09-2.違えた道は交わらない

「お前だってエイダのことが好きだっただろう。エイダはお前のことを選ばなかったが、それでも、なにかと学院の外に連れ出していたのを知らないとでも思ったか? 隙あれば私からエイダを奪おうとしていた癖に、エイダが手に入らないと分かれば、またイザベラの隣に戻るのか。つくづく、都合のいい男だよ」


 それは私だって思ったことはある。


 ローレンス様の言葉に対し、なにも言い返さないのは心覚えがあるからなのだろう。


 せめて騙されていただとか言い訳をしてくれたら、私は、あの頃のアイザックを許すことができたのだろうか。公爵家の関係を維持していく為ではなく、友人として彼を許せたのだろうか。公爵として、公爵領を預かる領主としてではなく、親友として彼の行動を諫めることができていれば、なにかが変わったのだろうか。


「お前にとってイザベラは都合のいい幼馴染なのだろうな。ウェイド公爵位を継ぐことの出来ないお前にとって今の立場を維持する為には、イザベラを手放すわけにはいかなったのだろう? それでも、エイダのことを好きになってしまった。そんな都合のいい話があっていい筈が無いだろ」


「そんなこと思ってねえ」


「それが本音なら震えた声はしていないだろう。私が言い当てたことが事実だろう? 図太い神経をしているよ、お前という奴は。そうやって生き残ろうとすることが間違いだとは言わないが、それを指摘せずにいるイザベラの気持ちを考えてやってはどうだ? 親友だというのならそのくらいのことはするべきだろう」


「俺たちのことをあんたが口出しするんじゃねえよ! 俺はあんたとは違う。あんたの言葉がでたらめばかりだ」


 ローレンス様の言葉は間違っていないのだろう。


 アイザックがそれを否定するのならば、それを信じたふりをするのが友としての在り方だ。


 私たちはそうやってきた。

 必要以上の言葉はいらない、ふざけたやり取りだけで通じ合うことができる。


 呼吸を合わせなくても互いの行動がわかる。それは私たちだけができたことだった。誰かに教えられたわけではなく、身体が覚えていた。


「ただの幼馴染じゃねえ、俺たちは親友だ。それをあんたが口出しをするんじゃねえよ。俺はあんたのことを尊敬してたけど、でも、それだけだ。それだけの関係のあんたには俺たちのことを口出しされたくねえんだよ」


「随分と薄い関係だとは思わないのか。――イザベラのことを軽く思っていたからこそお前はエイダにも手を出そうとしたのだろう?」


「人聞き悪いことを言うんじゃねえよ。俺たちはあんたとは違う」


 アイザックの話の根拠は私たちが出来た芸当によるものだろう。


 以心伝心と呼ぶのだろうか、冒険者の真似事をしている時や魔物退治の実習をしている時にはよくその現象が起きた。互いの行動や考えていることがその時だけはわかる。それは言葉としてではなく、本能として分かっているような気がした。


 それがなぜなのか、考えたこともなかった。


 アイザックと一緒になって遊び回ることも、冒険者組合に潜り込んで冒険者の真似事をすることも楽しかった。二人ならばなんだって出来ると本気で思っていた頃だってあった。


 それが急に出来なくなったのは悲しかった。


 傍にいてくれないのかと、それを口にすることもできなかった。


 ただローレンス様の眼を掻い潜るようにしてエイダと一緒にいる姿を目にした時は、そういうことだったのかと悟ってしまった。


 それを見なかったことにしたのは、私自身を守る為だったのだろう。


 友人を取られたような気分だった。いつも隣にいたアイザックがいないことは違和感があった。それでも、それがアイザックが選んだことならば、それでいいのだろうと思っていた。


 いずれは友人だからと遊び回っていられる日々は終わってしまうことを知っていた。スプリングフィールド公爵位を継ぐ私と公爵位を継ぐことができないアイザックでは対等な友人関係を保つことは難しい。


 公私混同をしてしまえば、友人関係を保てるだろうが、それは私が求められている公爵の姿ではない。


 だから、いい機会だと言い聞かせたのだ。

 これは私たちの親友としての在り方だと言い聞かせた。


 そのようなことを考えてしまっていたのは、アイザックが私の理解者だったからなのだろう。前世の死を迎える前、一緒に行こうと言ってくれた言葉が心の中に残っている。


 最後の時は一緒にいようとしてくれた彼の心を信じることだけが、道を違えた私にできる償いだと信じていた。


 だから、あのいい加減な謝罪を受け入れた。


 アリアのことを侮辱したことは許せなかったが、それだけでアイザックのことを拒絶することもできなかった。


 これは私の弱さによる甘えだ。

 一人にはなりたくない。ただ、それだけの甘えだ。


「そうだな、私はお前とは違う。――これはエイダが私に教えてくれた唯一の解決策なんだ。分かってほしいとは言わない。どうせ死ねば忘れる」


 ローレンス様はアイザックから距離を取るように一歩下がった。


 それを見てもアイザックはローレンス様の行動の意味を理解することはできないのだろう。


「今度は私もお前たちと友になりたいものだ」


 ローレンス様はおかしくなっていない。

 彼の言う通り、正気に戻っている。


 そう信じたいのだ。ローレンス様の言動を見ていれば、彼が正気に戻っているとは考えにくく、乱心したと言われてもおかしくはないことは理解している。それでも信じたいのだ。それは幼さの残る甘えに過ぎないのだろう。


 それでも友になりたいと口にしたローレンス様の言葉を嘘だと思いたくはない。


 彼の人の友にはなることができず、彼を追い詰めることになってしまった私に対する言葉ならば、それは重すぎるものだった。それでもそれを聞かないふりなどできない。


「死をもって全てをやり直す。それが唯一の最善策だ。イザベラ、お前ならばわかるだろう? エイダは私にその方法を教えて命を絶った。……これは彼女の意思だ。愛する人の頼みを叶えたい気持ちは分かるだろう?」


 死ねば全てが元通りになる。


 その言葉に心当たりがあった。私は一度やり直したのだ。なぜ、私だけが前世の記憶を取り戻したのか分からない。参戦したからには死を覚悟していた。元々負け戦だと分かり切っていた戦争だったのもあるが、生きて帰るつもりはなかった。ようやく死ねるのだと安堵していた。


 それなのにもかかわらず、死後、目を覚ませば馬車の中だった。


 最初は夢を見ているのだと思っていたが、それは夢ではなく現実だった。アリアが生きている頃に戻れたのだ。私が死を乞うようになる前に戻った時は実感がなかったものの、それを否定するのにはあまりにも惜しいと思ってしまった。


 戻れたと知った時に思ったことといえば、異母妹を救いたいだけだった。


 それが僅か二か月前の話である。


 その時、もう少しだけ周りのことを考える余裕があればなにかが変わっていたのではないだろうか。アリアだけではなく、私の周りにはたくさんの人々が生きている。彼らへの影響も考慮するべきではなかったのだろうか。


 なぜ、そのようなことが起きたのか分からない。

 あの時の私は、アリアを救う機会が得たと楽観視していたのかもしれない。


 ローレンス様はその方法をエイダから聞いたと、確かにそう言った。その言葉が本当ならば再び世界は変わってしまうかもしれない。ローレンス様はエイダを幸せにする為に世界を変えようとするだろう。


 それは私がアリアを救う為に行動に移したこととなにも変わらない。

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