シンディ先生

 土曜日の休校日。早速、シンディの家に引越しをすることになった。


 ワンルームマンションの一人暮らしで、荷物は極端に少なかった。 ベッドを搬出するのに少し手間取ったが比較的スムーズに作業は進んだ。


 シンディが軽トラックを運転する。 いつの間に運転免許を取ったのかと疑問が沸いたが、響樹は考えないことにした。 


「本当に荷物少ないのね。 静香は手ぶら同然だし・・・・・・・ところで、静香のその服は洗っているの? なんだか匂うわよ」

「失礼な! キチンと川で洗っていたぞ」この辺りの川は、あまり綺麗とはいえない。 静香は百年以上もホームレスのような生活を続けていたのかと思うと、響樹はなんだか可哀想に思えた。


 引越しが終わり、リビングで休憩を取ることにした。 勇希が紅茶を用意した。

 労働で疲れるだろうと、ケーキも人数分購入して来た。 よく気配りができるなと響樹は感心していた。


 静香は、ケーキというものを食した事が無いのか、おいしそうに食べた。 食べ終わると響樹のケーキをジーっと見ていた。


「食べていいよ、どうぞ」響樹は自分の目の前からケーキの皿を静香に差し出した。

「い、いいのか! 有難う!」静香は歓喜の言葉を上げてから、ケーキをたいらげた。あまりケーキなど食べたことがないようであった。


 シンディが、足組をして紅茶を上品に飲んでいる。

「明日、日曜日だから服を買いに行きましょう。 Meが出資するから・・・・・・・静香は、アルバイトを探して返すのよ! 解っているわね」シンディが念を押した。


「あ、ああ・・・・・・」静香は小さく頷いた。服の事は前から気になっていたようだ。シンディと勇希はいつも綺麗な衣服に身を包んでいて良い香りを発している。

 対象的に静香の服は、所々ほつれていたり、破れていたりで違う意味で男性の興味をいていた。


「よし、明日はお昼から買い物に繰り出すわよ! 勇希、YOUはどうするの?」シンディは勇希に目配せした。

 その会話を聞きながら響樹は日曜日に何か予定があったような気がした。・・・・・・・が思い出せなかった。


「も、もちろん、わ、私も行くわ・・・・・・・、そ、それから・・・・・・・」勇希の言葉がいつもと違いたどたどしい感じであった。 響樹はどうしたのかと少し心配になった。

「それから、なに?」シンディはティーカップを唇にあてた。

「わ、私も一緒に住む! ・・・・・・・ここに引っ越してくるわ!」勇希が思い立ったように言った。

「え、でも・・・・・・・」響樹はシンディの顔を見た。 シンディは動じずに紅茶を啜っている。

「私が一緒じゃ嫌なの! それとも三人でまたイチャイチャするつもりね! 私を除け者にして・・・・・・!」勇希は何故か頬を赤く染めて目に涙を溜めているようであった。

 よほど、俺の回りの風紀が乱れることが許せないのだなと響樹は感心していた。


「でも、家の人には?」響樹は、勇希の家族に一体どのように説明するのかと疑問に思った。

「そ、それは・・・・・・・」勇希は床に目を落とした。

「Meに任せておきなさい。 ご両親は説得してあげる。 その代わり、この家の中と学校では、Meの言うことを聞くのよ!」ティーカップをゆっくりとテーブルに置き、シンディが微笑む。


「え、ええ」予想しなかったシンディの言葉に、勇希は呆気に取られていた。

「ベニーちゃんは、二階の端の部屋を使ってね。 それと今晩、ご両親とお話をしに行くから時間を空けておいてもらって」もう一度、紅茶を口に含んだ。

「は、はい、解りました」いつの間にか、先生と生徒の会話になっていた。


 夜になり、勇希の両親と話し合いに行った勇希とシンディが帰ってきた。

 後日響樹が勇希に聞いた話によると、シンディが見事な理由・説得により、両親は快諾したそうだ。 彼女のその流暢なディベートに勇希の両親も舌を巻いてしまった。彼女の違う一面を見て、少し憧れのようなものを勇希は感じていた。

「ベニーちゃん、YOUは・・・・・・覚悟は出来ているのでしょうね?」唐突のシンディが呟く。

「・・・・・・?」勇希は無言のまま、シンディに目を向けた。

「ジョー・・・・・・・いや、響樹とキッスをして、そのチョーカーを身につけたということは、Me達と同じ運命を背負ったということよ。もう、YOUは普通の人間としては生活出来ない。嵐子の話ではないけれど・・・・・・・いずれやって来る周りの人達との別れは、覚悟しておくのよ」言いながらシンディは月を見た。今日は真ん丸い満月でいつもより、大きく見えるような気がした。


 この人も、沢山の人達と悲しい別れを繰り返してきたのだなと勇希は思った。 肉親、友人、かけがえの無い人達を・・・・・・勇希を彼女の家に迎え入れてくれたこともなぜだか理解出来るような気がした。


 ただ、今の勇希には、まだ彼女の悲しみを正確に想像することが出来なかった。


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