第二十三話 バカげた真実
トオリはキヨトの顔を見ても、さして驚いた表情を浮かべなかった。
美しい顔をわずかにかしずけて、微笑する。
偶然・・・ばったり出会ったという訳ではどうやら、なさそうだ。
では、いったい何故・・・
キヨトの脳裏には、様々な疑念が渦を巻く。
「キヨトさん。お久しぶりです。」
トオリの外見も、その声も以前に増して、女性的になっていた。
いや・・・もはや男だったとは到底思えない。
それ以外にも、キヨトを戸惑わせたのは、トオリが纏っている雰囲気だ。
どこか、退廃的な負の空気をトオリは醸し出していた。
画面越しに見ていた美しいアイドルが、疲れ切った顔をして、コンビニで買い物をしている場面を垣間見てしまったようなそんな気まずさをキヨトは感じていた。
トオリは以前と同じように外見は美しい。
だけど、それは、酷く現実的で日常そのものに見えた。
なんと返事を返すべきか、戸惑っているキヨトに対して、トオリは、ポツリと話す。
「キヨトさん。あの人たちをどう思いますか?」
トオリが、顔を向けたのは、御苑内にいるある集団、スマホ片手に一人で過ごしている人々だ。
彼らのように一人でいるものたちは、みな夢中で写真を撮影するかのように、スマホをかざして、その画面に夢中になっている。
きっと、最近学生たちの間で流行りだしたAR(拡張現実)のアプリを使って、モンスターをハントしているのだろう。
さして、珍しい光景でもない。
今では都内のいや日本に限らず世界中で流行っているから、どこでも見られる風景だ。
トオリは何を言いたいのだろうか・・・
キヨトは、困惑気味に、「今、流行っているゲームをやっているんですよね。あの人たちが何か・・」
と、返す。
「アレが・・はじまりだったんですよ。」
トオリの声と態度には、明白な怒りが込められていた。
その突然の変化に、キヨトは思わず驚いてしまう。
「キヨトさん。僕は正直に言って、疲れてしまいました。この世界に。望んで来たはずなのに、今ではサエの気持ちが、痛いほどわかってしまっている。」
「サエは・・・まだあなたと一緒にいるんですか?」
「ええ・・今は・・まだ。でも・・・もうすぐ別れます。だから、その前にあなたに会いに来たんです。彼女が、元の世界に戻る前に、あなたにそのことを伝えておく必要があると・・僕は想ったので。」
「サエに・・・彼女に・・会えるんですか?」
「ええ。そのために来たんです。それに・・・あなたが知りたがっていたこと・・・僕たちが来た世界のことも話そうと想いましてね・・まだ。あなたが、知りたければ・・ですが。」
「・・・もちろん。知りたいです。でも何故なんです?今になって。」
「それは・・・僕も含めてこの世界に来た人間はいずれ遅かれ早かれサエのようになる。つまり、元いた世界に戻るでしょうから・・・そうなったら、隠している意味ももはやない。その前に・・一人くらい真実を知る人間がいた方がいても、いい・・・そう思っただけです。」
トオリは、どこか投げやりで、全てを諦観しているかのようだった。
数十秒間、お互い無言のままだった。
「では・・行きましょうか。彼女の元に・・・」
トオリは、そう言うと、木陰から太陽のもとへと出る。
トオリは、眩しい日光を煩わしそうに目を細めて、ハンドバックから小ぶりの日傘を取り出して、広げる。
目の前にいるトオリにしても、周囲の人々も、いたって普通だ。
それなのに、キヨトは、数年ぶりに、視界がボヤけるようなあのめまいを一瞬覚えた。
キヨトは、すぐに姿勢を正して、トオリの後を追う。
トオリが向った先は、新宿の高層ビル街の一角にあるホテルのラウンジだった。
てっきり、病院にでも行くのかと想っていたから、キヨトは少し面食らってしまった。
トオリは、その格好が、「黒」一色という点だけ異質ではあるが、その他の点は、こういった場所にも見事に馴染でいた。
トオリの美しい外見と、そして、初めて会った時ほどではないとはいえ、彼女・・・いや彼の凛とした佇まいは、やはり映える。
対して、キヨトは、いかにも学生といった出で立ち〜安物のパーカーにジーンズ〜だから、この場からは完全に浮いてしまっている。
若い美女と貧相な学生のカップルは、さぞ周りの人間からは奇異に見えただろう。
トオリは、注文したコーヒーが運ばれてくると、おもむろに話しを切り出した。
「ここ最近・・・一ヶ月ほど、僕たちはここに泊まっているんですよ。」
「そう・・なんですか・・」
このホテルの宿泊費がいくらかは知らないが、高いということだけはわかる。
やはり、サエもトオリも相当な資産家なのだろうか。
そんなキヨトの疑念を感じ取ったのか、トオリは、口元を緩めて、やや皮肉めいた口調で、
「この世界は、本当に元いた世界に・・・似すぎている。経済すらも。だから、僕たちは、特段お金の心配は、しなくていいんですよ。」
と、話す。
「はあ・・・そうなんですか・・・」
キヨトは、生返事をする。
相変わらず、トオリの言っていることはよくわからない。
トオリは、キヨトのその当惑気味の表情を見て、
「ああ・・すいません。いつまでも思わせぶりなことを言っていても、しかたがないですよね。ただ、元いた世界のことをなんと説明したら、キヨトさんに伝わるか・・・今だに考えあぐねているのです。・・・一番簡単な説明は・・そうですね・・・いわゆる未来から来たと言った方がいいんでしょうか・・・・・」
「み、未来・・ですか・・タ、タイムマシーンとかの・・」
トオリが唐突に言い放った荒唐無稽な言葉に、キヨトは思考が追いつかなかった。
言っているキヨト自身ですら、バカみたいだと想いながらも、そんなフレーズを思わず声に出してしまうほどだ。
トオリは、両手を組み合わせながら、キヨトの目をじっと見る。
「いえ・・・そうではないです。正確に言えば、僕たちが体験した世界の歴史をそっくりそのままシュミレーションとして、作り上げたのです。もといた世界とこの世界の唯一の違いは、時間だけです。この世界は、僕たちの世界より過去の時間・・・と言っても、ほんの三十年前ほどですが・・に設定されている。」
トオリの言っていることは、あまりにも突拍子もないことで、キヨトはその話しの中身の半分も理解できなかった。
ただ、トオリの真剣な表情からは、とても冗談を言っているようには思えなかった。
キヨトは、頭を必死に働かせて、トオリの話しを 少しでも理解しようとする。
「その・・・つまり・・・トオリさんは、この世界がシュミュレーションだと・・そのマトリックスみたいな・・・」
「そう。その通りです。ただ、あの映画と違い、AIやら機械の暴走なんてものはありませんが・・・」
「そんな・・こと・・・あの・・トオリさん、正直に言いますが・・とてもそんなバカなことは信じられません。このリアルな現実が偽物だなんて・・・あなたは・・・」
トオリは、両手を広げて、ニヒルな笑みを浮かべる。
「僕がおかしいと?まあ・・・そう思うのも当然です。ただ、あと10年もすれば、僕が言っていることが、体感的にわかると思います。この世界は、僕たちがいた世界の歴史を細部にわたって、忠実に再現している。だから、そうした技術・・・今はお遊び程度のVRやAR、それに人がどのように物理的な現象を脳で捉えているか・・・そうした生化学の分野が、指数関数的に発展することになる。そうなれば、嫌でも思い知りますよ。我々がいま体験している現実や感情はいかようにも操作できるということをね。」
トオリの、自信満々な態度に、キヨトは何も言えずにいた。
だが、いくら言葉で説明されようとも、そんな馬鹿げたことなど信じられる訳がない。
今、目の前に映っているホテルのラウンジ、そして人々の話し声、コーヒーの匂い、ふかふかのソファーの感触、そんな五感の全てを正確に再現することなど、いくら人の技術が進歩したからといって、できる訳がない。
それよりも、目の前にいる風変わりな女が・・いや男が・・単にオカシなことを盲信していると、考えた方が、はるかに合理的だ。
キヨトのそんな顔を見たトオリは、わざとらしく大きなため息をつく。
「まあ・・・信じてくれるとは思っていません。これは、一度体験してみないとなかなか実感が湧きませんからね。僕だって、両親たちの時代の話しは散々ライブラリーで見聞きしていたけど、実際この世界に来るまでは真の意味では理解できていなかった。それに、人の脳は指数関数的な増大を直感的には理解できませんからね。僕の両親も・・・いや多くの人々は、この二、三十年の加速度的な技術革新による急激な変化についていくことはできませんでしたからね。」
トオリは、ホテルのラウンジ内で、談笑している人々に目をやる。
どこか懐かしそうなものを見るような視線だった。
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