09-3.違えた道は交わらない
「アイザック。私の前から退け」
「イザベラ?」
「彼の言葉が理解できないのだろう。意図が分からなくては意味がない」
アイザックが私を助ける為に走って来たのならば、それに応えるべきだろう。
かつての主君に剣を向けるというのならば、私もそれに応えよう。
私たちはいつだって共にあった。それがいつまでも続く保証はない。前触れなく、その関係性が狂ってしまうこともあるだろう。それでも立場が許す限りは共にあろうと決めたのだ。それはアイザックも知らない前世での誓いだが。
「私も全てを理解することは出来ないが心当たりはある」
彼の生き様を否定するつもりはない。
それでも二か月の間に世界は変わったのだ。私は未来に対して希望を抱いてしまった。その結果、彼らの幸せを壊してしまっていても、手を離すことは出来ない。それならば私は選ばなくてはならないのだ。いつまでも逃げているわけにはいかないのだから。
アイザックは戸惑ったように動かない。
だから、仕方が無くアイザックに並ぶようにしてローレンス様の前に出る。
「貴方がそれを望むのならば、それは正しいことなのかもしれません。ですが、公爵としても個人としてもその言葉には賛同することは出来ません。死をもって全てをやり直す方法があるというのならば、尚更、ここで貴方を見逃すわけにはいきません」
前世のまま時間が流れていれば、エイダは幸せだったのだろう。
私が命を落とした後、なぜ、私だけが前世の記憶を取り戻したのか分からない。しかし、その方法を知っていたというのならば、エイダもまた何らかの記憶を持っていたのかもしれない。
「私には貴方の行動を諫めることはできません。貴方の思いは私が抱いたものと同じようなものだということは知っています」
「お前ならばそういうと思っていたよ」
「そうでしょうね。……友として、公爵として、貴方の在り方を否定します。皇国の未来に影を落とすのならば見逃すわけにはいきません」
「剣を持たないのに私と殺し合うとでもいうのか。いや、イザベラなら私のことを簡単に殺してしまえるのだろうな。アイザックにもイザベラにも勝ったことはなかった、マーヴィンにすら勝てない私にはなにも残ってはいない。武器を持っていたとしても、私が負けるのには間違いはないだろう」
なぜ、楽しそうに言うのだろう。
正気を取り戻したと思わせる言動をしたと思えば、途端に気が狂ったかのような言動をする。私にはローレンス様がなにを考えているのか分からない。
狂っているかのような真似事をしているのだろうか。
それならばどうして楽しそうに笑うのだろう。
早く解放してほしいと言いたげな眼を向けるのだろう。
「……この状況がわからない貴方ではないでしょう」
ローレンス様が剣を抜いた時には、周りは騎士団で囲まれている。
緊迫した雰囲気を理解しているのだろう。私とアイザックの後ろから騎士団員の視線を感じる。頃合いだ。これ以上、私にはなにもすることができない。
「アイザック、戻るぞ」
「え? は? お前、この状況でそれを言うか!?」
背を向ける。
話を半分も理解をしていないのだろうアイザックは戸惑っていたが、強引に右腕を掴み引っ張っていく。
「貴方を裁くのは第一騎士団の仕事です。私たちにはそれを見届けることはできません。――さようなら、ローレンス様。その手を掴まず、道を違えてしまったことをどうぞお恨みくださいませ」
それだけは言うつもりがなかった言葉だった。
背を向けて歩き始めた私の背中を攻撃しないのはローレンス様の意思だろうか。それともなにもかも諦めてしまっただけなのか。掴んでいたアイザックの腕を離し、この場を離れる為に歩いていると騎士団の人たちとすれ違った。この薔薇園の中にどれだけの人が隠れていたのだろうか。その存在には気付いていたものの、これほどに多くの人がいるとは思っていなかった。
「……げっ、第一騎士団かよ」
「なんだ。お前、顔見知りか?」
「城を出入りしてれば見覚えがあるだろ。見てみろよ、わざわざ団長殿まで来ていたみたいだ。俺たち、よく巻き込まれなかったな」
「アイザックはバカだな。スプリングフィールド公爵とウェイド公爵子息を捕えようとする騎士団がどこにいるというのだ。そのようなことは許されないよ」
アイザックが視線を向けた方向を見てみれば、私たちを見たまま動きを止めている人がいた。
勲章を見る限りではアイザックが言っていた団長殿とは彼のことなのだろう。
名前くらいは知っている。
以前、祖父が任されていたこともある第一騎士団の団長、オリヴァー・ブルースター卿だ。彼がなぜ私たちを見ているのか、不審に思うことはあるものの、恐らくはローレンス様を庇わないのかを監視していたのだろう。不審な行動があれば団長権限で捕えるつもりだったのだろうか。
会釈だけをして立ち去る。
余計な話をしたくはない。
仕事の邪魔をしたなどと因縁をつけられるのだけは避けたい。
吐き気がするほどに殺気立っている。その殺気をローレンス様ではなく、アイザックに向けているのはなぜだろうか。アイザックも捕縛対象だったのだろうか。それならば殺気を向けるのにも納得することができる。
しかし、アイザックは騎士団団長の殺気を感じていないのだろうか。
元々ブラッド皇太子殿下の派閥である騎士団団長はローレンス様を罪人として捕縛するつもりだったのだろう。
「……いいのかよ?」
「いいんだよ。私たちに出来ることは何もないだろう」
「そんなことねえって。あの人だって――、きっと、話せば分かってくれる」
会場まで送ると名乗りあげた騎士の申し出を断り、私たちは会場の外で話を続ける。今頃、薔薇園では騎士団が好きなように振る舞っているだろう。ローレンス様は抵抗をしないまま捕縛されたのか、それとも、抵抗の末に命を落としてしまっているのかもしれない。それを確かめる術は私たちにはない。
「そう思うのならば、私を庇わなければ良かっただろう? あの方には散々なことを言われていたではないか、それでも、案ずるのならば守れば良かった。私はそれでも構わなかったぞ?」
「そしたらお前はどうするつもりだったんだよ」
「二人とも騎士団に引き渡しただろうな」
ローレンス様は命を奪われることはないだろう。そうだと信じたい。
策を練ったのはブラッド皇太子殿下だろう。すれ違う騎士団の面々を見ていればよくわかる。彼らはかつてブラッド皇太子殿下が所属をした部隊の人たちだ。時計塔から逃げ出したローレンス様を捕縛する名目だったのだろう。
「そういう奴だってわかってたよ、あーあ、俺たちなにやってんだろうなぁ。囮役? それならさぁ、もっと、適任者がいるんじゃねえの」
「文句は言うな。元々彼の派閥に属していた私たちには、この件に関しての発言権はない。従順に振る舞うのが得策だよ。元主人に噛みついた飼い犬を手駒に加えてくださった新しい主人のご機嫌を損ねないように上手に立ち回るだけだ」
「簡単に言ってくれなよ。……お前、それでいいのかよ?」
「仕方がないだろう。私には彼を庇う資格は無いのだから」
そう言えば、アイザックは間抜けな顔をした。
庇う資格がないという意味が分からないのだろう。この男はいつもそうだ。肝心なところは分かっていない。
「あーっと、婚約破棄の件か? あれだったら、ほら、仕方がねえことだろ?」
「それじゃない」
「他にも何かしたのかよ、イザベラ。お前、公爵になってからやりたい放題じゃねえか。少しは大人しくしてろよなぁ」
「人聞きの悪い事を言うな。……全く、分からないならそれでいい。お前に分かってほしいとは一度も思ったことはない話だ」
私はアリアの為には何だってした。
その結果がローレンス様とエイダを追い詰めることとなったのだろう。だから、私には彼らを庇う資格は無いのだ。それこそ、ローレンス様が言ったように死をもって償うことしか出来ないだろう。
公爵である私にはそれすらもできない。
それならば意地汚いと煽られようが生きていくしかない。それをアイザックにも教えるつもりなどなかった。
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