血の繋がりは傷の上で

@papikon

プロローグ

第1話 時が止まった街と俺

「アアァァァァアッッ!!!」


「はあぁぁぁあっ!!」


崩れた建物。砕けたガラスが覆う道路。

その真ん中で2人が戦っている。


片方は爪で、片方は剣で。



剣で戦う男。シャツにジーンズとラフな格好の上から黒いコートを羽織った青年が手にするのは刀…しかし、その刀身は赤く錆び付いてしまっている。


方や爪で戦う男…否、人型をしている『それ』は着ている服がビリビリに引き裂けており、顔や腕…その裂け目から覗く皮膚…すなわち全身が黒く『変色』している。


「アアァッッ!!」


黒い人型の何かが大きく腕を振り上げる。

青年に捌かれ続けて痺れを切らした何かが大技で仕留めようとしているのだ。


だがそれは隙だ。人間を殺すのに体を裂く必要は無い、明らかに無駄な動作はその何かの知性が人並みとは言えない事を物語る。


そして青年は外見通りの人間だ。

それの致命的な隙を…文字通り致命傷へと変える。


「死ねっ!!」


青年は構える。姿勢を低く、曲げた下半身に力を貯める。それの爪は頭上の上。もはや受ける気すらしない。


下半身のバネを伸ばす。前に大きく、上に少しのベクトルが生まれ、それにまっすぐ前に突き出した刀を乗せる。


「はぁっ!!」


パキンッ…。


ガラスにヒビが入ったような音を立てた後、刀の先端がそれにズブズブとくい込んでいく。


「ァァァァ……。」


「…ふぅ。…流石にもう5等のデッドマンなら余裕だな。」



青年はそれ…デッドマンから刀を引き抜き、今度は大振りなナイフを取り出すと、デッドマンの胸部を裂きだす。



デッドマンは皮膚だけでなくその『中身』も黒く変色している。が、その感触は『生』そのものだ。



「はぁ、これにはまだ慣れないな…。なんで外皮は硬くなっているのに中身は生なんだよ。」


愚痴を零しながらも作業を進める青年。外皮を裂き、胸骨を折りながら穴を開け、肺を掻き分け…心臓に寄り添うようにして赤く輝く宝石のような物を取り出す。



青年はその赤い石を取り出すとそのまま腰についているポーチの1つにしまう。


「よし、この調子で…あと2キロくらいかな?…日が暮れる前に帰れるだろうか…。」


空を見上げる。この街が停止しても尚、時を刻む太陽が頭上では爛々と輝いている。



「日が暮れたら怒られるからなぁ…。急がないとな。」


青年は立ち上がり、再び歩き出す。



無人の街。かつては人の生活の音で溢れた通りには、今や青年の歩みの音のみが響き渡っている。



「今日こそは…絶対に……。」


気温は低い。が、照りつける日差しを避ける為に路地裏に入ろうとする青年。


ピシッ…。


すると彼を出迎える様に、劣化したコンクリートにヒビが入る。



青年の動きが止まる。時間にすれば一瞬、だが集中仕切った彼の感覚はその一瞬を引き伸ばし…


ヒビを入れた主の登場、その瞬間を捉える。



「うわぁぁぁぁあ!!!」


コンクリート製の壁が爆発する。青年は真後ろへ飛び方を少しも意識せず、全力ですっ飛ぶ事で飛び散る壁の破片から逃れる。



舞い上がる砂埃、裏路地とゆう狭い空間にそれは停滞する。


だがそれでも『そいつ』は隠れきれない。その大きく肥大化した両腕を地面につけて歩く様は類人猿…ゴリラを想像させる。

そして、のしのしと裏路地から出きたそれは日の光を浴び、煙に隠れていたその体躯の全てを晒す。


「3等…いや2等か…。流石イエローゾーンってか。」


ゴリラ型のデッドマン。デッドマンは他のデッドマンを捕食する事で1部、或いは全身が大きく・硬くなる。


こいつは両腕が極端に肥大化・硬化したのだろう。


「こいつを仕留めれない様じゃ…いつまで経っても辿り着けない…。頑張るだ俺!、こいつを倒すぞ。」


青年は得物である刀の柄を握り直す。右足を前に、左足を後ろにし 刀を持ち上げ中段に構える。


デッドマンと目が合う。赤く、獰猛な目だ。

しかし、その目も、顔も…人間の物だ。今、この街の住人と呼んでも差し支えないこの者達は皆等しく理性と大部分の知性を失っている。


人でありながら人でない。そんな異形と化してしまった人間を見てしまうと、何とも言えない恐怖と嫌悪感がチラつく。



(踏み込めない…)


踏み込む事を躊躇ってしまう。


そうしているうちに先にデッドマンが仕掛けてきた。



発達した前腕を曲げ、足を曲げ、低い姿勢となるデッドマン。


そして当然曲げた四肢を伸ばし跳ねるように駆け寄ってくると。両手を組み、大きく頭上へ持ち上げ・振り下ろす。


「遅いっ!!」


またもや大振り。知性が欠如したデッドマンは大振りな攻撃が目立つ。3等或いは2等となれば肥大化した筋肉に任せた振りでも圧倒的な速さと威力だが…。隙と呼ぶには充分だ。


青年はそのままデッドマンの真横を走り抜ける…のと同時に脇腹を撫切りにする。


(よし、まずは一太刀目だ。)


ドンッ!…


鈍い音と腹の中を揺らすような衝撃波が後ろから突き抜ける。


「…まじかよ、腹切られても効いてないのか。」


痛みはあるはずだ。そして確かに腹を切った。


にも関わらず奴はブレることなく俺の居た位置に拳を振り下ろし、道路の舗装を砕いている。


(腹を切られても…いや、良くて筋肉に切れ込み…悪けりゃ脂肪しか切れていなさそうだ。)


発達した前腕に目を取られがちだが…迫られて分かった。恐らく180cm後半の体高に厚い筋肉と脂肪の鎧を纏っている。


(撫切り…笑わせるなって事か…。致命傷とは思って無かったが、ほぼ無意味と考えた方が良いな。)


デッドマンがこちらを向く。切れた脇腹からは黒い血がつらつらと垂れ落ちている。


だが出血死を望むには話にならない傷だ。程なくして塞がるだろう。


再び中段に刀を構える。デッドマンも完全にこちらへ向き直る。


「こいっ!!、ぶった斬ってやるっ!!。」


「オァァァァア!!!」


再び迫るデッドマン。脂肪と筋肉の鎧…どこを切っても致命傷に繋がるか怪しい。


ならば狙うべきは首から上。断頭が満点回答。


ドンッ、ドンッ。手を足を着く度に響く音が質量の違いを物語る。


(大丈夫だ。こいつはそのまま突っ込むか再び上段からの大振りのどちらかのはず!。)


俺の前で急減速するデッドマン。慣性によって前にせり出す上半身、その勢いに乗せて両腕を上にあげる…。


(来た!、上段からの大振り!。)


もはや動きは読めている。腕が発達している為かそれを持ち上げる胸筋も発達している。それならば狙うはやはり首!正面から喉を串刺しにする!!。


恐怖に怖気付いて踏み込みが甘くなれば死ぬ。俺の方が先に奴の喉へ穴を空けれるが…俺がこいつに取れる『先』とは微々たる差によって生まれる『先』だ!!。


全身を伸ばす。足の端から、腕の先まで。そうして1本の杭として…


「ぶち抜っっ?!?!」


空が映る。ビルが映り、頭に激しい痛みが叩き付けられ…そして細かく砕けたガラスが散乱する…見慣れた道路が目の前に広がる。



鉄臭い。耐えきれず口を開けるとドボドボとまだ温かい血が勢いよく溢れ出す。


「ガハッ!…お、おぅぇ……。何が…。」


足を上げている。


前腕が発達したデッドマン。その前腕に目を取られがちだが全身が筋肉と脂肪の鎧。


前腕は凄まじい。しかし、それ以外がそこらのデッドマンと変わらない訳では無い。


(あぁ…ちくしょう。バカの真似でもしてたのかよ…。)


腕を振り上げる動作はフェイクだった。持ち上げた腕をそのまま体の後ろへ振り、その反作用で更に体を前へ動かすことで前に突き出した足で蹴りを行ったのだ。


理屈がわかってから腹が痛み出して来た。血を吐いたとゆう事は内蔵をやられている。手当を受けなければ確実に死ねる。


(に、逃げないと…こいつに挑んだ事がミスだった。)


立ち上がり、背を向ける。


(集中しろ…俺なら出来る…。)


4階建ての建物の屋上を見る。飛べ、飛び移れ!。さもなければ…


(死ぬだけ。…だが断わる!!)


腹の中が痛む。神経を残したまま液状にでもなっているかのようだ。体を動かす度、腹の中身が揺れ、グリグリと刺激された神経が律儀に痛いと叫んでくる。


(我慢しろ!、飛べ!!。)


力を込める。だが力むわけではない。

程よく脱力する事も忘れない。


だが奴はそんな挑戦すら許してくれない。


「がぁッ!!」


背中を強く殴られ、肺から空気が絞り出される。

まだ距離はあったはず…それにあの前腕ならこの程度では済まない。


(何かを『投げ』やがったな。)


逃げたい…だが痛い…。そもそも息を吸えない、体を動かせない。


真後ろに…圧を感じる。奴に決まっている。


発達した前腕が伸びてくる。


ギュッ


可愛らしい擬音ではない。その握力の凄まじさに俺の『腕』がそう『鳴った』のだ。


「あぁぁぁああぁぁぁあ!!」


ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ


腕が鳴る。押し潰されていく骨の悲鳴が、腕から肩、肩から耳へと骨伝いに響いてくる。


そのまま持ち上げられる。以前握り潰される寸前の腕は自重も合わさり、今にもちぎれてしまいそうだ。


だ、誰か…助けてくれ……


デッドマンがその発達した腕を振る。水平に振られた青年…凄まじい膂力と遠心力により青年の体は外側へ勢い良くすっ飛ぶ。




デッドマンに握られたままの『腕』を残して。



派手に血しぶきを撒き散らしながら投げ捨てられた人形のように地面を転がる青年。


(あぁ…クソ…。腕が…。)


彼の右腕は肘から先が無くなった。傷口からは血が行き良いよく溢れ出てくる。


蛇口の閉め忘れで垂れ流しの水ですら良く思われないこのご時世。それを上回る勢いで血を零し続ける。


(痛てぇ…寒いしよ…ちくしょう…。)


薄まっていく意識の中…青年は思う。




(最悪だ…本当に…最悪だ…。)

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