01-2.やり直しの人生

「五年前、当時伯爵を務めていた男は没落を免れようとしていたと報告をされています。その為に男は領地の一部を担保にし、当時五歳だった娘を奴隷商に売り飛ばしました」


 ……娘を売り飛ばした?


 ハーディがメイヴィスにする話ではないと言っていた時点である程度の予想はしていたことだった。アベーレ家の立ち直しを諦め、一家離散をしたか、最後まで立ち直しを諦めなかったか。そのどちらにしても悲惨な末路が待っていたことだろう。


 ……五歳の娘、……そうか、あの子か。


 メイヴィスが思い出したのは前世での記憶だ。十八歳で命を絶つまでの日々の中には伯爵家の地位を保っていたアベーレ家に関する記憶もある。親戚として可愛がっていた少女がいた。アベーレ家の唯一の女児だった。


 ……可愛らしい子だった。エドワルドもその子のことは可愛がっていた。


 メイヴィスの記憶の中にはアベーレ家の家族構成がある。


 前世の記憶は何一つ欠けることなくメイヴィスの記憶の中に存在している。それは良いことなのか、悪いことなのか、どちらともいえないものだった。メイヴィスの記憶の中には自分自身の意思により命を絶った日のこともはっきりと残っている。それは二度目の人生を歩むのには足枷にしかならなかった。


「メイヴィスお嬢様、奴隷商の存在は耳にしたことがありますか?」


「奴隷文化の残る王国ではそのような商売をする者がいるというのは知っている。だが、それは異種族を多く扱っているのでは?」


「はい、正解です。エルフ、獣人、精霊との混血児など人間よりも丈夫な体を持つとされている異種族を多く扱っています。そこまでご存知でしたか。勉強熱心なようで感心いたします」


「興味があったわけではないよ。それで、どうしてアベーレの末娘は売られたの? 需要がなければ売れもしないだろう?」


「需要はございますよ、メイヴィスお嬢様。滅多に出回ることのない商品には付加価値が与えられるものなのです」


 経済を回す為の勉強と称して、以前、奴隷商の存在をハーディが口にしていたことを思い出した。公爵邸には奴隷が居らず、父も母も奴隷の存在を毛嫌いしている。そのことからメイヴィスも縁のない存在だと思っていた。


 ……滅多に出回らないからと購入する物好きもいるのか。


 それを知っていたからこそアベーレ家は娘を売り飛ばしたのだろうか。それとも、奴隷商に担保の一つとして奪われたのか。


「アベーレの末娘の生存の可能性は?」


「メイヴィスお嬢様、その質問を答える前に一つ確認をさせて頂きたいと思います。奴隷商が人の子を高額で売り飛ばす理由はどのようなものだとお考えでしょうか?」


「人の子が高額な理由? それはハーディ先生が言っていたではないか、滅多に出回らないから付加価値がつくのだろう?」


「それ以外の理由もございます」


「他の理由? ……人の子なんて脆いものだろう。奴隷を扱うのは重労働の現場か闘技場が大半だと聞いたことがあるよ。でも、そういったところは人の子なんて扱わないだろうね。それ以外だと、……使い道なんてないんじゃないの?」


 少なくともメイヴィスは思いつかなかった。


 公爵邸には多くの使用人が働いている。その中にも未成年者はいる。しかし、未成年者の多くは伯爵家以下の令嬢が行儀見習いとして働いている者であったり、家を継ぐことができない貴族の次男、三男や貴族階級ではない魔法学園の卒業生であったりする。代々公爵家に仕えている者たちも少なくはない。

 その中に奴隷だった経歴を持つ者はいない。


「人の子は高額で売買されるのには理由がございます」


 ハーディは家庭教師の仕事をする際に持ち歩いている鞄の中から一冊の本を取り出し、それを机の上に乗せた。それは魔法に関する本の中でも理論上は可能であるとされている魔法ばかりが載っているものだ。


「この本の話はしたことがございましたね。どのような偉大な魔法使いや魔女でも成功をしたことのない魔法ばかりが掲載されている本です。魔法の可能性を綴っただけの本とも言われているものです。メイヴィスお嬢様も一度は眼にしたことがあるでしょう」


「空想だけでは魔法は実現できない、だったか」


「はい、正解です。よく覚えておりましたね」


「ハーディ先生の授業は覚えているよ」


「ありがとうございます。復習の時間を必要はないと言い切るだけはございますね。さて、本題に戻りましょう。この本は貴族では無くても購入することができます。この本の価値そのものは低いのです。そして、知恵のない者がこの本を手にすると実現可能な魔法だと信じてしまう傾向が見られています」


 魔法を習っている者ならば本に書かれている魔法が理想論であり欠陥のあるものばかりだということに気付くことができるだろう。稀にそれを実現させることが魔法使いや魔女としての為すべきことだと主張する者も居るが、それを実現させることができた者は未だに確認されていない。


 ……人の子が高額で売買されている理由はその本にある?


 魔法を使うことができない者たちが真似をしようとしているのだろうか。専門書を買うことのできない者たちが真似をしようとして無駄であることを理解できないのだろうか。


「悪魔召喚や蘇生魔法、転生、逆行などと様々な空想上の魔法が書かれている本を信じ、その為の生贄として子どもを選ぶ者たちは少なくはありません。それが貴族の血が流れている者ならば成功率が上がると信じている者たちもいると耳にしたことがございます」


「アベーレの末娘はその犠牲者になったの?」


「その可能性が高いでしょう」


 ……苦しかっただろう。


 五年もの月日が経ってしまっては生きている可能性は低いだろう。奴隷商に売り飛ばされた時点で命はないものだと覚悟をしていたのだろうか。それにしても幼い命を平然と売り飛ばした元伯爵に対しては怒りを覚える。


「娘を売り飛ばすだけでは借金返済はできなかったのでしょう。次男を傭兵組合に売り飛ばし、妻を異国に売り飛ばしたところで、伯爵家は貴族階級を剝奪されました。子どもを二人、妻を一人、奴隷商に売り飛ばした男は首を吊ったそうです。アベーレ家の話はそれだけです。メイヴィスお嬢様、勉強の続きをいたしましょう」


 ハーディの話はそれだけだった。

 手にしていた本を鞄に仕舞い、机の上に広がっている資料の一枚を手に取る。


「待って、ハーディ先生。長男と三男はどうなったの?」


「お話は終わりです。さあ、メイヴィスお嬢様、公爵家の代々伝わる血統魔法を習得しましょう。バックス公爵家は代々毒を生成する魔法を使うことができます。それは公爵家の血に秘められた魔力によるものだということは――」


「知っている。血統魔法は全て使えるよ」


「――そのようなことはありません。十三歳の誕生日を迎えることができた本日より実技の授業が許可されました。メイヴィスお嬢様、今まで私が教えてきたことは知識だけの話です」


 代々引き継がれている貴族には、その血にこそ価値があると言われている。

 魔力は血や身体の一部に宿っていると信じられているのだ。それを証明した魔法使いや魔女はいないものの、代々、引き継がれている血統魔法と呼ばれる魔法が存在しているのだからそのようなことが信じられているのだろう。バックス公爵家には毒を生成する血統魔法が引き継がれている。それは公爵家の血が薄くとも似たような性質の魔法が現れることがある。だからこそ、家系図はその血を把握する為に重要なものとされているのである。


 その身に流れている貴族の血が強ければ強いほどに魔法の精度は上がる。


 特殊な性質を持っている魔法だからこそ、教えられる者は限られている。ハーディの出身であるフィッシャー子爵家もバックス公爵家の分家であり、彼は公爵家の血が濃く現れた者である。

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