01-4.やり直しの人生
「ご理解いただけたようで安心いたしました」
ハーディの言葉を聞き、メイヴィスは笑ってみせた。
心の中はエドワルドに対するやるせない思いでいっぱいになっている。それを八つ当たりするような真似はできないとわかっていながらも、それを上手に押し殺すことができない。
……エドワルドの行動は許すことはできない。どのような理由があったとしても私の誇りを踏み弄ったことは許せないことだから。
エドワルドが転生魔法や逆行魔法と呼ばれるものが成功したのならば、彼も前世の記憶を持ったまま生まれているだろう。魔法を施行した者以外にも影響を及ぼす規模となれば、その魔法には様々な犠牲が払われただろう。メイヴィスは前世で得てきた知識からそれに気づいていた。
……だけど、感謝をしなくてはならない。
エドワルドの行為を許せない。しかし、それによりメイヴィスは二度目の人生を歩むことが許されたようなものであるということも理解していた。義弟であるエドワルドの痕跡を掴もうとするのも、心のどこかではエドワルドの身になにがあったのかを知りたいからだろう。
……守ることができるのだから。
アベーレ家の没落は想定外だった。しかし、前世では繁栄をしていたアベーレ家の運命を捻じ曲げられていたことは、メイヴィスにとっては希望の光が差し込んだようなものでもあった。
未来を変えることができる。
これから起きる出来事を変えることができる。
それはメイヴィスにとっては願ってやまないことだった。
「ねえ、ハーディ先生。家庭教師を辞めてくれる?」
「話の意味が理解できません。私の仕事を奪う話をしていたわけではないでしょう」
勉強を進めようとしているハーディの邪魔をするかのように話を続けるメイヴィスを邪険にしないのは、彼が真面目な性格だからだろう。
「私の執事になってよ。そしたら、護衛も家庭教師も全部ハーディ先生の仕事だよ。私はハーディ先生に教わりたいことがたくさんあるんだ」
「光栄なお誘いをありがとうございます。お断りいたします」
「なんで」
「メイヴィスお嬢様に振り回されるのは家庭教師としてだけで充分です。それに私ではお嬢様の執事は務まらないでしょう。しかし、そのようなお話は公爵閣下を通してされるといいでしょう」
「お父様の言葉なら従うの?」
「公爵閣下からのお言葉ならば逆らえるはずがないでしょう。なにより安定した職を与えられるというのならば、その可能性に縋るのは人間の性というものです」
「そう。じゃあ、今度、お父様と会えたら言っておくよ」
メイヴィスはハーディがどのような人生を歩むのかを知っている。
メイヴィスが魔法学園に入る頃には家庭教師としての役目を終え、他家で働くことになったのだ。そして、そこで魔法事故に巻き込まれ命を落としてしまう。
……私はハーディ先生だって失いたくはない。
前世でのことを思い出す。父からの手紙によりハーディの死を知ったメイヴィスは嘆いた。兄のように慕っていたハーディを失ってしまったことは転生した今でも心の中に後悔として残っている。
「ハーディ先生」
「なんでしょうか、メイヴィスお嬢様」
「血統魔法について教えて。私はこの魔法をもっと使えるようにならなくてはいけないから」
……大丈夫。あの頃とは違うのだから。
メイヴィスはバックス公爵家が代々引き継いでいる血統魔法を使うことができる。それは前世の記憶を思い出したのと同時に手に入れたものだった。隠れて練習をした限りは全て成功していた。
その力があればメイヴィスは誰にも負けないだろう。
己自身も殺した魔法を使うことができるメイヴィスは未来を変えることへの恐れはない。いざとなれば自分の命を絶ち、全てを終わらせる覚悟だってできている。一度、成功したことに対して恐怖心もなければ戸惑いもない。
それは知識と技術を得た代償のようなものなのかもしれない。
前世の記憶を持っていることは誰にも話したことはない。
誰も信じてはくれないだろうとわかっているからこそ、これから先も話をすることはないだろう。それでもこの記憶があることを疎んだことはない。
* * *
ハーディの授業が終わった途端にメイヴィスは部屋から飛び出した。その後ろを慌ただしく追いかける者はいない。公爵邸で働く人々にとっては授業が終わった途端にメイヴィスが飛び出して行くことは日常の一環だった。
子ども用のドレスの裾を捲り上げて足早に駆けていく。
迷うことなく螺旋階段を下りていき、掃除をしているメイドの横を走り去る。いってらっしゃいませ、と声をかけられる度にメイヴィスは嬉しそうに腕を振るう。そして中庭に飛び出した。
様々な花々で彩られている中庭を駆け抜ける。
目的の場所はいつだって変わっていない。勉強の時間が終わるといつもそこで待っている人がいることが知っている。その約束を交わすことを許した父も母も公爵邸を離れている時がなによりの機会なのだということも知っているからこそ、メイヴィスは駆け抜けていくのだろう。
「危ないぞ、メイヴィー」
二人の為だけに用意された机と椅子がある。直射日光が当たらないようにと大きな日傘が備え付けられたそこに座る少年はメイヴィスが走っていることに気付いていたのだろう。少しだけ困ったような表情を浮かべながら立ち上がった。
「セシル!」
「うわっ!? メイヴィー! 抱き着くと危ないっていつも言ってるだろ!」
「あはは! だってセシルは私が抱き着くってわかっていたじゃないか!」
「わかっていたのとそれをするのは違うだろ……。あ、こら、やめろって! くすぐったいだろ!」
少年、セシル・オルコットに抱き着いたメイヴィスは幸せそうだった。
両親がいる時にはこのような振る舞いをすれば怒りの鉄拳が振り下ろされることだろう。二人の関係を怪しんだ両親により引き離されてしまうかもしれない。それを理解していながらもメイヴィスは衝動を抑えられなかった。
メイヴィスが勉強を終えるとセシルは待っている。
セシルが訓練をしている時間はメイヴィスがオルコット伯爵邸でセシルが来るのを待っている。二人はいつだって限られた時間を二人の為に費やしていた。
「メイヴィー? なにかあったのか?」
セシルに抱き着いたまま離れようとしないメイヴィスに対し、セシルは優しく問いかける。両親以外では呼ばない愛称を口にするセシルの声を聞くと安心感を得られるのはなぜだろうか。
「……なんでもないよ」
「なんでもないわけないだろ」
「なんでもない」
「だから――。あぁ、そういうことか。また上手くいかなかったのか? メイヴィー、一人で抱えようとする癖は直せって言っただろ」
なんでもない、と言い切るメイヴィスの様子からなにがあったのかを察することができる者は少ないだろう。
……また勘違いしてる。
セシルには前世の記憶はない。
それでもメイヴィスのことならば誰よりも知っている。
……それが間違いでもないから嫌になる。
なにがあったのかを気付いているわけではない。それでも、メイヴィスが一人で抱えようとしていることには気付いているのだろう。セシルの腕がメイヴィスの背中に回され、優しく背中を叩かれる。その心地よさにメイヴィスはいつも救われてきた。一人ではないのだと教えてくれるのはいつだってセシルだった。
「抱えてなんかいないよ。私にはセシルがいるから」
「はいはい、わかってるならいいけどさ。メイヴィー、いい加減にこの姿勢をなんとかしようぜ? 公爵閣下に見られたらどうするんだよ」
「お父様は一か月くらい帰ってこないよ」
「そういう問題じゃねーんだけど」
「私は困らないからいい。オルコット伯爵だって喜ぶと思うけど」
「あの人は喜ぶだろうけど。そういう問題じゃねーって」
セシルは理由を並べてはいくものの、メイヴィスの背中に回した腕を緩めようとはしない。まるで困っているかのような言葉ばかりを口にはするものの、セシルの口元は緩んでいる。
それに気づいているのだろうか。
メイヴィスは離れようとしなかった。
……大丈夫。セシルは生きている。
前世での別れを思い出す。
止めようとするセシルの制止の声を聞かず、毒を飲んだのはメイヴィスだった。その行為がセシルの心の中に残り続けるとわかっていながらも死を選んだメイヴィスは、誰よりも幸せな死を迎えることができたと自負している。
……今度こそ私たちは引き離されない。引き離されてたまるものか。
メイヴィスはセシルのことが好きだった。
それは生まれ変わった今でも変わらない。転生して再会をした途端に再び恋に落ちた。そして、それはメイヴィスだけではない。セシルには前世の記憶などは存在しないものの、メイヴィスと初めて会ったその日の内に恋に落ちていた。
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