scene1.7

「――ってことがあってだな。俺は写真撮影に勤しんでいるわけだ」

「うわぁ。もう……いろいろ最低」

「ちなみに写真部が廃部になったのは、部の備品で女子更衣室を盗撮したからだとよ」

「……」

「アホだよなー。バズーカって言う……すっげぇ遠くまで撮れるレンズで使って更衣室を覗いてたらしいけど」

「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……っしょ」

 かおるは侮蔑の眼差しを勇太に向ける。だがそんな眼をされてもどうしようもない。悪いのは写真部だ。

「で、受賞できそうな写真って撮れたの?」

 かおるに呆れ顔で聞かれた勇太は、難しい顔をして見せる。

「……微妙だな。正直、分校長が渡してきたチラシのコンテスト、割とレベルが高いんだよ。ほら、見てみろ。このチラシに過去の受賞作が載ってる」

 勇太は制服の懐にしまってあったコンテストのチラシをかおるに手渡した。


『高校生 瀬戸内海写真コンテスト』

 最優秀賞の賞金は50万円。これと言ったテーマはないものの、参加条件が『瀬戸内海に面する都道府県に住む高校生。写真の撮影場所は自分が住む都道府県に限る』といった、どこまでもご当地色の強いコンテストになっている。また、受賞した作品は県のホームページで使用されたり、観光雑誌に掲載されたりもする。


「へぇ~。すっごい写真。……てか、高校生限定のコンテストなんだ。大人が参加できないだけまだチャンスはあるかも」

「まあな。でも、高校生でもセミプロみたいなヤツは普通にいるけど」

「そうなんだ。……ん? これって……」

 かおるはチラシをひっくり返し、裏面に眼を落す。

 たしかそこには、写真コンテストとは別なコンテストの詳細が記載されていたはずだ。

「ああ、『映画予告コンテスト』か。そのコンテストは映像系の部門もあるんだよ」

「へぇ。……映画、ね」

 かおるはポツリ呟き、ジッとそのチラシを見つめる。

 そのかおるの表情に、勇太は眼を細めた。

 なんとなく、彼女の眼に憂いの色が見てとれた。あるいはどこかに思いを馳せ、その頃の思い出に浸っているかのような。そんな眼だった。

「なあ、犬山。どうかしたのか?」

 勇太が声をかけると、かおるは取り繕うように笑った。

「ちょっと、ね。気になったから。この『映画予告コンテスト』ってのが」

「まあ、確かに変わったコンテストだよな。映画の予告のコンテストだなんて」

「そっかな。……鏡川はこういうの興味ないの?」

 かおるは窺うようにして視線を勇太に送った。

「どうだろうな。映画予告コンテストの方はレベルが低いらしいから、もしかしたら俺でも受賞できるかもって思うくらいだな」

「そっか……」

 かおるはそう言って、再びチラシに眼を落した。

 実際、映画予告コンテストなどの映像系も専門外というわけではない。中学生の頃、家に転がっていたハンディカムを持ち出して風景を撮影し、音楽をくっ付けプロモーションビデオ風に編集する遊びをやった経験がある。それに、同年代の高校生に比べれば、まだ映画を観ているほうだという自負もある。なので、映画予告コンテストに出品する程度の作品であれば、やろうと思えばできるだろう。ただ、そこまで心惹かれるというわけではない。

「ん。ありがと」

 チラシをしばらく眺めていたかおるだったが、チラシを四つ折りにしたのち、それを勇太に手渡した。

 勇太は受け取ったチラシをしまうため、右手を懐に突っ込む。しかし、カサっと何かが手に触れた。

「あ?」

 コンテストのチラシと入れ替えるようにして引っ張り出してみれば、それは先ほど土佐満先生から受け取った進路調査票だった。否応なしに将来のことを考えさせられてしまい、嫌な気持ちになる。

「どうしたの?」

 勇太が発した声を聴いたらしく、かおるは勇太の横までやってくる。

「進路調査書。懐に入れてたの忘れた」

「ああ。そっか。もう、そういう時期なんだね。高校二年生って」

「そういう時期なんだねって。他人事みたいに言ってる場合なのかよ。つか、……はぁ。嫌なもん思い出しちまったじゃねぇか」

「私のせいにしないでよ。……でも鏡川って写真の勉強とかするんじゃないの?」

「はぁ?」

 かおるがきょとんとした顔でそんなことを言ってきたので、思わず勇太は眼を細めてしまった。

「あれ? 違うの? カメラ好きみたいだし、てっきりそっち方面に進むんだと思ってたんだけど」

「……ねぇよ。カメラは……ただの趣味だ」

 突き放すような言い方になっていると気がつく。なぜ、こんなことに苛立ってしまうのだろう。勇太は肩を竦め、小さく息を吐きだした。

「そもそも、俺にはやりたいことなんてない。……てかさ」

 勇太は小さな苛立ちを抑え込み、話題をかおるに振る。

「犬山こそどうなんだ? 進路、どうするつもりなんだ」

 そう、何気ない感じで質問してやれば、かおるは自嘲気味に微笑んだ。

「さぁね。正直。……わかんない。これからどうすればいいか、私、分からないの」

 そう言ってかおるは、遠くに視線をやった。その眼は、先ほども見た憂いを孕んだ眼に似ていた。どうにも犬山かおるという女の子も、自分と同じ人種の人間なのだろうと勇太は感じた。

「俺と同じだな。俺も、自分はなにがしたいのかわからない。高校二年生でこれって、おかしいんだろうけどな」

「……うん。だね」 

 かおるはそれっきり黙り込んでしまう。かおるにとっても、その辺りの話はナイーブになっている部分なのかもしれない。ただその反面、安堵した。自分と同じ人間がいたことに。

「なら、かおる。女優でも目指したらどうだ。さっきの駐輪場での三文芝居。あんなにすぐ泣けるなら女優になれるだろ」

 勇太は重く沈んでしまった空気を和らげようと、そんな軽口を叩いてみた。

 するとかおるは、「いいかもね」と、なぜか悲しそうに笑みを零した。



「まぁ、ここまでくれば大丈夫だろ」

 勇太はY字形の分岐路で足を止めた。この辺りは道脇の樹木が空を覆い隠し、木漏れ日が差し込む天然のトンネルのようになっている。

「はぁ~。やっと着いたの?」

 かおるはようやく家に帰れるのが嬉しかったのだろう。暗かった顔はどこかへ吹っ飛び、眼を輝かせて勇太の横までやってくる。

「目の前の道を左に行けば犬山の家がある。住所はここに書いてあるので間違いないんだな」

「うん。そうだよ」

 勇太は、先ほどかおるから受け取ったメモ帳を見た。そこにはかおるの家の住所が書かれている。

「よし。俺の家はこの道を右に行った場所にある。だからここでお別れだ」

「えー。一緒に帰ってよ。私、迷子になっちゃうよ?」

 かおるは不満げに頬っぺたを膨らませた。

「嫌だ。俺は疲れたし早く帰りたい」

「あのね、鏡川。私の家、いま誰もいないの」

「よかったなー。親がいないときって、ちょっとワクワクするよな」

「ぐぬぬっ。こんな美人さんが誘ってるのに。鏡川の意気地なし」

「黙ってりゃ美人だとは思うぞ。じゃあ、また明日」

 勇太はY字路を右へと曲がってゆく。なだらかな下り坂になっているその道を下りつつ、かおるに向って口を開いた。

「それから、明日はこの場所に7時30分に集合だ。ここから登校する。ちなみに犬山、自転車持ってるか?」

「一輪車ならあるけど」

「……」

 ……どうしようもねぇな。この女。

「家に自転車余ってるから、犬山が原付の免許取るまでその自転車貸してやる」

「ん。わかった。もし来なかったら起こしに来てね。私、けっこう朝弱いの」

「知るか。問答無用で放置だ」

「冷たっ」

 かおるはそう言い残し道をテクテクと歩いてゆく。

 勇太は、そんなかおるの後ろ姿についカメラを向けてしまった。

 ……やっぱ、絵になるな。

 だが、勇太はシャッターを切ることはせず「真っすぐ帰れよ犬山!」と叫んでみれば、

「わかってるって! さすがの私ももう迷わないってば! 心配しすぎ!」

 などと、なんだか不安を煽るような返事が返ってくる。

「……大丈夫だろ。……たぶん」

 勇太はかおるの言葉を信じ、自宅を目指した。


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