scene4.6
「犬山さんがどうなってんのか見えねぇのか! クリエイターが変人だからって許されねぇことくらいあんだぞ!」
「邪魔だ。僕は朝霧くんと話しを――」
「てめぇ!」
空が右腕を振りかざす。
「ばっか! 白鷹やめろ!」
とっさに勇太は空の腕に飛びかかり、空を羽交い絞めにした。
そのタイミングで隼人も動き、一誠を空から引き離す。
「やめてください監督! こんなとこで事件起こしたら映画が完成しなくなります」
「……」
「それでもいいんですか? 監督」
「……ふん」
一誠は鼻を鳴らし、空を睨み返す。
「白鷹もやめてくれ。手でもケガしたらどうする。漫画家になるんだろ?」
勇太はそれらしい理由で空をなだめる。空はしばらく抵抗していたが「わかったよ」と歯がゆそうに言って体の動きを止めた。
勇太は空を開放し、庵野一誠の目の前まで歩み寄ってゆく。
「すいません。監督。今日はお引き取り願いませんか?」
「なぜだ」
「なぜって……」
勇太はクっと言葉を飲み込んだ。地面に蹲るかおるを見た後、口を開いた。
「かおるは、演技イップスを克服するために頑張っています。そのために今日、映画予告コンテストに出品する作品を撮ってました」
勇太が一誠の眼を見て話せば、一誠はスッと眼を細めたのが分かった。
「演技イップスを克服して女優として復活したい。かおるはそう俺に誓ってくれました。だから時間をください。演技イップスはもう少しで治りそうなんです。それに……」
勇太はチラリとかおるに視線を向けた後、一誠に向き直った。
「監督が必死になってるのは、かおるに期待しているからでしょう?」
「…………」
一誠はジッと勇太を見つめ続ける。
勇太は一誠から向けられる視線に身をよじってしまいそうになる。
正直、一誠という男はなにを考えているか分からない。その眼の奥ではなにを思っているのか、全く窺い知ることができない。正直、不気味だ。だがそれでも、眼は逸らさない。
すると一誠は小さく鼻息を鳴らし、
「期待、か」
と、呟いた。
「たしかに期待していた。朝霧くんは数十年に一度現われる天才子役にして、天才女優だ。間違いなく名女優になるはずの器だ。だが……」
一誠は片側の広角を釣り上げ、不気味な笑みをこぼした。
「いまの朝霧くんには全く価値がない」
「なっ……」
勇太が怒りに任せた言葉を発するよりも先に、一誠が口を開く。
「そう。価値がない。いまの朝霧くんには。それは君だってわかるだろう? まじかで彼女の演技を見ているのなら」
「……なにが言いたい」
「つまり、彼女は女優として生きるほか価値がないということだ。いや、そう生きるようにできている。そう言わしめるだけの才能がある。なのにだ」
一誠はぎろりと眼を動かし、かおるを見る。
「彼女は立ち止ってしまった。たかが、撮影中の事故で」
「……流血沙汰がたかがですか」
一誠は首を傾げ、不思議そうな顔を勇太に向けた。
「なんだ。知ってるいるのか。なら、話が早い。そう。たかがだの事故だ。血が流れた。傷を負った人間がいる。それがどうした?」
勇太は隼人が右手を抑え込むのを見た。
一誠はゆっくりとかおるに元へ歩み寄ってゆく。
「そんなこと、朝霧くんを一流の女優に成長させるための通過儀礼でしかない。その程度のことは乗り越えるまでもなく、踏み散らかして進むべきだ。なぜなら朝霧くんにはその義務がある。その才能で多くの役者志望者の夢を蹂躙し、絶望させ、涙を飲ませ彼女はそこに立っているのだから」
一誠はかおるの前で立ち止まり、不適な笑みを浮かべた。
「そうだろう。朝霧くん。演技ができなくなった女優に価値はない。いや、女優ですらない。だからいまの君には……」
「やめろ」
勇太の言葉を無視して一誠は言った。
「なんの価値も存在意義もない」
「――っつ」
その瞬間、かおるは嗚咽を漏らし、
「……ああっ。あああああっ! あああああああああっ!!!!」
金切り声を上げて逃げ出した。足はもつれ、満足に体も動かせていない。情けなく、痛々しく、無様な姿で駆け出す。
「おい! 犬山さん!」
空はかおるの後を追おうとする。だがそこで、撮影機材を抱えたスタッフや和装の恰好をした役者がわらわらと現れ空の行く手を遮った。おそらく一誠が監督を務める映画のスタッフと役者なのだろう。
「くっそ! どいてくれ!」
空はその人ごみを跳ねのけるようにして、かおるを追って行く。
「監督~! エキストラさんとの記念撮影始まりまーす」
そのとき、そのスタッフの内の一人が声を掛けた。一誠はかおるの駆けて行った方向から視線を逸らす。
「行くぞ稲垣くん。主役がいないとダメだ」
一誠は反転し、勇太の真横を通りすぎようとする。
勇太は横目で一誠を睨みつけた。
「……あんた。クズ野郎だな」
「はっ……」と一誠は足を止めた。
「そうだ。僕は才能しかないクズだ。だから朝霧くんの才能にしか興味が持てない」
そう言い捨てた一誠はそのままスタッフの集団へと合流する。
勇太が肩越しに振り向くと、隼人が苦々しい顔を向けてきた。
「すまない。朝霧さんを追いかけてやってくれ」
「……そのつもりです」
勇太はすぐに駆け出そうとした。だが、ふと足を止めてしまった。
「なあ。なんで笑ってんだ?」
なぜか隼人が口元に小さな笑みを浮かべていた。いや、小さな笑みとも、微笑ともとれない、極わずかな広角の動き。だが、こんな状況にまったく不釣り合い表情だ。
「ああ、すまない。これは……」
隼人はかおるが消えていった方向に視線を飛ばした。
「いいなって思ったからさ。いまの朝霧さんがね。それより。頼んだよ」
「……はい。もちろん」
隼人の真意が理解できなかった。だが、そんなことを気にしている暇などない。
勇太はそんな小さな違和感を忘れるように、駆け出した。
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