第6話 希望を運ぶ羽根

 件の作戦会議から3日後、トーヤとネロは「工房」で頭を抱えていた。


「(クソッ・・・・・・無理難題なのはわかっちゃいたが、本当に対抗策がない・・・・・・!!)」


 トーヤが肘をついている机の上には、様々な設計図が開かれていた。そのほとんどが防護服のようなもので、一部にナイフのようなものもある。


「うーん・・・・・あっちが立てばこっちが立たず・・・・・なかなかいい素材は見つからないものだね」


「ネロの旦那。さすがにこいつは無理でっせ・・・・・いくらなんでも、奴の魔法を防ぎきる防具なんて、出来っこしねぇ・・・・・・」


 そういって、同じく頭を抱えるのは「技術部隊隊長 ドミニク」。彼は「転生者殺し」の中でも特殊な設備や武具を作成する担当となっている。ほかの隊長たちと異なるのは、彼自身はきっての技術屋であり戦闘は専門外のためだ。先日の作戦会議に顔を出さなかったのも、それが理由である(最も、本人もいろいろややこしい要素がかかわる関係上「対策などはようわからん」とのこと)。


 しかし彼も無茶ぶりなオーダーに毎度振り回されており、気苦労が絶えないのも事実である。今回であれば、「最低限雷属性にも炎属性に耐性があり、なおかつ魔法に対する抵抗も持ち合わせ持つ防具」という非常にタイトなオーダーを受けており、その細かな内容について、様々な情報を持つネロと実際に着用して任務に挑むトーヤとで打ち合わせしながら試行錯誤している。


「素材としては”ウルバヒドラ”の革が最適なんじゃが・・・・・こいつはいかんせん炎に弱いしな・・・・・・・」


「その亜種の”クルドヒドラ”だとその両立ができるけど・・・・・・いや、駄目だ。これでも炎耐性が足りない・・・・・・」


「最適な素材は”煉獄竜アグニ”の外殻だとよ・・・・・そんなもんうちにねぇよ」


 トーヤはパシィン、と万年筆を投げ出した。最低限「魔力抵抗」か「雷耐性」のどちらかがあれば、という場合だったらまだ何とかなった。だが今回の相手は即死級の魔法を矢鱈めったら撃ちまくる、非常に厄介な相手だ。どちらかで対応できればそうしている。両方必須だから困っているのだ。


 ウルバヒドラ、というのは全身がのっぺりとした白い皮に覆われたモンスターで、頭と首の境目がなく、頭部全体が四本のひものような触手を持つラッパのような形状をした、異形の怪物だ。最大の特徴は「毒」で、そのラッパのような口から液体として吐き出したり、背中の皮を突き破って無数の毒針を出す、口吻の触手を振り回して毒を注入してくるなど、とにかく毒で冒すにする手段を豊富に用いるモンスターだ。特に毒針による攻撃が象徴的であることから「毒刺竜」の名を持つ。


 クルドヒドラというのは上のウルバヒドラの亜種で、毒ではなく電撃と麻痺毒(神経毒)を用いる「電刺竜」だ。全身が蛍光黄色をした姿で、ある意味原種より毒々しく見える。攻撃手段はウルバヒドラの雷バージョンという印象が強いが、亜種のみの行動として「針を突き出したまま行動する」というのがある。クルドヒドラの皮は帯電すると高質化する性質を持つため、「避雷針」という針を出したままにすることで雷属性の魔力を発生させ続け、原種で弱点だった物理耐久を改善させた進化形態だといわれる。


 そして「煉獄竜アグニ」は炎属性を司る正真正銘の「ドラゴン」であり、火山の火口の中を住処とするといわれる伝説の存在だ。岩石のような外殻には生半可な武器や魔法ではまともにダメージを与えられず、その竜だけが操る特殊な「流動する炎」で焼き尽くされて終わりだという。


 先の二体の素材はあるものの、それを何枚重ねたところで結果は知れているし、最後に至っては文字通りの「伝説」だ。そんなとんでもないものを相手にする暇もないし、第一どこにいるのかすらわかっていない。


 だが、それでも何とかしなければならない。何も進展せず、時間だけが過ぎていく中、三人は焦りばかり募らせる。


「ドミニクさん。ウルバとクルドを合わせるのじゃダメなの?例えばウルバの革の上にクルドをかぶせて、それを金属でコーティングするの、いいと思うけどね」


 ネロがドミニクに、そんな提案をする。確かに互いの弱点をカバーしあう素材を使えば、この問題も解決できるだろう。そう考えていたのだ。


 だが、現実は非情だった。


「ネロさんよ。そいつはいいかもしれんが、最終的な強度は落ちると思った方がいいかもしれんな。いくら素材が原種と亜種で相性がいいとはいえ、構造にゆがみが出ちゃ意味がねぇ」


「うっ・・・・・そうか」


 異世界の「クモ」という小さな虫は、同じ太さなら鋼をも上回る強度をもつ糸を出すという。その強度にあこがれ、「クモの糸からなるロープを作る」という実験をしたそうだ。だが、その採取した糸で足場を作ってみたところ、簡単にちぎれたそうだ。鋼にも匹敵する糸がなぜ切れたのか、それはズバリ「歪み」である。


 この時、彼らはただ単純に「クモの糸は鋼より強靭」という情報だけでそのような試みをしたのだが、その対象としたクモの糸は「糸を出すクモすべて」、つまり糸の成分や太さもばらばらだったのだ。その結果足場にゆがみが生じて、部分的に負荷がかかることでもろい部分の構造が崩れ、実験は失敗に終わたっという。


 この世界に広まっている防具がなぜ「ほぼ単一の素材から作られているのか」「なぜ素材を組み合わせないのか」という問題だが、その原因はここにある。いくら様々な属性の魔力に適応したり、優秀な追加効果がついていたとしても、防具そのものの強度が落ちては意味がないのだ。


「それにな・・・・・いくらトーヤさんが”魔力の制御に精通している”からって、そんなもの作ったらまともに動けないのではないか?もともと”ライトニングの魔法以外は躱す”っていう立ち回りが大前提なんだろ?属性耐性だけに目をつけて被弾するんじゃ、わしは作る意味などないと思うんじゃな」


 そう、仮にその構造を補強したとして、その防具はあくまでも「ライトニングだけは受ける前提」で設計しているのだ。もし単純なスペックだけで作ったとしても、それで設計思想から逸脱するようなことがあっては本末転倒だ。そして、その防具を身に包むのは、他ならぬトーヤだ。


 彼自身の身体能力はこの世界でも「最弱」と言っていいレベルだろう。かろうじて「魔力による身体能力」の補強で補っているものの、それでも発揮できるパフォーマンスは一般の冒険者にも劣るだろう。


「ネロ。そもそもこの問題をあらかた解決できるような素材が、この世に存在するのか?」


「トーヤの旦那の言う通り、わしも疑問に思う。これまで色んなモンを作ってきたが、そんなわしを唸らせる逸品などあるんかのう?」


 二人はネロに問いかけた。モノづくりのプロのドミニクではあるが、あくまでも「モノを作るための素材」に精通している。逆に言えば「本来なら使うことがない、もしくは使うこと自体はできてもその入手が不可能なもの」に関しては全くもって心得ていない。


「うーん・・・・・・あるにはあるんだけど・・・・・でも・・・・・・」


「あるにはある?いったいなんだ?」


 トーヤが問い詰めるようにネロに詰め寄った、その時だった。


「ネロ様、トーヤ様!フンワリキシチョウたちが目覚めました!」


 と、ゲイボルグが飛び込んできた。普段冷静沈着な彼女にしては珍しく声が弾んでいる。


「・・・・・・それはよかった・・・・なあ、ドミニクさん。悪いがいったんお開きにしてもいいか?」


「ああ。構わんさ。患者さんは大事にな」


 と、ドミニクは優しく手を振る。トーヤとネロは軽く会釈すると、工房を後にした。


「だけど、問題は彼らが意識を取り戻した今、また”自爆”をしないか心配だな」


「そうだね。誇り高い彼らのことだ。正直無いとは言い切れない」


 拠点の廊下を歩きながら、トーヤとネロは不安を口にする。火傷にうなされていた時でさえ、彼らは潔く死を受け入れようとしていた。今この瞬間も、「治療室」が吹き飛んでいるかもしれない。そんな不安はぬぐい切れな語った。


 だが、ゲイボルグは少々上機嫌な様子で、


「それはないと思いますよ。それよりもトーヤ様、彼らはあなたとお話がしたいそうです」


 と答えた。


「「????」」


 心当たりのない彼らは、唯々疑問に思うだけだった。









  フンワリキシチョウたちが収容されている「治療室」に入ったトーヤたちだが、そこで目にしたのは、想像を絶する光景が広がっていた。


「うわぁ・・・・・・・・すごい光景だね・・・・・・・・」


「もふもふ・・・・・・・!!」


 ネロはあきれた様な声を出し、ゲイボルグは目を輝かせながらつぶやいた。何羽ものフンワリキシチョウが寄り集まり、ぴよぴよと鳴いている。その様はさながらひよこのおしくらまんじゅうで、その手のものに弱い者の心を奪ってしまうだろう。


「ああ・・・・・絶滅危惧種でなかったら思う存分抱きしめたいのに・・・・・・」


 はあ、とゲイボルグは悩まし気なため息をついた。可愛い物好きな彼女にとっては、まさに天国のような空間だろう。一方でそんな感性を持たないネロは、彼女とは意味の異なるため息をついた。


「ボクにはあれがただの毛玉にしか見えないけどねぇ・・・・・・なんでこんなに子供みたいにはしゃぐのか意味が分からないよ。・・・・・・トーヤ君?」


 ネロはあからさまに目の前の光景から顔を背けているトーヤを、ネロはいぶかしんだ。が、そのすぐ後に彼はあることを思い出す。


「ああ、そうか。キミもそうだったね」


「・・・・・・・・・・・」


 トーヤは嫌悪感で顔を背けていたのではない。逆だ。目の前の光景があまりにもまぶしすぎるので、目を背けていただけだ。実際に彼は若干頬を染めていて、何かを耐えるようにかすかにふるえている。


 と。


「ん?おい、みんな!トーヤどのがおみえになったぞ!!」


「ピー?ピー!」


「ピピピー!!」


 と、一斉にわたわたと羽ばたき始め、すぐさま隊列を組んだ。そしてそのうちの一羽がピッ!!と敬礼する。おそらくマナと一緒にいた、無事だった個体の一羽だろう。


「トーヤどの!!おまちしておりましたぞ!!」


「はあ、どうも・・・・・・・」


 トーヤは若干目をそらしながら曖昧な返事を返した。目の前のもふもふ天国に、彼は思わず心奪われそうになっていた。


 しかし、若干視線をずらしてても、その痛々しさが如実に伝わってきた。


 フンワリキシチョウの羽毛は大部分が褐色に焦げていて、元のふわふわな羽毛は見る影もなかった。個体によっては毛並みがいびつで、一度毛根が死滅してしまっていたことがわかる。


「(本当にひでぇことしやがる。こいつらだって命だってことをわかっているのか)」


 トーヤはいつの間にか彼らを正面に見据え、険しい顔をしていた。そんな彼の気持ちにこたえるかのように、敬礼をした一羽が言葉を紡ぐ。


「トーヤどの!なかまたちのいのちをすくってくださったことに、まことにかんしゃしております!このたび、このおんにむくいることをちかいますっピー!ぜひとも、ごめいれいを!」


「おい、いや・・・・いやいやいや・・・・・・・」


 トーヤは思わず両手を振り、彼らの言葉を遮った。


「お前たち、奴にえらい目にあわされているんだぞ?そんな威勢を振ったら傷が開いちまうだろうが。今は傷を癒すことに注力した方がいいぞ」


 彼らは一度生死の境をさまよっていた。今は彼らは意識を取り戻し回復しているが、それでも重傷を負ったのは間違いない。そんな彼らに無理はさせたくなかった。


 しかし、彼らも引き下がりはしなかった。


「おきもちはありがたいですっピ、トーヤどの!しかし、われらとてだまっているわけにもいかないのですっピ!」


 フンワリキシチョウたちはザッ!と一斉に頭を下げ、「お辞儀」のポーズをとった。


「われわれではかなわないことをしょうち、しかしやつにいっしむくいたい!なかまをこんなめにあわせたものを、どうしてゆるせましょうっピー!」


「・・・・・・・・・・・」


 そう、彼らは誇り高き「フンワリキシチョウ」。彼らは騎士の心を持つモンスターだ。仲間を傷つけられて、そうやすやすと引き下がれないのだろう。


 だが、彼らはその圧倒的な力量を前に、敵わないことを悟ってしまったのだろう。人間ですらここまでまざまざと見せつけられているのだ。彼らがわからないわけがない。だからこそ、命令をしてほしい、と申し出ているのだろう。


「トーヤ君。ここは彼らの厚意に甘えてみてもいいんじゃないかな?どのみちボクらだけじゃこの状況は打破できないと思うんだよ」


「トーヤ様、私もネロ様の意見に同意します。利用できるものは利用して損はないかと」


「・・・・・・・・・」


 二人に諭されて、トーヤは黙り込む。正直なところ猫の手も借りたい状況ではあるため、この申し出をありがたく受け入れるべきである。


 やがて、トーヤは深くため息をつき、こう決断する。


「わかった。お前たちに一つだけ依頼しよう。これ以外については決して下手に行動しないように!わかっているとは思うが、奴にまた特攻するのは論外だ。いいな?」


「ありがたきしあわせですっピー!」


 一瞬頭を上げたフンワリキシチョウは、再び深くお辞儀をした。一瞬見えた彼らの目はうるんでいた。


「では、さっそくごめいれいを!」


 頭を再び上げたフンワリキシチョウは、ザザザッ!!とトーヤの前に集まった。思わず悶絶しそうな光景だが、トーヤは軽く咳払いをして、彼らに今の自分たちの状況を説明する。


「俺たちが標的にしている奴だが、奴は炎と雷、二つの魔法を扱うことがわかっている。奴の魔法自体の威力や範囲は、おそらくお前たちが見てきた中でも桁違いに大きいし広い。その代わりに攻撃はほぼ一直線で、ある程度の機動力があれば避けられそうだ、ということも大体目星はついている」


「おお!さすがですっピー!トーヤどの!」


 フンワリキシチョウたちが感嘆の声を上げる。しかしトーヤはだが、と話を転換する。


「問題なのは”ライトニング”という魔法なんだが・・・・・これが速すぎてどうにも避けられそうにないんだ。幸いこの魔法自体の威力は奴の魔法の中でもかなり低い方なんだが、それでも下手したら致命傷になりかねない・・・・・・そこでだ」


 と、トーヤはフンワリキシチョウたちに「命令」を下す。


「お前たちの知恵を借りたい。奴の雷属性魔法を防げるだけの雷耐性と魔法抵抗、そして不意の炎属性魔法の被弾を考えた炎耐性。これらを併せ持つ素材を教えてほしい」


「ピ・・・・・・・・・!!」


 フンワリキシチョウたちは目を見開いた。トーヤはやはり難しいか、と感じた。そもそもモンスターの素材は「雷を通さない種族は炎を通す」傾向が強いため、トーヤたちの求めているものが容易に集まることはないと感じていた。例外のうちの一つの「クルドヒドラ」でさえ、雷を吸収する一方、炎に対する耐性は高いとは言い切れないのだ。圧倒的な炎耐性を持つタツモドキの一種の外殻でさえ、奴の魔法を防げなかった。よけること前提とはいえ、被弾する恐れもないとは言えないことを考えると、それを超えるような炎耐性も備えなくてはならない。そして、そんな素材などもはやありもしないものだと考えていた。


 だが、それは唐突に訪れた。


「かしこまりました!!それにはあてがありますっピー!みんな、やるぞ!」


「「「ピー!」」」


 フンワリキシチョウの一羽が号令をかけると、他の仲間も一斉に声を上げ、「治療室」の真ん中に素早く移動する。そして・・・・・・・


「「「ピピピピピピピーーーーーーー!!」」」


 と、大きく羽毛を膨らませ、輝き始めたのだ。その姿はまさに「自爆」の前兆に見えた。


「ま、まて!!おい!!自害しろなんて言った覚えはないぞ!!」


「や、やめてくれーーーーー!!」


「やめて!!死なないで!!」


 と、三者三様の悲鳴を上げる。特にゲイボルグは、痛切な叫び声をあげる。しかしフンワリキシチョウたちは彼らの叫びをよそに、その身を輝かせ続ける。


 そして。


「「「ピ~~~~~~~~~~~~~~!!」」」


 高らかに叫び声をあげると、





もふぁあっ、と、膨らんでいた羽毛がその場にはげ落ちた。





「「「・・・・・・・・・・・・・は?」」」


 三人の間抜けな声が重なる。先ほどまで輝いていた羽毛はフンワリキシチョウたちの足元に積み上がり、羽毛を逆立てる前の大きさの彼らがその中にうずもれていた。痛々しい火傷を負っていた個体も、すっかりきれいな羽毛に生え変わっていた。


 そして。


「トーヤどの、われわれのうもうをつかうとよいですぞ!!よろこんでおおさめいたしますっピー!」


 と、自分たちのそぎ落とした羽毛を抱え上げ、トテトテとトーヤの方に歩み寄ってきたフンワリキシチョウたち。その光景に、トーヤたちは理解が追い付いていない。


「いや、意味が分からないんだけど・・・・」


 トーヤは思わずそうつぶやいてしまった。確かに彼は「雷耐性と炎耐性、魔力抵抗を両立させた素材を探してほしい」とは言ったが、自らの素材を差し出せ、といった覚えはない。


 が、その後ろでネロがわなわなと震えていた。

「まさか・・・・・”綿毛騎士鳥わたげきしちょう極上羽毛ごくじょううもう”を、この目で拝める日が来るなんて・・・!!」


「ね、ネロ様?!何を急に?!」


 突然発狂しだしたネロに、ゲイボルグがうろたえる。それはそうだろう。隣にいた男が目を輝かせながら奇声を上げたら、だれだって困惑するだろう。


 だが、これはすべての作戦を成功させるための、まさに最後のピースだった。


「トーヤ君、ゲイボルグ君!これこそ、今のボクたちに必要な素材なんだよ!!」


 ちょっと見せてくれるかい?とネロが戦闘の一羽に話しかけ、純白に輝く羽毛の塊を受け取っていた。渡していた一羽は不服そうな顔をしながらも渡してくれた。


「見てくれ。この焦げ目を・・・・・この焦げているところを、こすってほしい」


「毛をこする・・・・・・?こうでいいのか?」


 トーヤは適当に焦げている部分をつまみ上げると、こすり合わせるように羽毛をしごいてやる。すると茶色い部分がはがれていき、漆黒に染まった毛が現れたではないか!!


「なんだこれ・・・・・?!」


「ただ焦げているだけ・・・・・には見えませんね」


 ゲイボルグの言う通りはがれたところから現れた毛は艶やかな光沢を放っており、明らかにただの損傷とは思えないほどに美しかった。


「彼らの毛は・・・・・あべち!」


「きさまはべらべらしゃべるな!われわれはトーヤどのにおおさめするために”かんもう”したのだ!!それにきさまにしゃべられるとぷらいばしーをしんがいされているようでふゆかいだ!!」


 ネロが解説しようとすると、羽毛を渡した一羽がすごい勢いで体当たりして、「治療室」の壁まで吹き飛ばした。彼の羽毛がそこかしこに散らばる。彼らはあくまでも「トーヤの厚意」に応えているのであって、「転生者殺し」に恩返ししているわけではないのだ。


「われわれのくちからせつめいしましょう!われわれのうもうはつよいまりょくをかんじるとへんしつし、くろびかりするしっこくのけへとへんかするのです!そうすることであっとうてきなきょうどをじつげんしつつ、まほうにたいするていこうもりょうりつできる、すぐれものなのですっピー!」


「お、おう・・・・・・・・」


「え、ええ・・・・・・・・」


 えっへんぷい!とふんぞり返りながら解説するフンワリキシチョウの後ろで、ネロがぴくぴくと痙攣しながらのびていた。当然ながらそれに至る一部始終を見ていたトーヤたちは、若干引いていた。


「さらに、われわれのたいもうはかみなりのまりょくをきゅうしゅうし、まりょくをぞうふくさせるこうかもあるのですぞ!ダメージをぎゃくにちゆにてんようできるてんは、トーヤどののさくせんにはうってつけですっピー!」


「・・・・・・そいつはうれしいな」


 フンワリキシチョウのその羽毛の性質に、普段しかめっ面のトーヤはかすかに表情を綻ばせた。


「トーヤ様、やりましたね。これで奴に対抗できるほどにはなったのではないでしょうか?」


「ああ。そうだな。・・・・・・・だが・・・・・・」


 しかし、トーヤの表情は再び曇ってしまった。確実に希望を切り開けているのにもかかわらず、だ。


「・・・・・・トーヤ様・・・・?」


「トーヤどの?」


 ゲイボルグもフンワリキシチョウも、どこか浮かない彼の表情に困惑する。


「本当にいいのか?こんな都合のいい展開に甘えてしまって・・・・・」


 トーヤは悩んでいた。八方ふさがりになっているこの状況で、さも「降ってわいたような希望」。これに安易に手を伸ばしてしまってよいのか。


 この世界に蔓延る「転生者」は、そういった「運命」さえ捻じ曲げる。困っているところにちょうど人が通りかかった、入手困難なものが必要になったときちょうど手元にあった、そんなことを彼らは「無意識に」おびき寄せていた。


 自分たちは彼らを狩るものであるため、こんなご都合主義全開な展開を享受していいわけがない。そうトーヤは考えている。


 だが。


「トーヤ様。これはフンワリキシチョウたちを助けたことの、見返りですよ。都合がいいだなんて、そんなことを考えないでください」


 ゲイボルグは、トーヤの顔を覗き込みながら彼をそう諭した。彼女の紅の瞳が、彼の心の中を見抜く。


「そうですぞ、トーヤどの!それにわれわれは、やつのまほうをくらいながらも、そなたたちのてあついちりょうのおかげでいきのびることができた!そしてそのうもうをそなたたちにたくし、やつをほうむるいってにつなげる!これはまさしく”めぐりあわせ”ではないのでしょうか!!」


 どん、とフンワリキシチョウは自分の胸(っぽい部位)を叩くと、力強くトーヤに説いた。


「そなたのけっしのちりょうがあってこそ、われわれのなかまがここにいるのです!トーヤどののはたらきにわれわれがこたえるということは、”ひつぜん”ではないのでしょうか!」


「・・・・・・・・・・!」


 そう。彼らがこうして古い羽毛を差し出しているのは、決して都合のいい展開だからではない。彼らの羽毛が莫大な炎属し得魔法を食らってもなお燃え尽きず、それによって瀕死の重傷でギリギリ踏みとどまれた彼らを、トーヤたちが見つけ、そして救い出した。もし彼らが全滅していなかったら、こうして羽毛を手に入れることもできなかった。故にこれは必然であり、決して「ご都合主義」などではなかった。


「わかった。ありがとう。・・・・・・・必ず、お前たちの無念を晴らしてやる」


「ありがたきしあわせですっピー!」


 トーヤは目の前の個体の頭を優しく撫でてやった。本来「絶滅危惧種」故に接触することは禁止されるが、その法律自体はすでに「治療」によって破られている。特にこれに関する罰則もないことから、上層部に特例措置として認められたのだろう。


「トーヤどの~~~ボクたちも~~~~~」


「ピー!ピー!」


「ピー!」


「あわわわ、ちょとま・・・・・・・」


 我も我も、と仲間のフンワリキシチョウがトーヤに群がってきた。彼らは自らの羽毛をほっぽり出して、わらわらとトーヤを取り囲む。ある個体がトーヤの胸元に飛び込むと、トーヤはそれを支えきれず仰向けに転がる。そこをさらにフンワリキシチョウたちに襲い掛かられる。


「フフ・・・・・・フフフフ・・・・・・」


 ピーピーピー!と毛玉に圧倒されているトーヤではあるが、当の本人はまんざらでもないらしく、頬を若干染めて、苦笑いしながらも引きはがせないでいた。


「トーヤ様・・・・・うらやましいです・・・・・」


 と、ゲイボルグは恨めし気につぶやいていたのを、彼は耳にしていなかった。

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