05-3.秘密を打ち明ける

「アリーチェ、フィリアの代わりを務めろとは言わない。ただ、最低限の仕事はしてみせてね。……君には期待をしているんだ」


「かしこまりました。お嬢様の期待に応えてみせます」


「ありがとう。頼りにしているよ」


 頭を深く下げるアリーチェの頭を優しく撫ぜる。

 歳の近い彼女のことは可愛がっていた覚えがある。それは前世の記憶ではあるものの、その影響が残っているのだろう。特別視をしてはいけないことは理解しているのだが、つい、気に掛けてしまう。


「フィリア。いってくるよ」


「かしこまりました。お見送りをさせていただきます」


「これだけで人数がいるのだから、他の仕事をしてもいいよ?」


「いいえ、王都までお供することができませんから、お見送りはさせていただきます。遠慮をなさるとはお嬢様らしくもない行動ですよ」


「寂しいから着いて来て、なんて言っても意味がないとわかっているからね」


「恐縮ではございますが訂正させていただきます。お嬢様と離れて寂しい思いをするのは私ども使用人でございます。お嬢様はなにも気にされずに王都での日々をお楽しみくださいませ」


 フィリアはわざとらしく寂しそうな表情を作って見せる。

 それを見たメイヴィスは笑ってしまった。



* * *



 王都ライデンに向けて馬車は出発した。

 大げさに手を振るうのはフィリアだけではなく、昨日まではメイヴィスの傍付きに任命されていた者たちも含まれている。昨日の出来事により護衛騎士を外された従者も大きな手を振っている。


 ……お母様にはなにも言わずに来てしまった。


 昨日同様、エミリーとの面会は叶わなかった。体調が優れないとエミリーの自室の扉番をしているメイドに断られてしまった。


 ……私が領内に戻るまではいるみたいだけど。暫くはすれ違いになるんだろう。


 母が恋しい子どもではない。

 多忙な両親と過ごす日々は限られたものだった。それでも両親がメイヴィスのことを愛していることは知っている。限られた時間の中でメイヴィスは両親から溢れんばかりの愛情を与えられてきた。


 だからこそ、不安に思うことはない。


 エミリーはメイヴィスの魔法を発動させた姿を見て驚いたのだろう。それにより体調を崩してしまうほどには衝撃的な出来事だったのだろう。しかし、それは前世でも同じだった。


 ……お母様は優しい人だから。


 馬車の中でエミリーを思う。

 前世ではエドワルドに血統魔法を教えている姿を見られた。その時はメイヴィスたちの目の前で腰を抜かしたのだ。メイヴィスの記憶の中でもエミリーが言葉にならない声をあげているのは、その時だけだった。


 エミリーだけはメイヴィスの婚約に反対をしていた。


 メイヴィスが扱う魔法を目にした途端に態度を急変させたのである。それは、愛娘が利用されるだけの存在になることを拒んだ母親としての姿だった。国王に望まれたのならば幸せなことであると受け入れなくてはならない立場でありながらも、メイヴィスが王国に利用される可能性を訴え、それは娘の幸せではないと声をあげた姿は貴族としては間違った姿だろう。しかし、娘を思う母親としては間違いではなかったはずである。


 当然ながら、その声は聞こえなかったものにされたものの、それはメイヴィスの心の中に残り続けることになるだろう。面会を拒絶されてもエミリーを優しい母親だと思えるのには、その当時の記憶があるからこそである。


「お嬢様。公爵領内の街並みをご覧になりますか?」


「いいや、カーテンを開けるわけにはいかないだろう」


「領内だけならば問題はないかと思われます」


 アリーチェの提案は魅力的なものだった。

 メイヴィスは公爵邸の窓から見える景色以外はほとんど知らない。こうして郊外を馬車で走るようなことは滅多にできない貴重なものである。その間だけでも領民の生活を見ることができるのならば、それはなんて魅力的な提案なのだろう。


「安全確保のとれている場所に限ります。それでもよろしければご覧ください」


 メイヴィスの正面に座っているアリーチェの言葉に反論をする者はいない。メイヴィスの隣に座っているメイドもなにやら武器の手入れをしている。万が一の場合には彼女も応戦をするのだろう。


「……アリーチェ、カーテンを開けて」


 悩んだ結果、好奇心に負けてしまった。

 メイヴィスは公爵領が好きである。例え、公爵邸の敷地内から出るようなことが少なくともその気持ちは変わらない。前世のように冒険者の真似事をするのにはまだ年齢が足りていない。魔法学園に通うまでの間、メイヴィスは前世でも今世でも変化のない日々を過ごしていた。


 それでも不満はなかった。


 好きなことに没頭することができる時間は魅力的だった。とはいえ、それだけでは満足することはできない。アリーチェの手で纏められていたカーテンにより隠されていた窓の先には領内の景色が広がっている。馬車が通る為に整備された道の近くには古びた民家が数軒立ち並んでいる。畑を耕す領民もいれば、休憩をしている領民もいる。馬車に気付いた者は深々と頭を下げている。それだけの光景を見る価値はないと言い切る貴族もいるだろうが、メイヴィスは違った。目に映る領民たちの生活そのものが珍しかったのである。


「この辺りはゲイル村でございます」


「地理学で習ったことがあるけど、実際には初めて見たよ。ゲイル村は人口が少ないと聞いていたけど、ここまで少ないんだね」


「働き手となる男衆の多くはカスターニエ町へ出稼ぎに行きます。ゲイル村は作物が育ちにくい土地の為、生活の為には家を離れる者も少なくはないのです」


「それは知らなかった。アリーチェは詳しいね」


「この付近の村の出身ですので。お嬢様の勉強にお付き合いさせていただきたく、調べてきました」


 淡々と語るアリーチェの言葉を小さく折り畳んだメモ用紙に書いていく。それは数少ない外出の際には必ず持ち歩いているものである。


「ゲイル村は芋が特産品となっています。芋は辺境の地でも取れる為、この辺りの村では重宝されています」


「あれは調理方法に困ると聞くが、彼らの中では違うのかい?」


「火を通せばなんでも食べられるのです」


「その考えを料理長に言ってごらん。数時間は食材についての話を聞くことになるから」


「存じています。以前、芋を使うのはどうかと提案をしたところ、三時間ほど説教をされました」


 アリーチェの言葉に思わず笑い声を漏らしてしまう。

 着替えを手伝っていた時の緊張した面差しはどこに行ってしまったのか、相変わらず、無表情ではあるものの話を止めない。それを不快だと指摘することもせず、楽しそうに会話を続けているメイヴィスが相手だからなのだろうか。


「料理長はこだわりが強いのです。それでは飢饉の際、飢えてしまいます」


「公爵領で飢えるようなことはないよ」


「お嬢様は貴族ですので、そのように感じるだけでしょう」


「そうかい? 領内で餓死者が出たとは聞いたことがないのだけど」


 バックス公爵領は王国内でも恵まれた土地を所有している。

 その為、飢えというのはメイヴィスにはあまり聞き慣れない言葉であった。近年では他国との争いに巻き込まれることもなく、流通が途絶えることもない。


「なにが起きるのかわからないのが日常なのです」


「そう。覚えておくよ」


「ありがとうございます」


 アリーチェは領内でも貧しい村の生まれだと言っていたことを思い出した。偶然、アリーチェの遠い親戚にあたるフィリアに見込まれた為、公爵領で働くことができた彼女は食に対するこだわりが強いのかもしれない。

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