第7話 大間当司拘束作戦 開始
フンワリキシチョウたちが冒険者ギルド「エンデ」に搬送されてから1週間。カーム村のある家族が食事をしていた。
「マナ、最近あんまり外いかないわね。山菜取りも前に比べてずいぶん早く帰ってくるようになったし・・・・・やっぱりモンスターに襲わたから?」
「え?う、ううん?そんなことないよ?」
マナは手を左右に振って、母親の言葉を否定する。彼女はモンスターに襲われたからだと思い込んでいるが、実際にはぴよちゃんたちの手当てをするために奔走していたためであって、今彼らはギルドで治療を受けている。以前は精力的に彼らの元に通っていたが、もうその必要もないので森に行く頻度も減っている。
「(あの子たち、大丈夫かな・・・・・・・)」
マナは、ギルドに搬送された彼らのことが心配だった。一命はとりとめたとはいっても、やはり不安は残る。可愛らしい外見の彼らだからこそ、余計に心配になる。無論恐ろしい外見のシロちゃん(ドレッドファングの特異個体)のことも大切だし、森のモンスターたちもれっきとした生き物だと理解している。
だからこそ、彼らをあんなひどい目に合わせた冒険者が許せないのだ。彼女自身、冒険者がどういう者なのかはわかっているつもりだ。だが、ドラゴン(実際にはタツモドキ)を計6体焼き殺しているうえに、あの惨状を目の当たりにしたのだ。彼女にとって、冒険者というものの印象はかなり悪くなっている。
それが「異世界から来た余所者」の仕業であれば、なおのこと。
「そういえば、マナはこれから先、どうするんだ?」
「お父さん・・・・・・」
ショリショリ、と野菜をほおばりながら男性____マナの父親が問いかけた。
「マナももう14なんだから、いい加減そろそろ自分の将来のことを考えた方がいいぞ。冒険者になる・・・・というのは危ないからおすすめはしないけど、それ以外だったらお父さんは何でもいいぞ?欲を言えば、お婿さんを連れてきたらお父さんは泣いて喜ぶけどな」
「もう、お父さんったら・・・・・このご時世、お婿さんを連れてくるなんてできないでしょ?誰かに嫁ぐしかないじゃない」
希望的観測を口にする父親に、母親が苦言を呈する。
男女差別、というものが染みついているわけではない。古来より男性は戦、女性は家事を行ってきた。戦で成果を上げた男性には土地を与えられ、さらに自身の家来を得ることができる。そうして力の増していった男性は次第に支配権を大きくしていき、やがて一国の「王」となる。そうして歴史が繰り返されてきた中でのある種の「俗習」であり、父親や母親の認識がそれに由来する、というのは何となくはわかっている。
「(将来の夢か・・・・・・私、何になりたいんだろう)」
マナには未だに、何がやりたいのか定まっていなかった。母親はアイテム屋、父親は国の警備兵をやっている。このまま順当にいけば母親のように店を継ぐことになるだろう。だが、それも成り行きに任せた結果であり、マナ自身に主体性はない。
では父親の言葉に反して冒険者になるのはどうだろうか。確かに冒険者のライセンスを発行できるのは13歳からであるから、まだマナは初めてもおかしくはない年齢だ。だが元々冒険者を目指しているものは、すでに1桁のころから家なり養成学校なりですでにそれ相応の基盤を完成させている。自分ぐらいの年で始めるのは遅いとさえ言われている。
そして何よりも、これまで盛りのモンスターたちと心通わせてしまっていることと、すでに目撃してしまった事件のことが何よりも大きすぎた。彼女にとって無実でしかないモンスターを手にかけるのはこの上ない苦行であり、心折れてしまうのは目に見えている。
「そうね・・・・例えば、”ギルド職員一週間お試しツアー”みたいなの無いかしら・・・・・でもさすがにこんな村にそんな募集が来るわけ・・・・・」
「・・・・・ないな。余程のツテがない限り、無理だろ。こんな田舎に募集をよこすなんて、よっぽどのことがない限りはありえないね」
と、冗談交じりに両親がそう話し合う。本人たちはまともに考えてはいないだろうが、マナにとってはこの限りではなかった。
「(そっか・・・・・ギルドで働くっていうのもありかも・・・・・)」
本来、ギルドに関しては指定しか地域でしか募集せず、その範囲はナーリャガーリ大帝国にほぼ限られている。そのため、このような辺境の地から採ることはほぼない。
しかしマナには、幸運にも「対転生者特別防衛機関」という、ギルドの中でもかなり特殊な機関と関わりを持っている。しかも彼らは、自身が「モンスターと心通わせている」ということを知る、数少ない人物である。しかもモンスターを対象としないことから、マナ本人の負担はかなり減るだろう。何よりも彼女はこの機関に「モンスターの治療を行う施設と部署」があることを知っている。戦闘には参加しなくても、十分に狙える可能性はある、と願いたい。
「(あわよくば彼と一緒に・・・・・なんてね。でもこんな都合のいいことはありっこないよね・・・・・・)」
マナはそんなことを考えながら、はあ、とため息をつく。その様はまるで現実と理想のはざまに揺れる、魔法少女にあこがれる乙女のようだ。
と、その時だった。
「おーい!!インフィニアートの旦那!!いるか!?」
ドンドンドン!!と突然激しく戸を叩く音が鳴り、家族全員心臓が飛び上がった。
「はーい!!どうした!!」
と、父親が玄関に近づくや否や、バンッ!!と村人の一人が乱暴に扉を開けた。
「大変だ!!宿屋でギルドの奴らがやってきて、勇者様ともめてやがる!!なんか法律がどうとか、そんなことを言い争ってやがる!!」
と、息を切らしながら、青ざめた男性が狂ったように叫んだ。
「な・・・・・・あのガキンチョ、何やらかしたんだ!?ギルドに呼び出し食らうなんて、相当ヤバいことだぞ!?」
「あなた、勇者様はどうなるのかしら?!」
などと、大人たちはどたどたと家を出て行ってしまった。突然の出来事に、マナは気が動転したまま、彼らの後を追うように、家を出た。
「(なんなの・・・・・・?!何が起こっているの?!)」
マナは胸を焼かれるような感覚を覚えて、嫌な汗がこめかみを伝うのを感じた。
「ぎゃあああああああっ!?」
複数人の男性の断末魔が、ドガァアアアアアアアアアアアン!という爆音に紛れて響いた。宿屋の前には人だかりができており、村人たちが集まっている中心に大勢の甲冑に身を包んだ騎士が、そしとその中心で複数人の騎士が件の冒険者と相対している。
「ねえ!!当司くん!!ここはおとなしくしておこう?!私たち、絶対何かやってるよ!!」
冒険者の相方の少女が、悲痛な声色で叫ぶ。きっと彼女は自分たちが何をしたのか、なんとなくではあるが察しているのだろう。
だが。
「紗綾!!こいつらの言うことを聞くんじゃない!!”まじゅーほごほう”とか訳のわからないことを言って、俺たちを捉えようって言う算段だ!!それによく見ろ!!」
少年は騎士の一人・・・・・・正確には、その左腕を指さした。
「本当にギルドなら、ギルドの紋章の付いた腕章か何かをつけているはずだ!!そいつがないってことはギルドの人間じゃないんだよ!!」
そう。「転生者殺し」は確かにギルドの一部ではあるが、その特殊性から事実上独立した機関として存在する。そのため、ギルドの紋章ではなく、専用の紋章を持つ。
しかし、対転生者専門に動いているためその活動は表には出ず、彼らの紋章を目にする機会はほとんどない。それこそあるならば、彼らの逆鱗に触れたときだろう。そしてその機会が訪れていることに、少年は気付きもしない。
「大体、“モンスターの討伐のしすぎ”ったって、それのなにが問題なんだよ!!俺たちは冒険者なんだぞ?!モンスターを討伐して、なにが悪いって言うんだよ!!そんな法律、見たことも聞いたこともねーぞ!!」
タツモドキの大虐殺、希少種フンワリキシチョウへの明確な加害行為。これらが「魔獣保護法」に違反していることを、少年は知らない。実際は冒険者として生活して行くにつれてこういった法律を覚えなければいけないのだが、当の本人は「強くなること」しか考えていないらしい。単純にそれにしか興味がないのか、それとも「認識的な」問題で法律など存在しないと考えているのかは解らない。
だが法律に抵触し、あまつさえ「絶滅危惧種」に指定されているモンスターに手を出したことは事実だ。でなければこんな風に狙われることもなかった。
「紗綾!!戦うぞ!!」
「え?あ・・・・うん・・・・・・」
紗綾と呼ばれた少女は当司に言われて剣を構えるが、その表情にどこか迷いがある。少年と違って聞く耳を持っているらしく、「転生者殺し」の話で自分たちのしたことをおぼろげながら理解している節がある。だがそれも、当司に主導権を握られていることから、彼に従うほかなかった。
「エミリア副隊長!!確保はムリです!!この場で“処理”する方が賢明かと!!」
「そうだな・・・・・おい、冒険者トージよ、聞け!!」
赤いポニーテールの少女が、冒険者の少年に問いかける。
「これは最後の警告だ!今、投降すれば悪いようにはしない!おとなしく_____」
エミリアが、交渉を持ちかけた、そのときだった。ボゥン!!と彼女の正面の地面が爆ぜ飛んだ。当司が放った「ファイアショット」だ。
「あんたらには悪いが、ここは逃げさせてもらうぜ!!どうせどっかの魔導師か何かに雇われた傭兵どもだろう?!そんなチンケな奴らに負けてやるつもりはねぇ!!」
「チ・・・・・・・ッ?!」
少年が息を巻いて言った。どうやら少年には彼女らがただの追っ手か何かだと思い込んでいるらしい。紗綾は当司の物言いに、ぎょっとして目を見開いた。
エミリアは一瞬うつむいて歯がみした後、意を決したように叫んだ。
「一同、“フィールド”を展開!!ここで奴を処理するぞ!!」
「「はっ!!」」
彼女の声に反応して、騎士たちが一斉に距離をとる。もはや、これ以上の交渉はムリだ。そうエミリアは直感的に判断した。騎士たちは十字架型の剣のようなものを取り出し始める。
「お嬢さん、離れな!!」
「きゃ・・・・・・・・」
どこに潜んでいたのか、パンクファッションに身を包んだ男が紗綾を捉えた。一見人間にも見えるが、両腕は巨大な翼になっており、両足はかかとから先が長く伸び、その先端に鉤爪が生えた「鳥の脚」になっている。その姿はさながら「フクロウ」、この世界に住む亜人の一種「ハルピュイア」の一人だ。その男が、両脚で紗綾の両肩をつかんでいた。
「なっ・・・・てめぇ、させるか!!」
少年はその異常にいち早く反応し、右手を男に向けていた。その掌には、炎が宿っている。男はそれを見るなり翻り、すぐさま背を向けて逃げ出す。
「(くっ・・・・・・・間に合うか・・・・・・!?)」
男は冷や汗をかきながら、必至に騎士たちの集団を目指す。彼らは十字架型の器具を持ち、彼の到着を待っている。彼らの討伐対象は「大間当司」である以上、いくら共犯者とはいえ少女を巻き込むわけには行かなかった。
「食らえ、“ファイアショッ_____”」
「(間に・・・・・合わねぇ・・・・・・・・・・!!)」
当司が魔法を放つ直前、男は間に合わないことを悟った。「ライトニング」の魔法ほどではないが、それでも当司の放つ魔法の方が自身の飛行速度よりも速い。
万事休すか、と思われた、そのとき。
「と」
「させねぇよ」
ドガッ!!と思いっきり当司の脇腹に、跳び蹴りが飛び込んできた。
「がはっ?!」
当司は強烈な蹴りで大きく吹き飛ばされ、宿屋の前から強引に引き剥がされる。そして当司が居た場所を埋めるように、散開した騎士たちの一部が走り込んできた。
「今だ!!“フィールド”を展開しろ!!」
エミリアの合図で、騎士たちはその場に十字架型の器具を一斉に打ち込む。するとその器具をつなぐように赤い光が地面に走り、その場に巨大なドームを形作った。コロシアムなどよりは明らかに狭いが、テニスコートを十分包んであまりあるほどの広さを確保している。そのドームはハニカム状の防御壁を形成し、二人の人間を包み込んだ。
一人は、「大魔法の勇者」こと大間当司。そしてもう一人は、白いコートをまとう少年だった。
「お、お前・・・・・・なにを・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
少年はよろよろと立ち上がる当司の問いかけに、なにも答えなかった。色あせたような長い金髪に青い目。白いきめ細やかな肌をもつ少年は、トレードマークのコートの上に、漆黒のマントを羽織っている。
フンワリキシチョウからとれる「綿毛騎士鳥の極上羽毛」を高密度の魔力を加えて変質させ、黒化させた「綿毛騎士鳥の
希少なフンワリキシチョウの素材をふんだんに使った幻の防具「トワイライトナイト」。それは彼らからの信頼の証だった。それをまとった少年は、さながら「天使の翼を持つ魔王」の様な見た目だった。
「・・・・どうせお前は聞いちゃ居ないだろうから、勝手に判決を下すぞ」
といって少年は腰の剣を抜き、目の前の敵に切っ先を向ける。
対転生者特別防衛機関 執行部隊隊長、トーヤ・グラシアルケイプ。彼は異世界からの暴君を取り締まり、打ち倒すべく、立ち上がる。
「数多の魔導師の名誉を著しく穢し、タツモドキやその他モンスターの大量討伐、および絶滅危惧種への明確な加害行為。・・・・・・・大間当司、重大な魔獣保護法違反、および名誉毀損により、お前を処刑する!!」
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