03-6.転生者たちは後悔の中を生きている

 それならば、危険性を可能な限り下げてから捕縛した方が良い。

 メイヴィスの行動を見守りながらも緊急時には対応できるように各々武器を手にしている使用人たちならば、なにかがあっても対応することができるだろう。


「リリー・アレクシア・キプリング。お前の知り合いには魔法を使うことができる者がいるだろう。その者の名を教えろ」


 真名を握る。

 それは魔法使いや魔女が支配下に置いている眷族や奴隷にする行為の一つである。魔力を込めて真名を呼べば、主従契約を結んでいなくとも逆らうことはできない。躊躇なく魔力を込めたメイヴィスに名を呼ばれたリリーは身体を震わせた。そして自分の意思とは関係なく口が動いてしまう。


「エドワルド」


 リリーはエドワルドの名を呟いた。

 それを耳にした使用人たちは警戒を高めていたものの、メイヴィスは笑みを浮かべていた。イルミネイト王国でもその名は珍しいものである。しかし、メイヴィスには心当たりがある。


 ……見つけた。


 それが本人であるとは限らなかった。

 しかし、メイヴィスには確信があった。

 こちらの様子を窺うかのように箒に跨って何度も同じところを回っている魔法使いの正体を見破った。


「【エドワルドを捕縛せよ】」


 常に身につけているバラを模ったネックレスが光った。

 魔力を魔法に変換する際に媒体となるような魔道具や魔法石が組み込まれたものを多く身に付けてはいるものの、メイヴィスはセシルから貰ったネックレスが媒体になったと気付いていなかった。

 黒い手は迷うことなく空へと伸びていく。

 そして箒に跨った魔法使い、エドワルドの身体を覆うかのように大きな手を伸ばし、迷うことなく掴んだ。そして、それをリリーの隣に叩き付ける。


「ねえ、君は情けない姿を見せに来たのかい」


 ハーディからアベーレ家の末路を耳にした日から情報を探っていた。

 公爵邸の中にある近代史などを探っても手に入れることができなかった情報は、まるで意図的に隠されているかのようにも見えた。エドワルドの名を耳にした途端に露骨なまでに警戒を高めた従者たちの態度を見ればわかる。


 エドワルドはバックス公爵家には受け入れられない存在である。


 正しくはアベーレ家の血を継いでいるというだけで警戒されるような存在になってしまったのだろう。それはエドワルドが望んだものではなかったとしても、公爵家に仕えている者たちにとっては関係ないことなのだ。

 それが寂しいことだと思ってしまうのはメイヴィスだけではないだろう。

 エドワルドもメイヴィスと同様に前世の記憶を持っている。使用人たちに坊ちゃんと呼ばれて可愛がられていた前世の記憶を失っていない限りは、エドワルドがここにいる人々に対して敵意を向けることはできない。それを知っているのはエドワルドとメイヴィスだけである。


「フィリア、皆を連れて屋敷の中に戻っていいよ。私は彼と話がある」


「そのご命令には従うことができません」


「警戒を解くことができないのならば話の邪魔になる。……ほら、お母様もついに気付いてしまったよ。面倒なことになる前に仕事に戻ってよ。後は私が始末をつけるから大丈夫だよ」


「お嬢様、お嬢様は勘違いをされております。お嬢様が捕縛された魔法使いは公爵邸に招いても良いお客様ではございません。それを引き寄せたのがそちらの少女ならば、どちらも旦那様にお伝えしなくてはならないような大きな事件でございます。お嬢様の安全の確保が最優先でございますことをご理解くださいませ」


 ……フィリアはエドワルドのことを可愛がっていたのに。


 それは前世での出来事である。今世では初対面だろう。

 メイヴィスの傍付きを任せられているフィリアの言葉は正しい。


 ……悲しいことだ。でも、これが転生魔法の代償の一つなのだろうね。


 様子を窺っていた武器を手にした従者たちも今にもエドワルドを縄で縛りそうな勢いである。エドワルドが下手な動きをすればメイヴィスの命令を待たずに行動をするだろう。普段は従者として仕事をしている彼らの本職はバックス公爵家の私営騎士団だ。専属の執事やメイドに比べ、使用人としての仕事は少ない分、訓練などに時間を費やしている。彼らの手にかかればエドワルドはすぐに縄で縛られてしまうだろう。

 転生魔法や逆行魔法と呼ばれている魔法は禁忌の魔法に含まれている。それは実際にその魔法を使える者がいない理論だけの魔法ということもあるが、未知の魔法を行使することによる代償が計り知れないものだったからである。術者の願いが強ければ強いほどに歪みが生じる。アベーレ家の没落やエドワルドの交友関係が変わったのはその代償によるものだろう。


 前世では親しかった者に敵意を向けられるのは苦痛だろう。


「ねえ、彼は悪い魔法使いだと思う?」


「はい、公爵家にとっては悪だと言い切ることができるでしょう」


「そう。悲しいね」


「お嬢様が悲しまれる必要はなにもございません」


 なにを言ってもフィリアは引かないだろう。


 この場にいる従者たちもエドワルドのことを侵入者であると認識をしている以上は二人だけで会話をするのは不可能である。


「仕方がない。エルマー、ベン、バーナード、二人を捕縛して」


 メイヴィスの言葉を待っていたと言わんばかりに三人の従者がエドワルドとリリーを縛りつける。エドワルドは抵抗をせずに縛られていたものの、リリーは大きな声をあげて抵抗をする。そのようなことをしても無駄といわんばかりに縄で縛られてしまっていた。


 ……心苦しいけど。


 会話をさせてもらえないのならば仕方がない。

 どちらにしても、なにもなかったように解放をするわけにはいかないだろう。


「丁重に扱って。拷問はしないでよ」


 一応、メイヴィスの言葉には従うだろう。

 抵抗をするリリーは遠慮なく引きずられているものの、エドワルドは気まずそうな表情を浮かべながら歩いている。被っていたフードは取れており、その顔は前世の頃よりも痩せている。頬も汚れてしまっている。


「これで満足したね、フィリア。私たちも戻るよ」


「ありがとうございます、お嬢様。……お嬢様はあの者を存じていたのですか」


「興味があったからね」


「それでは、あの者の素性も知った上での対応でしょうか」


「そうなるね。私が調べていたのは知っているよね」


 アベーレ家の長男と三男の行方を執拗に知りたがっていたことはフィリアの記憶にも新しいだろう。屋敷の中に戻るとフィリアは不思議そうな顔をしてメイヴィスを見つめていた。


「ずっと探していたんだ。エドワルドにはどうしても聞きたいことがある」


 それを知れば前世での選択が正しかったのかを知ることができるだろう。


 前世とは異なる部分の違和感の正体を知ることもできるだろう。そうすれば、メイヴィスは自分自身の違和感を埋めることができるかもしれない。

 それほど嬉しいことはないだろう。

 メイヴィスはエドワルドのことを探していた。エドワルドがいなければ、バックス公爵家は本当の家族にはなれないような気さえしていた。それが前世に引きずられているだけだとしても、メイヴィスはそれでもかまわなかった。


「なに? 変な顔をしているよ」


「いえ。……お嬢様がセシル坊ちゃんと話をしている時以外でそのような表情をしているのを初めて見ました。それほどに気になるようなことでもおありでしたか」


「そういうことか。ふふ、そうかもしれないね。こんなにも楽しいのはセシルと会う時以来だ」


 頰が緩んでしまう。メイヴィスは嬉しそうにドレスの裾をもって階段を駆け上がる。この衝動的な喜びを母に伝えたくてしかたがなかった。

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