04.嗚呼、お前にはこのような場所は似合わない

 地下牢で言葉を交わした翌日、オーデン皇国の王城前に設置された特別処刑台を見下ろすように設置された観客席に座る皇帝陛下と皇后陛下、それから皇太子殿下とエイダ嬢の後ろに控える従者の一人として私はその場にいた。特別処刑台とはその名の通り、今回の為に特別に用意された処刑台である。本来ならば忌み嫌われる行為を犯した者への断罪は、市民街にある大広場で行われるものなのだが、今回はエイダ嬢の希望もあり王城の前で行われることになった。


 皇族侮辱罪を犯したアリアの処刑。

 それを見下ろすかのように座るエイダ嬢を憎いと思ったのは、この時が初めてだった。


 叶うのならばこの場で氷漬けにして叩き割ってやりたい。

 アリアの目の前で恐怖に震えながら砕け散ればいい。


 その憎しみを顔にも言葉にも出すことが許されない私がこの場にいるのは、他でもない皇太子殿下とエイダ嬢の希望である。私がなにかをやらかさないかを見張るように両隣にいるアイザックとマーヴィンが憎くて仕方がない。


 見張りをつけなければ危険だと理解をしているのならば、この場に足を踏み入れることを禁じてしまえばいい。公開処刑の邪魔をする危険性を秘めているからという理由でこの場の立ち入りを禁じられた父と義母、そしてスプリングフィールド公爵領の領民たちのように行動を制限すればいい。


 そうされてしまえば、私は大人しく従っていたことだろう。

 アリアを助けられないのは仕方がないことなのだと諦めることもできただろう。


 自分自身への言い訳にもなっただろう。


「これより、罪人アリアの処刑を始める!!」


 最低限の苦しみすらも与えることを許さない。


 そうだ。アリアが死にたくないと口にしたら助け出そう。

 彼女の遺言はなかったことにしてしまおう。


 生きたいと口にするのならばそれが本心だと都合がいい解釈をしてしまおう。


 だから、死にたくないと言ってくれないだろうか。


 彼女がその言葉を口にさえしてくれたら、私はこの場から飛び降りて助けに行ける。両隣にいるアイザックとマーヴィンを気絶させるのには苦労しそうだが、それも、一瞬の隙を衝けばいい。この場から飛び降りてアリアのいる処刑台を凍らせ、刃を使いものにならなくさせればいいのだから。


 その準備段階としてアイザックの足元に氷を張ろうとした途端に左腕を捕まれる。いつのまにか、マーヴィンが展開していた魔方陣により魔法発動が不可能となる。中途半端に発動していた【氷の刃(アイス・ウィンド)】は蒸発していく。やろうとすることが分かっていたと言わんばかりの眼が両隣から向けられていた。


「おい、イザベラ。お前、俺の足を凍らせようとしただろ」


「少しだけならいいだろ」


「良くねえよ。バカなの? お前」


「少なくともアイザックよりはまともな頭をしているさ」


 仕方がないだろう。あの処刑人が悪いのだから。


 念入りに脅してあったというのにもかかわらず、アリアの髪を摑んだのだ。それから見世物を扱うかのように乱暴に処刑台に押し付けた。最低限の苦しみや恐怖も与えることは許さないと散々脅してあったというのにもかかわらず、それをしたのだ。それならば、アリアが生きたいと懇願する前に助け出してやろうと動こうとしてなにが悪いというのだ。


「イザベラ。なにか僕にして欲しいことでもあるんじゃない?」


「嗚呼、その手を離して欲しい」


「魔法を使わないと言うのならばいいけど?」


「……信じない癖によく言えるな。この腹黒眼鏡」


「ははは、冗談はやめてよ。僕はイザベラと違って表情一つ変えずに約束を破るような人じゃないよ」


 なにが楽しいのかマーヴィンは笑いだす。


 私たちのやり取りが聞こえているだろう皇帝陛下を見るが、こちらを見ることもない。公開処刑の立ち合いをすることは異例中の異例なのだ。それも皇太子陛下ではなく、エイダ嬢が望まれたからこその実現だと言っていた。なぜ、皇帝陛下も皇后陛下もエイダ嬢の願いを叶えてしまうのだろうか。彼女は貴族ではない。当然、皇族でもない。身分の低い平民階級の生まれだ。本来ならばこのようなことはありえない。なぜ、誰も指摘しないのだろう。


 私だけが違和感を抱いているのはおかしいことではないのだろうか。


「ねえ、エイダの楽しそうな顔を見てよ」


「それを見てどうしろと言うのだ」


「別に? 僕はただエイダが皇太子殿下の隣にいて笑っている姿が微笑ましいと思っているだけだよ。お似合いだと思わないの? エイダが幸せなら、彼女は死ぬべきだよ」


 マーヴィンに言われた通り見てみれば、皇太子殿下に寄り添いながらエイダ嬢は笑っている。最初から皇太子殿下の隣は自分のものだったのだというかのような顔をしている。嬉しそうにその視線を処刑台に向けている。


 そんなに私の異母妹が殺されることが嬉しいのか。

 アリアが恥を晒す姿を見るのがそんなに嬉しいのか。


 両腕を摑むアイザックとマーヴィンを振り払って、エイダ嬢に殴り掛かるくらいは許されるのではないだろうか。そのようなことを思っても身体が動かない。まるで、アリアの処刑を見届けることしか許されていないかのようだった。


「言い残すことはあるか?」


 処刑人の感情のない声が聞こえる。


 マーヴィンの言葉に言い返すこともせずに私はそちらを見る。これは、処刑台に頭を乗せられ、頭上にある鋭い刃が落ちるのを待つだけの姿勢にさせられているアリアの最後の言葉になるだろう。


「いいえ。なにもございませんわ」


 その言葉が合図だったかのように刃が落ちる。

 アリアの処刑は執行された。


 あの愛らしい顔に涙を見せることもなく、世間の期待通りに悪役令嬢を演じて見せたアリアの首が落ちる。それを見て歓喜を上げる国民など全て殺してしまいたい。誰が生かしてやっていると思っているのだ、誰が腰抜けの騎士団に代わりに魔物を追い払ってやっていると思っているのだ。誰の慈悲で生きていると思っているのだ。


 スプリングフィールド公爵領の領民を誰一人としてこの場に招き入れなかったことは、皇帝陛下のお考えだろうか。それは正しかったのだろう。少なくとも大勢の領民を皇族侮辱罪で捕縛しなくていいのだから。だが、許さない。許してなるものか。素知らぬふりならば眼を瞑ったが、皇帝陛下は笑っていた。


 アリアが殺された姿を見て笑っていた。


 そのような人ではなかったはずだ。アリアを皇太子殿下の婚約者にすると言い出したのは皇帝陛下だった。スプリングフィールド公爵家を皇太子殿下の後ろ盾にする為だけに選ばれたのだ。それなのに皇帝陛下は笑っている。


 それがなによりも許せなかった。

 それをどうして忠誠を誓う方の行いだからと許せるだろうか。


 なぜ、これほどに悔しいのだろう。


 私はアリアのことを疎んでいたというのにもかかわらず、あの子を死なせる結末を認めたくはなかった。なぜだろうか。可愛くて守ってあげたいと思っていたエイダ嬢をこの手で殺してしまいたいとすら思ってしまうのは、あの子を見殺しにしたからだろうか。


「イザベラ?」


「……手を放せ。私は行かなくてはならない」


 公開処刑の妨害をすると思われていたのだろう。私の手を摑んでいた二人を振り解き、皇帝陛下たちに背を向ける。マーヴィンは私が約束を破ると口にしたが、今回ばかりは約束を果たすと決めている。どのような手段を使っても構わない。


 最後までアリアは望んでいた。


 あの愚かな異母妹は裏切られても、ローレンス皇太子殿下を慕っていた。それが愛というのかは分からない。それでも、その命を守って欲しいと願うくらいには慕っていたのだろう。


 それならば、その願いを叶えてやろう。


 そして、アリアを死に追いやった者たちを絶望に叩き落としてやろう。私は知っているのだ。エイダ嬢はローレンス皇太子殿下だけに興味があるわけではなく、必要ならば私にも色仕掛けをしてきたことも、理解のできない言語を操ることができる魔女だと知っている。


 エイダ嬢は聖女ではない。

 聖女の皮を被った悪い魔女だ。

 人を人として見ることのない化け物だ。


 それならば、夢を見るだけ見させてやろう。

 その後、死を選ぶこともできない絶望に引きずり落としてやるのも良いかもしれない。それをアリアが望むのならば、私は喜んで手を下しただろう。


 それを口にするのではないかと、アリアが処刑される場に足を運んだというのに、あのお人よしはなにも言わず死んでしまった。用意された観客席から飛び降り、騒がしい民衆たちがいる場所へと降りる。それから見世物にだけはしないようにと散々言いつけた通り、遺体を撤収しようとする処刑人に対し、晒すのが習わしだと小石を投げつける民衆たちに視線を向ける。


「ひっ」


「なんでこんなところに」


「噓だろ。あれって、スプリングフィールド公爵家の」


 観客席から飛び降りたこともあるのだろう。


 民衆たちの関心は私に移ったようだ。すぐに私の前から逃げるようにして道を作る。それに目をくれることもなく、アリアの元へと向かう。


「……やあ、処刑人諸君。言いつけ通りのお仕事をしてくれたようだね。仕事が終わった途端に申し訳ないが、彼女の顔を拝見させて頂きたくてね。皇族侮辱罪を犯した愚かな彼女の死に様は、実に、下らないものであっただろう。涙を流しもしない彼女の首を斬り落とした諸君らには分からないだろうが」


 後ろではすっかり怯えた民衆が血も涙もないと口にするのが聞こえた。


 嗚呼、そうだ。血も涙もないさ。


 流したところでアリアを死の淵に追いやったのは私なのだ。


 アリアを捨てた皇太子殿下を恨もうと、二人の婚約を台無しにしたエイダ嬢を恨もうと意味がないのは分かっている。


 こうなってしまったのは私の浅はかな行動によるものだ。アリアを見殺しにしたのは私だ。それなのに彼女の遺言を果たす為には命を絶つこともできない。


 それ以上に意味がないことはしたくはない。

 なにより、こんなに冷たい場所にアリアを一人でいさせたくはない。


 処刑人が怯えながらも両手で持ち上げたアリアの顔を見る。顔と身体が切り離されたと言うのにもかかわらず、彼女の顔はまるで役目から解放されたとでもいうように幸せそうだった。


「……お前の顔を見れば恨めるかと思えば、見当違いだったようだ。そんな顔をされていては恨むのにも恨めないだろう」


 それでも、眼を閉じられているのは恐怖からだと思わせてほしい。


 強がっていても怖かったのだろう、恐ろしかったことだろう、そう思わせてほしい。死を望んでいたわけではないのだと思わせてほしい。


 そのような願いを抱いてしまうほどに穏やかな顔だった。一瞬で斬り落とされた首に生じる激痛を感じる前に命を落とすことができたのだろうか。まるで、このようなことになると分かっていたのではないかと思ってしまうくらいに幸せそうに眼を閉じていた。どうして、死を間近に感じながらも穏やかな顔をしていたのだろうか。


「処刑人諸君、悪いが、彼女の頭と胴体を棺に入れてくれ」


「は、はい。埋葬場所はどういたしましょうか……?」


「彼女は身分剝奪をしたとはいえ、先日までスプリングフィールド公爵令嬢だったのだよ。その遺体は私、イザベラ・スプリングフィールドが引き取ろう」


 彼女はね、私のたった一人の異母妹なのだよ。


 誰にも聞こえないような小さな声で言ったつもりだったが、処刑人には聞こえたのだろう。すぐに準備をすると言ってあの子の頭を抱えながら、背を向けた。

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