第一話 貧困ポルノと女嫌い
〜三年前〜
いつもの待合室の椅子に腰掛けて、受付に呼ばれるまで、キヨトは、スマホで記事のタイトルを流し読みする。
くだらない芸能記事ばかりだ。
芸能のトピックを飛ばして、経済のトピックを見る。
キヨトは、その行為に自尊心が少し満たされて、わずかに気分がよくなる。
「日本の自殺数が再び上昇!」というタイトルに興味を惹かれて、中身を見る。
死にたくなる気持ちはよくわからない。
今の人生は、不満だらけだけど、とりあえず、生きていれば、色々と快楽を満たさせる。
今のご時世、食欲、性欲なんて、安上がりに簡単に満たせる。
それに、何よりも自分より不幸な奴らの話しを見て、楽しむという行為も簡単だ。
そこら中にそういう貧困ポルノの記事が溢れている。
キヨトは、そういう記事を見かけたら、欠かさずチェックするようにしている。
「診察室へどうぞ」
受付の女性の無機質な声に呼ばれる。
キヨトは、立ち上がって、少し緊張しながら、診察室のドアをノックし、中に入る。
部屋の中は、小さな応接室といった様子だ。
観葉植物が端に置いてあり、一人用のテーブルと肘掛け椅子が、奥にあり、そこに女性の医者が座っている。
キヨトは、医者の前に置いてある二人がけのソファに座る。
「それで・・どう最近の調子は?」
女医は、いかにも仕事用の作り笑いを浮かべて、キヨトに話しかける。
「・・・そうですね・・まあ・・・相変わらずですね・・」
キヨトは、声のトーンを落とし、努めて暗い顔を浮かべる。
「そう・・・相変わらず寝られないの?」
「・・・はい・・そうですね・・なかなか・・どうしても・・」
「・・・そう。ご両親とはどう?コミュニケーションはとっているの?」
「・・はい・・まあ・・・仕事の関係で一緒に住んでいないので、なかなか・・ただ、時々は・・」
女医は、手元のカルテに目を落として、想い出したかのように、
「ああ・・そうだったわね。あなたくらいの年齢の患者さんは、ご両親との関係がうまくいっていないケースが多いのよ。でも、ご両親と話しをしっかりするのがこういう病気には、重要なのよ。」
と、諭すように話す。
だが、その言葉は、政治家が言う決まり文句のような中身がないように聞こえた。
「はい。そうですね・・・ところで、先生・・そのまた診断書を書いてもらっていいですか?また・・・学校に出さないといけないので。」
「ああ・・そろそろ、そんな時期なのか。じゃ。また書いとくから。
次は・・・一ヶ月後で大丈夫?」
「はい・・・それで大丈夫です。」
「じゃ。薬もその期間、出しとくから、しっかり飲んでね。」
キヨトは、立ち上がり、診察室を出ていく。
わずか5分たらずの会話で、診察はおわった。
椅子に座っていると、入り口から、新たな患者が待合室に入ってくる。
5、6人しか座るスペースがない狭い待合室は、これでもういっぱいだ。
平日の昼間にも関わらず、たいした賑わいだ。
それだけ、病んでいる奴らが多いというわけか・・・
待合室にいる人間の中ではキヨトは一番若い。
他の人々は、40代くらいの男女だった。
この人たちは、会社員なのか。
それとも、平日に来てるくらいだから、ニートなのか・・・
どんよりとした目を浮かべている待合室の人々を見ると、キヨトは、自分の将来を暗示されているようで、嫌な気分になってしまう。
いや・・大丈夫だ・・・俺はこいつらとは違う。
もっとうまくやってみせる・・・
不安を払拭するようにそう自分に言い聞かせていると、受付の女性に再び呼ばれて、次回の予約と会計を済ませる。
診断書代が4千円、その他の部分は保険適用されるから、合計で約5千円ちょっとだ。
まだ高校生であるキヨトにとって、この金額はかなり痛いものがある。
だが・・・これで、キヨトは、また正当な休みを取ることが・・休学を続けることができる。
キヨトが、診察所を出ようと、ちょうど入り口のドアを開けた時、すれ違いざまに新たな患者が入ってきた。
キヨトは、思わずその場で身体をわずかにこわばらせて、その患者を数秒凝視してしまった。
自分と同世代の若い女、しかもかなり美人だった。
一瞬目が合ってしまい、キヨトはすぐに目線を外す。
その場から逃げるように、エレベーターを使わずに、雑居ビルの階段を駆け下りる。
ビルから出た時、キヨトの背中は冷や汗で湿っていた。
キヨトは、若い女、特に派手で美人な女が苦手だ。
なんとなく値踏みされて、見下されているように感じてしまう。
それに、美人で若い女というだけで、この現代日本では人生はイージーモード〜すくなくともキヨトのように何も持たない若い男よりは価値がある〜なのが、気に食わない。
にも関わらず、そうした真実を指摘することは、モテナイ男のヒガミとされて、大っぴらには言えないのがまた腹ただしい。
それどころか、「日本の女は未だに差別されている」と声高に主張する意見もネットではよく見られる。
そんな訳あるか・・・美人な女は男よりはるかに楽をしているじゃないか。
例えば、男だったら、ヒモと揶揄されるが、女ならば無職で子供がいなくとも、専業主婦として、社会が許容する。
それに、精神疾患になる割合は女の方が男より2倍以上高いにもかかわらず、自殺率は男の方がはるかに高い。
キヨトは、こういった自分の意見を正当化してくれる情報をネットから探し出しては、女への妬みをつのらせていた。
くそ・・さっきの女もどうせメンヘラの甘ったれだろう・・俺はこんな苦労しているってのに・・・
そう思いながらも、いざ若くて綺麗な女を目にすると、ビビって萎縮してしまう。
さっきの女も、地味目でおとなしい外見だったのに、美人で若い女というだけで、この様だ。
そんな、自分がなんとも情けなく感じてしまい、余計にイライラしてしまう。
先程もらった薬の処方箋を掴んで、苛立しげにコンビニのゴミ箱に向かって、乱暴に投げ捨てる。
こんなのは必要ない。薬代は千円はかかるし、
なにより・・仮病に、薬は必要ない。
仮病がバレることなど万が一にもないと思っていても、やはり堂々と嘘を突くのは、どうにも緊張する。
小賢しい知恵は回るが、所詮は、自分は小心者に過ぎないということをこういうときに身にしみる。
一芝居を打って、無事診断書を貰い、これでまた自由な生活を続けることができる。
そう思うと、先程の苛立ちは収まり、久しぶりにわずかばかりの開放感を感じることができた。
いつもは、どこかに寄り道して、金を無駄遣いするようなことなどしないが、今日は特別だ。
一仕事終えた後の、ご褒美とばかりに、キヨトは、近くのカフェに入る。
しかし、カフェに入った途端、その選択を後悔することになる。
どこにでもあるチェーン店、その中でもとりわけオシャレではないチェーンを選んだつもりだった。
だが、大学が近くにあるという場所柄なのか、周りは、洒落た服を身にまとった自分と同世代の若い男女で溢れていた。
彼ら彼女たちに、劣等感を刺激されて、先程感じていたせっかくの開放感は吹き飛んでしまった。
自分がこいつらのように、友達や恋人とカフェで過ごす未来など、どう考えても叶いそうにない。
いや・・・俺は、こんな愚かな奴らとは違うんだ。
どうせこいつらは、将来ブラック企業の社畜になるだけだ。
こんなくだらない時間を過ごさずに、俺は未来のために、もっと時間を有意義に使って、勉強にあてるんだ。
そのために、こんな精神科に通って、うつ病のフリをして、学校を休学してるんじゃないか・・・
キヨトは、自分にそう言い聞かせる。
だが、もう一人の自分が、心の内でこう囁く。
お前は学校にすら行けない、友達も彼女もいない単なる引きこもりじゃないか・・・と。
同世代の人間の笑い声が聞こえるたびに、心の中のその声は大きくなってくる。
こんなところにいてもしょうがない・・さっさと家に帰ろう・・・
まだカップに半分以上残っているコーヒーを置いて、キヨトは、席を立ち、店を後にする。
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