第二十一話 どこにでもある薄っぺらい関係ほど、「絆」という言葉がよく出る
女に連れられて向かった先は、住宅街と繁華街の境目にある3階建ての古めかしいマンションだった。
一見すれば、築古の居住用マンションなのだが、マッサージ屋、カタカナの会社名の看板が複数掲げられて、もはや雑居ビルと言った方がイメージに近いかもしれない。
確かに、大学から徒歩十数分の近距離であったが、その実質的な距離はもっと遠いように感じてしまう。
きっと、このあたりの空間が持つ雰囲気のせいだろう。
大学のキャンパスが光輝く場、「陽」とするならば、ここらは「陰」だ。
ジメジメと湿って、どこか薄暗い感じがする。
駅前の再開発から取り残された影響か、このあたりは未だに古い木造家屋や傍目から見ても、うらびれた印象のアパートが多い。
それ自体は下町っぽいという人情味を感じさせる雰囲気を持つこともあるのだろうが、どうやらこのあたりは完全にそれが負に働いてしまっているようだ。
それにしてもと・・・キヨトは思わず苦笑してしまう。
こういう団体というのは、どうしてどこもこういう場所を選ぶのだろうか。
怪しまれないためなら、駅前の一等地とは言わなくても、もっとマシな場所があるはずだろうに。
家賃の問題もあるだろうけど、そうではない気がする。
このギャップ、いきなり日常の場である「陽」から、「陰」の場に連れてこられた時に感じる非日常感、それを相手に抱かせたいからではないだろうか。
映画館が、大きな扉で仕切られていて、薄暗い空間なのも、同じ理由からだろう。
今はそうでもないかもしれないが、昔の映画館は、芝居小屋などと言われていて、もっと怪しげな雰囲気を醸し出していたらしい。
キヨトは、またも自嘲気味に笑う。
まったく・・最近では、すっかりこうした関係の素人専門家になってしまった。
そうまでして、俺はいったい何を証明したいんだ・・・
女は、横を歩いているキヨトの方を見て、
「まあ・・・外はアレだけど、中は一応けっこう綺麗にしているからさ。まあ・・といっても、たまり場だから、そこまでは期待しないでよ〜」
と、おどけた様子で話しをふってくる。
キヨトが建物を見て、ひいていると誤解したのだろう。
「大丈夫ですよ。俺も自分の部屋はそれなりですから。」
「あ、そうなの?意外〜」
こうした軽い会話にも今やすっかり慣れた。
初めから、虚構の一時的な関係だとわかっていれば、変に気をもむ必要もない。
女は、2階にある一室へと向かい、キヨトを中に案内する。
部屋の中は。古いマンションにありがちな2DKで、奥に6畳ほどの部屋が2つあり、玄関を開けると、すぐにこじんまりとしたキッチンがある作りになっていた。
ただ、お世辞にも、外よりマシとは思えなかった。
生活臭がそこかしかに漂い、いかにもここで、複数人が共同生活を送っているといった感じだ。
実際、玄関には、数組の靴が無造作に投げ出されている。
「お。マリじゃん。どうしたん?」
奥から、軽い言葉とは裏腹に外見は、真面目そうな学生らしき男が出てきた。
「ちょっとさ〜カズヤ。せっかく新人くんを連れてきたのに。少しは部屋かたしといてよ。引いちゃってるじゃん。ねえ?」
女は、そう軽口を叩いてくる。
「確かに・・これはヤバいっすね。俺の部屋よりキテますよ。」
キヨトは空気を読んで、同じノリで返す。
「ええ〜そこまで言うか!ちょっとショックなんですけど。」
「おお〜なんかもう意外とけっこう馴染んじゃってるじゃん。」
男は、そう軽いツッコミを入れる。
変な派手さもなく、かといって堅物といった感じではない。
まさに、警戒されない好青年といった男だ。
「確かに汚いけどさ。しゃーないでしょ。さっきメシ作ったばかりだし。まあ、奥はまだマシだから。」
2つある内の一つの奥の部屋へと案内される。
部屋の中は、折りたたみ式のローテーブルが置かれていて、真ん中に無造作にPCと、ゲーム機が、置かれている。
下は畳になっているが、大きめの絨毯が引かれている。
床には、充電器やらケーブルやら、それに先ほど見たチラシのたぐいがそこかしかに転がっている。
「まあ・・・座ってよ。」
男は床の空いている部分を手で指し示す。
「ウチは、一応ボランティアやっているんだけど、それは、おまけというか。」
男は、苦笑いを浮かべて、部屋に目をやる。
「見てのとおり、みんなのたまり場みたいな感じだからさ。まあ・・・ユルイ感じで繋がっているようなサークルなんだ。こういう方が変に硬いやつよりいいでしょ?」
「まあ・・そういう重いのよりは、ユルイ方がいいですね。」
キヨトはさも自然にそう頷く。
「あのう・・一応わたしは真面目にボランティアやっているんですけど・・」
女がふてくされた表情をする。
「えっ?そうなん?」
男は、おどけて返す。
こうしたやり取り〜いかにも馴染めやすいような雰囲気の演出〜もキヨトは、もう何度も見てきている。
心の中では、この安い芝居にはウンザリしているが、もう少しだけ付き合わなければならない。
無垢なカモだと彼らに思わせるために・・・
キヨトは、結局、このたまり場で、夕方になるまで、ゲームをしたり、中身のない話しをして、彼らと過ごした。
既にオチがわかっている映画を見るような退屈な時間を過ごしたかいはどうやらあったらしい。
帰り際に男から、声をかけられた。
「今日はありがとうな。こんなところにわざわざ来てもらって。しかも、授業までサボって、付き合ってくれて。」
男は、すっかり打ち解けたかのような雰囲気を醸し出す。
そして、一拍置いて、今までの軽い口調のトーンをあらためて、おもむろに話しを切り出す。
「今度な。俺たちの集まりがあるんだ。」
「マリさんが言っていたやつですか?」
「いや。あれはまあ・・・初めて会う人向けかな。キヨトは、もう俺たちと会って、お互いにもうけっこうつながったから、もっと大きな集まりに来てほしいんだ。」
男の態度は、今も軽い感じだったが、その眼光は先ほどと違って鋭かった。
そして、その口調は、どこか有無を言わさぬ、断りにくい雰囲気を醸し出していた。
「どうだ。キヨト。来てくれるか?」
散々遊んだ最後に、今までの気さくな態度を翻して、真剣な顔をして頼まれる。
そのギャップに、よほどこの男にとって重要な頼み事なのでは・・と思わされてしまい、ことさら断ったら申し訳ないという想いを抱いてしまう。
たぶん、それがこの男の狙いなのだろう。
「・・・そう・・ですね。はい。行きます。」
キヨトは、ややためらいがちな感じを出しながら、頷く。
もともと、これが目的なのだから、行くにきまっている。
男は、顔をパアッと明るくさせて、「そうか!本当ありがとうな!そうだ。ラインまだ登録してなかったよな。場所と時間送るからさ。」と、素早くスマホを取り出す。
その変わり身の速さにキヨトは思わず笑ってしまうところだった。
こういう奴らは、本当に演技が上手だ。
キヨトは男とラインを交換して、その場を後にする。
男から、集まりの日程が送られてきたのは、その日の夜だった。
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