scene1.8
帰宅した勇太は、台所で晩御飯を作る。
いつもは祖母が晩御飯を作るのだが、今日はなんとなく自分が作りたくなった。祖母が作る料理は薄味が多いため、たまには自分の好みにあった味の濃い料理を食べたくなる。
今日の晩御飯は、ごはんにみそ汁。それからフキの佃煮に、薄くスライスした新たまのサラダ。そして鰆の味噌煮。さすがに陸の孤島である美星町で魚はとれないが、それ以外の食材は我が家の畑で収穫されたものだ。
それらの料理を食卓に並べ、勇太は祖父母と共に晩御飯をいただくことにする。
午後六時。ごはん時には早い時間帯かもしれないが、田舎の、しかも年寄りの晩御飯の時間はこんなものだ。
「それで、勇太。学校はどうだった?」
勇太が食事をすすめていると、祖母の
深く刻まれた皺に、畑仕事で日に焼けた浅黒い肌。祖母はどこか土の香りを感じさせる。
「……どうって。いつもと同じだよ婆ちゃん。クラスの皆も同じだし、これと言って変わったことは……」
と、勇太は言いかけて、そういえば転校生がいたことを思い出した。
「そういや、転校生がいたよ。このへんに住んでるらしいけど」
すると祖母は「ああ、どうりで」と合点がいったような顔になる。
「いやね。何日か前くらいから、タケノウエさんとこの空き家に親子が住んでたから」
「へぇ。あそこ、空き家として貸し出してんだ」
タケノウエとは屋号だ。田舎では同じ苗字が多く、そのために家の建つ場所の特徴を屋号としていることが多い。ちなみに鏡川家の屋号はヒニスサと言う。
すると、それまで黙っていた祖父の鏡川裕次郎(かがみがわ ゆうじろう)が「ん」と喉を鳴らした。
「勇太。回覧板をタケノウエまで回してくれ」
「え? 次ってタガミのじいさん家じゃないの?」
「その、タケノウエ家にあの親子が住み始めたから、回覧板を回す順番が変わってな」
祖父から差し出された回覧板を、勇太は受け取った。
回覧板を開いてみれば、美星町地域のお知らせや、老人会の案内の冊子。いつもと同じような内容の書かれた町内便り。だが、その中に一つに眼をひくチラシがあった。
『エキストラ募集のお知らせ。7月7日。
この町には『中世夢ヶ原』と呼ばれる中世の市を再現した施設がある。分かりやすく言えば「時代劇で登場するさびれた寒村」といったとことか。もしくは「七人の侍」などの映画に登場するような建物がポツリポツリと立っているのだ。
ともかく、そんな施設があるため数年に一度、大河ドラマや映画のロケ地として美星町が使用されることがある。
勇太がそのエキストラ募集のチラシを見てみれば、映画のタイトルは『はんらもん!』というらしいことがわかった。なんでも「半裸で一年間すごせたら借金をチャラにしてくれ。という賭けを豪商に吹っ掛けた男と、なんとか半裸をやめさせようと奮闘する豪商の、笑いありアクションありのドタバタコメディ時代劇」らしい。
……ちょっと面白そうなのが困る。
「――それで、勇太はどうするつもりなの?」
「え?」
その声に勇太が顔を上げてみれば、こちらを窺う祖母の顔。話し掛けられたらしが、突然のことで聞き取れなかったらしい。
「もう。ちゃんとしなさい。勇太は、将来どういう道に進むんかと聞いたんだよ」
勇太は小さく溜息をつき、手にした湯飲みで口元を覆った。
「……ああ、なんだ。そのことか」
「なんだって……ちゃんと考えないとダメよ。将来、風来坊じゃ困るで」
「……わかってるよ」
勇太はまたしても小さく溜息をついた。
最近、祖母はこんなをよくを言い始めた。孫が高校二年生に進学したからか、あるいは祖母が自身の年齢に老いを感じ、孫の将来に不安を覚えるようになったからか。それはわからない。心配する気持ちはわかる。だけど毎日のように言われれば嫌になってくる。
と、そこで祖父がテレビの音量を上げた。どうにも、暗に「うるさい」と伝えたいのだろう。ただそのせいで、いままで意識していなかったテレビの音が耳に届くようになる。
『今年で50周年を迎える、朝ドラ。今宵は、そんな朝ドラの歴史を振り返ってみましょう』
そんなナレーションにテレビを見てみれば『朝ドラ50周年記念番組』と銘打ったテレビ番組が放送されていた。今年で朝ドラは50周年を迎えるらしく、歴代の朝ドラの名場面の特集がなされているらしい。そしてそのなかで、見覚えのある女の子を見かけた。
――朝霧薫。
今日、空との会話の中で出てきた女の子だ。
天才子役としてデビューし、その後、大人びた少女として再ブレイクした天才女優。
ただ、そんな華々しい彼女のストーリーには少しばかり続きがある。
再ブレイクから数年後、なぜか彼女は芸能界からこつ然と姿を消している。
なんでも高校受験に専念するため活動を休止。高校生になれば活動を再開すると発表したが、なぜか高校二年生になっているであろう彼女は、いまも女優業を休業したままだ。
しかし彼女の役者っぷりはすさまじく、そこらの役者であれば打ち負かしてしまう凄みを感じさる。そんな輝かしい彼女を見ていると、嫌な気持ちが胸の内に沸いてくる。
勇太はテレビから視線を外し、味噌汁を飲む。
……世の中には、こういう人間もいるらしい。
ああやって、小さなころから才能を見出され、その道が自分の進む道だと信じて疑わず成功する人間。自分はなにがやりたいのか、そんなことで悩んだことなどないのだろう。だからこそ、自分と違いが分かりやすすぎて嫌になる。
なにがしたいのかさえ分からない自分と違いすぎて。
そんなことを考えていると、不意に祖母の溜息が聞こえてきた。
祖父に話を遮られたことが気にくわなかったらしく、ため息には苛立ちの感情が混ざっている。まだ、この話を追えるつもりはないらしい。
「もう。頼むから勇太。お父さんみたいになっちゃダメ。体壊して帰ってきたと思ったら嫁さんに逃げられて。自分は一人で単身赴任して勇太を……」
「わかってるって」
「ねぇ。もしかして勇太……」
祖母は心配そうに勇太を窺った。
「カメラとか写真とか、仕事にしたいと思ってるの? でも、やめときなさいね。その夢が叶えばいいけど。もしダメだったときは――」
「――っ!」
勇太は荒々しく箸を机に置き、自分の食器を持って席を立つ。祖母に咎められたが、無視して台所に食器を運ぶ。
「ちょっと回覧板、渡してくる」
後ろから祖母の声が聞こえたが、聞こえないことにして玄関に向かう。
「……わかってるよ」
勇太は小さく呟き、真っ暗な田舎道へと出て行く。
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