第四話 真夜中に見知らぬ美少女が部屋の中にいたら・・・
「誤解だ!」
と、人々に叫んだところで、目を覚ます。嫌な夢だった。
知り合い連中に取り囲まれて、「ストーカー」、「変態」だの言われて、つるし上げられている夢だった。
こちらが、弁解しても、誰も聞く耳など持ってくれずに、あの女が端正な顔を、泣きはらして、自分が受けた苦痛をひたすら訴えていて、全員が彼女に同情しているという構図だった。
キヨトは、ベッドの上に転がっているスマホを手にする。
午前二時を少し回ったところだった。
フラフラと立ち上がり、リビングにある冷蔵庫の扉を開ける。
飲みかけのペットボトルを取り出して、喉を潤す。
それにしても・・・今日はあの女のせいで、最悪な一日だった・・
シャワーでも浴びようかと、浴室に向かおうとしたところ、ふと違和感を覚えた。
視界の隅に何かがあった・・・ような気がしたのだ。
そちらの方向に目をやると、リビングにある二人がけのソファに大きな影がある。
何だ・・・と、目をまばたかせると、その影の正体は人間だった。
一瞬、思考が止まった。
人間がいる。
何故、いる?
なんで?
「うおっ!」
と、素っ頓狂な声を上げて、後ずさりする。
視界から入ってきたありえない情報を、キヨトの脳が処理し、再び体に伝えるまでに、だいぶ時間がかかってしまった。
座っていた影・・・いや人間がゆっくりと立ち上がり、人差し指を口にあてて、静かにしろというジェスチャーをする。
キヨトは、その人間が女だということにこの時点でようやく気付いた。
そして、知っている女・・・さっきキヨトを不審者扱いした女だということに。
キヨトの脳は得られた情報を元に目まぐるしく動き、必死に理由を考え出そうとしていた。
なぜ・・あの女が・・・報復いや・・脅迫・・・いや・・女が一人で・・夜にストーカーの家に侵入などするか・・・他に人が・・男が・・・いるのか・・
キヨトは、頑強な男に自分が殴られている光景をイメージして、顔を四方八方に動かして、人影を探す。
「安心してください。私、一人しかいません。」
キヨトは、女の声に体をビクリとさせて、「な、何だ?」と、声を裏返しながら、我ながら意味不明の言葉を返すのが精一杯だった。
「あの・・・落ち着いてください。大丈夫ですよ。私はあなたと同じ仲間なんですから。」
仲間・・同じ病気だってことか・・いや・・・そんなことはどうでもいい。何故、俺の家にいるんだ・・
キヨトの頭は相変わらず混乱状態だったが、女の様子が冷静だったこともあり、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
少なくとも、この女の彼氏に、報復として、ボコボコにされるという予想は間違っていたようだ。
しかし・・となると、女の目的は全く不明だ。
人は、理由がつかない出来事に遭遇すると、どうにも気持ち悪くなる。
先程の理由を予想した際に感じた恐怖は、ある意味でわかりやすいものだった。
その恐怖からは、解放されたものの、何やら得たいのしれない薄気味悪さを女に覚えていた。
キヨトは、警戒しながら、女を見る。
相変わらず不安はあるとはいえ、目前の危険は去ったからだろうが、ようやく女の外見を考える程度の余裕が出てきた。
小さな顔に、真ん丸とした大きな目、肩まである黒いロングの髪、それに白いブラウスと黒いスカート・・・といった出で立ちをしている。
女の服装については、全く詳しくないが、この年頃にしては全体的に落ち着いた色でまとめられている。
そうした雰囲気のせいなのか、女の顔のパーツは、可愛らしい少女といった印象なのだが、キヨトよりわずかに年上に見える。
そして、なにより、昼間に会った時の感想と同様、こんな時でも、美人だ・・などと思ってしまう。
全て表面上の印象だけなのだが、そうした彼女の外見が、薄気味悪さをだいぶ中和していたため、キヨトはなんとか平静さを保っていられた。
とはいえ、いつまでもこの状態で我慢できるほど、心は強くない。
キヨトは、たまらず、
「なんで・・・あなたは俺の家にいるんですか・・目的は何ですか?い、言っときますけど、俺はストーカーなんかじゃなくて、アレは単なる偶然ですからね」
と、まくし立てる。
先程よりは、思っていることをしっかりと言葉にすることができた。
それに、敬語で話すことができる程度には、落ち着いていられる。
女は、大きな目をくりっとさせて、「ストーカーって何ですか?・・・」と、不思議そうな顔を浮かべている。
そして、しばらく、何か考え込んだ様子を見せて、
「・・・目的は、その・・・情報交換です。あなたはその・・いつこうなったのですか?」
と、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
ますます、訳がわからない。
この女は、俺のことを自分を狙っている不審者かストーカーだと思っていたんじゃないのか。
それとも、単に近所の同じ診療所に通っている精神的な病を抱えた同世代の人間がいたことに驚いて、あんな反応をしたのか。
そりゃ・・それで、仲間意識を感じることはあるだろう。
だが、そうだとして・・なぜ・・・こんな真夜中に勝手に見知らぬ他人の家に上がりこんでまで、俺と話したいんだ。
「いつって?病気のことですか?それは・・・その・・半年前くらいからですけど・・」
学校に行きたくないから、うつ病のフリをしているとはさすがに言えない。
女は、キヨトの言葉に、何か気付いたのか、関心したように、
「病気ですか?それは・・・今までそうした考えは、思いもつきませんでした。でも、確かにそういう考えもありますね・・」
と、何やら考え込みながら、頷いている。
どうにも話しが噛み合わない。
それに、女は、明らかに変なことを口走っている。
そして、キヨトの脳裏にふと女がこの場所にいる合理的な理由が浮かんできて、ブルッと身震いする。
単に、この女がイカれているだけではないか・・
この女の話しぶりと外見から、マトモな人間だと勝手に思い込んでいた。
だが、女は、精神科に通院している。
その症状がどんなものか知らないが、酷く重度なのものかもしれない。
例えば、頭の中で描いた妄想を現実のものだと思い込んで、実際に行動するくらいに・・・
ひとたびそう思うと、女のいかにも可愛らしい少女といった顔もどこか病的に思えてしまう。
女は、キヨトの動揺に、まるで気付いていないのか、すくりとソファーから立ち上がり、目の前まで来る。
そして、その丸い大きな目でこちらを見据えて、
「安心してください。わたしも、あなたと同じ、この・・世界とは別世界の人間です。」
と、松山の方を見つめてくる。
松山は、しばし呆然としていたが、やがて恐怖と不安で心拍数が上がり、いても立ってもいられなくなってきた。
イカれている・・この女・・・間違いなく重症だ。
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