04-1.彼女は世界の真実を語る
「報告いたします。件の少女の名はエイダ。クリーマ町出身の教会指定の元聖女です。数刻前までは教会の保護下にありましたが、初級程度の魔法薬を幾つか教会に残し、行方を晦ましたとのことです」
それは偶然として片付けるのには、あまりにも様々な条件が揃っていた。
ルーシーの言葉はこの町で得ることが出来た情報だという事は分かっている。桃色の髪をした少女と聞いた時点で頭を過ったのだ。エイダがこの町にいるのではないかということは想定の範囲内だった。
「既に聖女の身分を剥奪されている為、少女の件は公爵家に任せるとのことでした。今回の件には教会は関わるつもりはないとのことです」
聖女の身分が剥奪されたのは、ローレンス様が廃嫡された元凶となったからだろう。教会側の利益が無いと判断されたのだろう。
迷いの森にエイダが魔物を連れて行ってから二時間が経過している。それなのにも関わらず、未だにエイダが魔物に食い殺された報告も魔物が再びクリー
マ町に現れた報告も無い。それはエイダが魔物の行動を制御しているからだと考えるのが自然だろう。
「……そうか」
私はエイダの事を聖女の皮を被った魔女だと思っている。
人間を人間として見ることのない化け物。他人の心を操る魅了の魔法を使う魔女。彼女のことを表現する言葉はいくつもある。どれもがエイダのしてきたことを否定する為のものだ。
しかし、彼女がそのようなことをするだろうか。
そこまで非道な人間ではなかったはずだ。少なくとも故郷を壊滅させようと企む人間性ではなかったと思う。犠牲が大きすぎるだろう。なにを企んでいるのか分からないが、身近な人たちを巻き込むようなことはしないのではないだろうか。
「この町にエイダという名の女性は何名いる?」
「該当の年齢の少女は一人だけでした」
「それ以外の年齢は確認をしていないのか? 魔物を制御するというのならば、変化能力を所持していてもおかしくはない。女性だけではなく男性も該当者がいないか調べさせろ」
エイダがいなければ、アリアは幸せになれただろう。
疑いが浮上したことに便乗してエイダを討伐対象と決めてしまうことは簡単だ。アリアの婚約破棄の一件によりエイダの名は稀代の悪女として知られている。少なくとも公爵領であるクリーマ町では知らない者はいないのだろう。
エイダがいなければ、アリアは見知った人からの殺意に怯えることもなく、愛した人の隣で笑っていただろう。ローレンス様も廃嫡されなかっただろう。アイザックとマーヴィンも自宅謹慎を命じられなかっただろう。
私にも彼らと共に歩んでいく未来があっただろう。
全てを壊したのはエイダだ。――それでも、根拠がないままに討伐を勧めるわけにはいかない。
「……公爵閣下。再度、ご報告いたします。この町に住むエイダという人物は十七歳の少女だけだそうです」
「そうか。わかった」
三十分ほどで調べ上げたのだろう。ルーシーが証拠として差し出した住民票はエイダのものだった。
「ディア、国を脅かす魔女が本性を現したとフォスキーヤ冒険者組合に伝えてきてくれないか。それからカルヴィン、これを皇帝陛下に届けてくれるか」
「かしこまりました」
「お預かりいたします、公爵閣下」
転移魔法に長けている二人にそれぞれの報告書と手紙を託す。
いつも通りに綺麗に姿を消す魔法の発動には惹かれる。こればかりは才能がなければ取得することが出来ないのだが。転移魔法を扱うことが出来れば、どれだけ楽に移動することが出来るだろうか。
「犯人に関わる者は全て捕縛をしておけ。親族は一人も逃がすな」
皇帝陛下の手に届く頃には、なにもかも終わっているだろう。
王城の時計台の中に閉じ込められているローレンス様の耳にも入るかもしれない。彼の人は何を考えているのだろう。廃嫡されるような事態になってしまったことを悔やんでいるのか、未だにエイダのことを考えているのか。魅了の魔法が解かれていないのならば、この件を聞けば怒り狂うだろう。
それでもクリーマ町の被害を考えれば、この手を止めるわけにはいかない。
これは復讐ではない。私情ではない。自分自身に言い聞かせなくては、公爵として振る舞うことが出来ない。それほどに彼女に対して怒りを抱いていたとは、私もこの時まで気付かなかった。
多くの人を巻き込んだエイダには罰が下るべきである。
免罪ではない可能性は探った。罪なき者を罰することだけは避けた。それでも、エイダが魔物を引き連れて行ったという事実だけが残ったのだ。
「これよりクリーマ町を襲った魔物の討伐とその元凶たる少女、エイダの捕縛を行う」
聖女の身分が剥奪されただけで故郷に返された等と知ったこの怒りを抑えきれそうにもない。前世でのアリアの罰が公開処刑ならば、ローレンス様を誑かしたエイダの罰はそれ以上に非情なものでなくてはならない。
魔物と意思疎通を交わせるという話が本当ならば、生かすことになるだろう。
魔物を意のままに操ることが出来るというのならば、今後、皇国を守る技術の進歩に役立つだろう。それは死を選ばせて欲しいと乞うようなことだろう。
「お待ちくださいっ! 公爵閣下!」
迷いの森へと向かおうとしたら、呼び止められた。
服装からして町の人間だろう。魔物の襲撃を受けて町人も討伐任務に駆り出されていた筈だ。その内の一人だろうか。右腕が折られたのか、包帯を巻いてある状態の者は来なくていいと言った筈なのだが。
「エイダが討伐対象だなんて、そんなのなにかの間違いです! 娘はそんなバカなことをするような子ではありません! どうか、どうか、ご慈悲をおかけください! 娘はそのようなことをする子ではありませんっ!」
「公爵閣下に対して無礼な事をするのではない!」
「ですが! 娘が殺されそうになっていて黙っていれる筈がありません!! お願いです! 公爵閣下! 娘を、エイダをお助け下さいっ!!」
地面に顔を擦り付けるようにして懇願する姿は狂気すら感じた。
この町がエイダの故郷ならば両親はいるだろう。今、必死に頭を下げて懇願してくれるこの男が父親だというのならば、彼女の狂気的な振る舞いも納得がいく。娘の為にこのような真似ができる者は少ないだろう。
このように甘やかして育てて来たのだろう。
一人娘を可愛がってきたのだろう。可愛い娘のする事はなにも悪くないと本気で言っているのならば、それこそ生きている価値がない。
魔物による襲撃で死傷者が出ている。元凶が判明したからこそ希望の光が見えただけだ。現況を捕縛しなくてはこの町は滅びるだけだろう。
それが分からないのだろうか。
エイダによって多くの人たちの人生が狂わされている事に気付かないのだろうか。
「それならば、お前が代わりに死ぬか?」
エイダは魔物すらも魅了する力を持っている危険性がある。
それは皇国を脅かす力だ。利用する価値もあるが、それ以上の危険性がある。だからこそ生かしたまま捕えるのだ。彼女を処分するか、利用するかは皇帝陛下の一存にお任せをする。
公爵とはいえ生死を判断するのには難しい問題だ。利用価値のない少女ならば命を奪えば終わる話ではあるが、エイダには、魔物との意思疎通をとる方法を調べるまでは生かしておく価値がある。死を与えるのは解析が終わってからでも遅くはないだろう。……恐らく、拷問を掛けられることになるだろう彼女にとって死は救いとなる。
「それ、は……っ」
「冗談だよ。そのような顔を見たいわけではない。この者を捕縛しておけ」
「まっ! 待ってください! 公爵閣下!! あの子はまだ幼いだけなんです! だから、今回は、今回だけは見逃して下さい! お願いします! エイダをお救いださいっ」
公爵家の使用人によって男性は押さえつけられた。
それなのにも関わらず諦めていない姿はエイダと同じように見えた。意味のない行為と理解をしないまま、自分の我が儘を叶えて貰おうとする姿は同じだ。
なにも差し出す覚悟もないのにもかかわらず、願いだけを叶えて貰おうとする姿には吐き気がする。この男には常識がないだろうか。
「その台詞を今回の被害者に言えるか?」
魔物を呼び寄せた元凶がエイダだった確証はない。だが、魔物を引き寄せるなにかというのがエイダである事は証明されたようなものだ。この町を襲っていた魔物たちがエイダと共にいるのならば、話は早い。
エイダと魔物を引き離す。
その為には急がなくてはならない。エイダが魔物を制御している間に駆けつけなくてはならない。なにもかも終わってしまう前に手を打たなくてはならない。
「彼女は魔物を引き連れてこの町を去った。それは魔物を庇う為ではないと言えるか?」
「あ、あの子は優しい子なんです。だから、きっと、魔物を見捨てることが出来なくて……」
「それならば、それは罪だ。お前の言う“優しさ”は罪でしかない」
優しい子ならば町を半壊させても良いとでもいうのだろうか。
大勢の命を奪う真似をしても良いとでもいうのだろうか。
そのような存在を容認するとでも思っているのだろうか。
「魔物を庇えば反逆罪になる。幼子だって知っている常識だろう?」
幼子でも知っている常識を教えて来なかったのだろうか。
それとも反逆罪を犯しても救いの手が差し出されるとでも勘違いをしていたのだろうか。私が助けるのは罪が無い者だけだ。それも私の手の届く範囲にいた者だけだ。公爵の地位を持っていても助けられない者も多い。
「皇帝陛下の民を害する者は生きていてはならない。それを覚えておくといい」
地面に顔を押し付けたまま、なにも言わなくなった男性には無駄な時間が取られてしまった。連れて行かれる男性には目もくれず、私は迷いの森へと向かう。
この町を守る為にも魔物を討伐しなくてはならない。
なにより、予定よりも時間が経ってしまっている。仕事は山のようにあるというのだから、このような事で時間を使っている暇は無いのだ。
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