた。少年も最小限はこの世界の情勢については調べている。だからこそ、少年はこの人物の持つ影響力を危惧していた。
「いえいえ、その点は大丈夫です!むしろ彼こそが最も邪魔な者ですから!!」
「・・・・・・・・?」
クライアントの意味深な発言に、少年は眉をひそめるが、これを聞いたところで答えが返ってくるわけでもない。
「まあいいや。兎に角、俺は俺で任務を遂行させてもらうぞ」
「ええ!吉報をお待ちしております!!」
といって、両者ともに席を立ち、互いに暗闇に溶け込み、消える。
「(さて・・・・・・・明日の準備をするか)」
少年_____「不可視の兇刃
明日、その決戦の火蓋が切られる。
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